「んみゅ? ないしょのおはにゃしにゃの?」
腕の中にいる小さい方のもふもふも、クロウたちのやり取りをちゃんと聞いていたようだ。にゃんごろーは、ウゴウゴと体を動かしながら、ほにゃんとクロウを見上げて尋ねた。
キランと輝く無垢なお目目に「そうだ」と答えようとして、クロウは中途半端に口を開きかけたまま動きを止めた。
重大なことを思い出してしまったのだ。
腕の中の子ネコーは、隠し事が苦手なはずだった。
「ないしょだから」と言いおいて自ら秘密を暴露しておきながら、秘密は守られていると信じ込んでいる子ネコーの悪癖は、たった今朝、朝食の席で披露されたばかりだ。
――――これは、本当に大丈夫なのか? 秘密は、ちゃんと守られるのか?
クロウはマグじーじに視線で問いかける。マグじーじは、何か言おうと口を開きかけたが、それが声を結ぶ前に長老が話し始めた。
みんなの視線が、長老へと注がれる。
「うむ、そうじゃ。精霊さんのことは、内緒の話なんじゃ」
「しょーなの?」
「これだけの船を動かす凄い精霊さんじゃからな。無作法な輩が精霊さんの話を聞いたりしたら、お疲れの精霊さんを無理やり起こそうとするかもしれんのじゃ。そうなったら、精霊さんが可哀そうじゃろう?」
「しょんにゃ、ひどいひちょが!? しょれは、よくにゃいね。しぇーれーしゃんが、かわいしょう。うん、わかっちゃ。にゃんごろー、しらにゃいひちょには、じぇっちゃいにおはにゃし、しにゃい!」
キリ、とお顔を引き締めて秘密を守ることを宣言する子ネコーに「うむ」と頷いてから、長老は続けた。
「知らない人だけじゃない。知ってる人…………ミルゥにも内緒じゃ」
「ええ!? ろーしちぇ? ミルゥしゃんは、しょんにゃひどいこちょ、しにゃいよ!」
「うむ。じゃが、これは、その、あれじゃ。女の子の秘密なのじゃ。たとえ、悪い人じゃなくてもじゃ。精霊さんの秘密を、にゃんごろーが勝手に誰かに喋ってはいかん。そんなことをしたら、精霊さんに嫌われてしまうからの」
「お、おんにゃのこの、ひみちゅ。しょっか、しょーゆーこちょなら、しかちゃないね。うん、わかっちゃ。きらわれちゃら、いやらもん」
「うむ。えらいぞ。さすがは、にゃんごろーじゃ。いつか、精霊さんが目覚めて、精霊さんが話してもいいと言ったら、ミルゥにもお話してあげると言い」
「うん! わかっちゃ!」
にゃんごろーが元気に片手を上げた。長老は、満足そうなお顔でそれを見上げている。これにて一件落着と言わんばかりのお顔だ。そして、そう思っているのは、長老だけではないようだった。
「うむ。これにて、一件落着じゃの」
「え? いや、いや? だ、大丈夫なんですか? こいつのことだから、これは秘密の話とか言って、ペロッと喋っちゃうんじゃないんですか?」
マグじーじも自前のツルツルをツルツルしながら、一息ついた顔をしている。クロウは、慌てて尋ねた。とても、そうとは思えなかったからだ。子ネコーの悪癖のことを思えば、たとえ子ネコーが納得したところで意味はないように思える。秘密を守っているつもりで、ペロッと喋ってしまいかねない。
秘密の漏洩先として、クロウが一番危惧しているのがミルゥだった。
にゃんごろーは、ミルゥのことをトマトの女神様と呼び慕っている。にゃんごろーが一番、うっかりペロリをしかねない相手だ。ミルゥとて、クロウと同じく青猫号のクルーである。子ネコーが悪癖を披露する相手がミルゥならば、まだ傷は浅い…………と言いたいところなのだが、そうでもないことをクロウはよく知っていた。ミルゥは、隠し事には向いていないタイプだ。わざと機密を漏らすことはしないはずだが、子ネコー同様にうっかりポカをする可能性は極めて高い。過去にやらかしかけたことがあったため、以降デリケートな仕事からは外されている。空猫クルーきっての物理担当なのだ。
青猫号の機密が、子ネコーを経由してクルーの口から外部に漏れるという最悪の事態を想像していると、長老が安心させるようにポムポムとクロウの太ももを叩いた。
「まあ、たぶん、大丈夫じゃ。にゃんごろーは、自分のことはペロッと喋ってしまうが、誰かの秘密を勝手に喋ったりはせんからの。それに、女の子の秘密を勝手にばらす危険性については、常日頃からよーく言って聞かせてあるのじゃ」
「な、なるほど?」
長老がぽふんとお胸を叩いて太鼓判を押した。「たぶん」という一言が微妙に気になったし、長老の教育方針にも興味を惹かれたけれど、クロウはひとまず納得することにした。だが、マグじーじには一言、言っておきたいことがあった。
「てゆーか、そもそも、なんですが。なんで、ちびネコーの壁中調査を許可したんですか? あそこでスルーしておけば、ちびネコー含め俺たちが不用意に機密を知ることもなかったはずですよね? なのに、二人とも、ちびネコーが壁の中を調べることに、むしろ積極的じゃありませんでした?」
「う、うむ…………」
一言では収まらなかったクロウの苦言に、マグじーじは気まずそうに頭をツルツルして、わざとらしくクロウから目を逸らした。機密だと言いながら、子ネコーが機密に触れようとしたことを推奨していた矛盾を自覚しているのだろう。
マグじーじはツルツルを続けながら、言い訳をするように話だし、長老が合いの手を入れた。
「眠っているあの子を無理やり起こすのは、もちろん本意ではないんじゃがの…………。にゃんごろーは、あの時、何か聴こえたと言っておったじゃろう? じゃが、ワシにはなんにも聴こえなかった」
「長老もじゃ」
「うむ。なのに、にゃんごろーには聴こえたということは、あの子がにゃんごろーを呼んだのだと思ったんじゃ」
「あの子は、子ネコーが好きだったからの~」
「うむ。きっと、にゃんごろーのことを気に入ったのじゃろう。にゃんごろーは可愛いからのぅ」
「にゃんごろーが、ひょっこり顔を出せば、それに釣られて目を覚ますのではないかと思ったんじゃがのー。ちょっと、寝言を言っただけじゃったみたいじゃの」
「なるほど、そういう事だったのですね。よく分かりました。」
「うむ。そういうことなのじゃ」
「え? いや…………」
クロウとしては「なんだ、そりゃ?」な話なのだが、隠れていない隠れネコー好きなサムライが深く感じ入りながら同意してしまったため、話はそこで終わってしまった。というか、終わらされてしまった。
クロウはすかさず「待った」をかけたのだが、それを遮るように、
ぎゅるごごごごご…………。
と、お昼の到来を告げるチャイムの音色ならぬ長老の腹時計が轟いた。おまけに、それに釣られたように、
きゅるきゅるきゅる、きゅろろろろ…………。
と、子ネコーのお腹からも、可愛い催促音が鳴り響く。
「そろそろ、お昼じゃのー」
「うむ。見学会午前の部は、これにて終了じゃの~」
「おひりゅー、おっひりゅー♪ おーにゃかーがぁ♪ しゅーいちゃよっ♪ きゅっるっるっるっるん♪」
「うむ。いい歌だ」
「……………………」
鳴りやまない腹の音に誘われて、話題はサクサクと移り変わり、子ネコーは歌い出した。サムライは子ネコーの歌を褒め称えた後、会話モードから鑑賞モードへと移行している。
――――こうして。
クロウの困惑を置き去りにしたまま、子ネコーのお船見学会午前の部は、賑やかに終了した。