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第120話 そう言えば、そうでしたね?

 青猫号の中にある、魔法で隠された不思議な通路。

 その通路の、空を固めて造ったみたいな不思議な壁の向こう側で、女の子が眠っているという。

 青くて蒼い空間の中で、体を丸めて宙に浮かんで眠っている不思議な女の子。

 その子は、長老やマグじーじたちの古い友達だった。

 そして、不思議なその子は。

 青猫号に宿る精霊なのだという。



 青猫号のクルーにとって、船の精霊と言えば、それは青猫号を制御する魔法管理システムのことを指す。クロウも、ずっとそう思っていた。船と魔物に纏わる古い伝承にちなんで、そう呼んでいるのだろうくらいに思っていた。

 それは、起源も定かでないくらいに古い伝承だった。だが、少なくとも古代魔法文明の時代までは遡るはずだというのが現在の定説だ。古代魔法文明の遺産である青猫号の発見により、それが裏付けられた。古代魔法文明が滅びた後、人びとは長らく空の領域から手を引いていた。古代魔法文明と共に、空を飛ぶための技術も失われてしまったからだ。なのに、船と魔物の伝承では『空と海』とうたわれていた。

 地域によって、伝承には様々なバージョンがあるが、基本の筋は一緒だった。


『空と海には、船を襲う魔物が潜んでいる。魔物は精霊の力を嫌った。魔物に襲われたくなければ、精霊と契約して加護を得よ。そうすれば、安全な船旅が約束されるだろう』


 ――――というのが、どの言い伝えにも共通する基本の筋だ。

 昔の人たちは、本気でこの話を信じていたのだろう。初船出の前には、精霊と契約して加護を得るために降霊祭を行うのが習わしとなっていた。契約が結ばれれば、精霊は船に宿り、文字通り守り神となってくれるのだ。

 今では、ただのおとぎ話だ。本当に本気で信じているのは、一部の信心深い海の船乗りたちくらいだ。

 空や海を根城にする魔獣は存在するから、魔物と言うのは、人の手には負えないような質の悪い魔獣のことなのかもしれない。けれど、精霊は、完全におとぎ話の存在だった。

 だから、伝承の魔物と精霊とは、波や風や雨などの自然の力の象徴なのだろうというのが現在の通説だ。その恐るべき力が人々の脅威となれば魔物と呼ばれ、助けとなれば精霊と呼ばれる。

 クロウも、そう思っていた。


 けれど、この船には。

 どうやら本当に精霊が宿っているらしい。

 おとぎ話で語られるだけの存在だった精霊が、船の中の魔法で隠された秘密の場所で眠っている。


 ――――そうと知ってクロウは、両手で抱えている子ネコーに負けず劣らず胸を躍らせていた。

 ほんの少し前に、マグじーじがそんなようなことをほのめかし、かつ、それを機密事項だと言ったことは、すっかり忘れていた。覚えていたら、このまま黙って話しを聞くことを躊躇っただろう。このまま、長老に話を続けさせていいのかどうか、マグじーじに確認を取る…………くらいのことは、したかもしれない。けれど、この時のクロウは、そんなことはすっかり忘れて好奇心に胸を躍らせていた。

 長老の話を遮るものは誰もいなかった。

 カザンとマグじーじは、子ネコーの愛らしさに夢中になっている。子ネコーの一挙一動に注目し、それ以外のことは疎かになっていた。

 そんなわけで。

 長老の話を遮るものは、誰もいなかった。

 長老が語り、子ネコーが相槌を打つ。

 ふたりの会話は、テンポよく続いていった。


「精霊さんはな、お船の主でもあり、お船そのものでもあるんじゃ」

「ほぅほぅ」

「むかーし、このお船がお空を飛んでいたことは、にゃんごろーも知ってるじゃろ?」

「うん! ちょーろーに、きいちゃ。しっちぇる!」

「お船はな、精霊さんの力で空を飛んでいたんじゃ。けれど…………ちょっと張り切り過ぎてしまってのぅ…………。精霊さんは力を使い果たして、疲れて眠ってしまったんじゃ。それで、お船は空を飛べなくなってしまったんじゃよ」

「しょーらんったんら。こんなおおきなおふねを、おしょらへうかべりゅにゃんちぇ、たいへんなこちょらもんね…………。しょーか、しぇいれいしゃんは、おちゅかれで、おやしゅみしちぇいるんだね」

「そうじゃ。だから、十分に休んで自然に目が覚めるまで、そっとしておいてあげねばなのじゃ」

「わかっちゃ! しょれなら、しょーがにゃい。おちゅかれのしぇーれーしゃんを、むりやりおこしゅのは、よくにゃいもんね!」


 長老の説明を聞いて、子ネコーは素直に納得した。「うん!」と大きく頷いてから、片手を上げて了承の宣言を行う。

 長老は、そんな子ネコーを満足そうに見つめてから、「にゃふっ」といたずらに笑って、念押しをした。


「うむ。それにじゃ、眠っている女の子を無理やり起こしたりしたら、お話をするどころか、嫌われてしまうかもしれんぞ?」

「はわわわー! しょ、しょれは、こみゃる! しょんにゃの、いやにゃ! にゃんごろー、ちゃんとまっちぇる! あのこのおめめが、しゃめるまれ、ちゃんとまっちぇる!」


 無理に起こして嫌われてしまっては元も子もないと、子ネコーは激しく必死に何度も頷いた。「にょほほ~」と、長老の楽しそうな笑い声が響く。

 もう大丈夫そうだなと判断して、クロウは立ち上がった。それから、背後のマグじーじを振り返る。いろいろと、聞きたいことがあったからだ。


『にゃんごろーが見たという女の子は、本当に精霊なのか?』

『精霊とは、そもそも、どういった存在なのか?』

『青猫号の魔法制御管理システムと、関係があるのか?』


 尋ねようと口を開いて、何も言わずに動きを止めた。クロウと目が合ったマグじーじは、「そうじゃったわい」という顔をして、自前のツルツルをぴしゃりと叩いて、こう言ったのだ。


「今の話も、内密にな?」

「承知しました」

「あ、はい…………」


 どうやら、クロウからの質問は、受け付けてもらえないようだ。

 船と精霊の浪漫については、さして興味がないのだろう。カザンが、あっさりサラリと了承した。そうなると、クロウもそれに続かざるを得ない。子ネコーだって大人しく納得したのだ。その子ネコーの前で、年長者であるクロウが駄々をこねるわけにはいかない。第一、クロウは青猫号のクルーなのだ。青猫号の魔法管理最高責任者であるマグじーじから、内密にと言われてしまっては、引き下がらざるを得ない。


 青猫号と精霊の秘密に未練を残しつつ、クロウは力なく頷くのだった。


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