にゃんごろーのお手々が、両方ともクロウの膝頭に置かれた。
にゃんごろーは、とても真剣なお顔でクロウを見上げている。
ついさっきまで、子ネコーとサムライによってクロウが遊ばれていたのに、いつの間にか、先生が助手にとても大切な話をするみたいな雰囲気になっていた。しかも、雰囲気大転換のきっかけとなったのは、子ネコーの「クロウはお肉でしょ」発言からの「にゃんごろーと一緒」発言なのだ。
そこから一体、なんで、どうして、こうなってしまったのか?
まるで、分からない。
クロウは戸惑った顔で子ネコーを見つめ返した。
一体ここから、何処へどう話が繋がっていくというのか。クロウが見つめるその先で、子ネコーはシリアスなお顔でお口を開き、まだまだ歴史の浅い子ネコー昔語りを始めた。
「にゃんごろーにはね、ごにんの、きょーだいが、いちゃの」
「お、おう…………」
雰囲気に飲まれて、クロウは戸惑いながらも神妙に頷いた。
その内の三にんは、不幸にも亡くなってしまったのだと、少し前に聞いたばかりだ。
神妙に頷きはしたものの、やはりどうしても戸惑いは消せない。むしろ、より大きくなった。
あのおふざけムーブから、なぜいきなり真面目な調子の昔語りになったのかが、分からない。子ネコーにふざけている様子はない。子ネコー劇場的なアレという感じではない。子ネコーは、大真面目なのだ。
これから、この話が何処へ向かうのか?
謎は、より深まってしまった。
「れも、しゃんにんは、おしょらにいっちゃって、いみゃは…………。にゃんごろーと、にゃしろーの、ふちゃりだけに、なっちゃっちゃにょ…………」
「ちびネコー…………」
「おしょらにいっちゃ、しゃんにんのうち、ふちゃりはね、もりの、けもにょに、ちゃべられちゃっちゃきゃも、しれにゃいにょ…………」
「…………………………」
兄弟の内のふたりが、森の獣に食べられてしまったかもしれない、というのは初耳だった。
思った以上に、重めの話だった。
三角お耳がちょこんとのっかっている小さな頭が、しょぼんと項垂れる。
クロウは胸を詰まらせ、さっきまで感じていた戸惑いを忘れた。自分の膝の上に置かれた子ネコーの小さなお手々を、指の先で宥めるように撫でてやる。
「ひちょりはね、まだ、めもあいちぇないくりゃい、ちーしゃいころ。まだ、あかちゃんネコーらったときにゃんら。おしょとで、ひにゃちゃぼっこをしちぇいちゃときに、おっきにゃトリしゃんに、しゃらわれちぇ、ごはんにされちゃっちゃんらっちぇ……」
子ネコーはグスンと鼻を啜り上げた。
ひとりは、まだ目も開かない赤ちゃんネコーだったとき、外での日向ぼっこ中に大きな鳥に攫われてしまったようだ。運悪く、ほんの少しおとなが目を離したタイミングを狙われてしまったのかもしれない。
「もうひちょりは、やんちゃで、わんぱくにゃ、こネコーらっちゃの。おとにゃににゃっちゃら、せかいじゅうを、ぼーけんしゅるんらっちぇ、いちゅも、いっちぇちゃ。しょれで、ありゅひ…………。ひちょりで、もりへ、ぼーきぇんに、でかけちぇ…………。ひちょりでは、もりにいっちゃら、いけましぇんっちぇ、いわりぇちぇちゃのに…………。いいちゅけを、やぶっちぇ、ひちょりで……。しょれれ、しょれれ…………うぅっ」
にゃんごろーは、両方のお手々をパシッとお目目に当てて、体を震わせた。
みなまで言わずとも、その子ネコーがどうなったのかは、分かった。
やんちゃで腕白で、冒険家になることを夢見た子ネコーは、おとなの目を盗んで、ひとりで森へ冒険に出かけて行った。子ネコーひとりでは、森に入ってはいけないという言いつけを破って。その結果、森の獣に襲われて、小さな命を散らせてしまったのだ。
震えているにゃんごろーの頭の上に、クロウはそっと手を伸ばした。けれど、その手が明るい茶色のもふもふに触れる直前、にゃんごろーはピタリと震えを止めた。思わず、クロウも手を止める。
にゃんごろーは、お目目をグシグシグシっと拭うと、濡れたお手々をクロウの膝の上に置いた。膝頭に染みが広がる。じんわり冷たい感触が不快だったが、クロウはビクリと身を竦めただけで、もふもふお手々を振り払ったりはしなかった。
にゃんごろーは、濡れた瞳を決意で光らせ、クロウの目を見つめた。真っすぐに、射抜くように。
そして、厳かに言った。
「おにくは、おいしい。にゃんごろーも、らいしゅき」
クロウは目を瞬いた。
今、何か。
おかしなセリフが聞こえた気がした。