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第126話 ネコー劇場は、終わらない。

 キラキラ組に、キラキラと視線を浴びせられて、クロウは天を仰いだ。

 不用意に口を出してしまったことを、ほんの少し後悔していた。

 ふたりがクロウに求めているのは、目の前で繰り広げられているネコー劇場の詳しい解説だ。一体、あれは何なのか? 長老はなぜ、カフェは子猫禁制だなんて嘘をついていたのか?

 その答えを求めて、ふたりはクロウにキラキラ光線を送っているのだ。

 持ち前の勘の良さで、クロウがその答えを知っていることを察知したのだろう。ふたりの視線には遠慮というものが一切ない。「逃さん!」という、強い意思が感じられる。

 確かにクロウは“答え”を知っていた。いや、知っていると言うと語弊がある。これまでの短くも濃いネコーたちと過ごした時間から推測したと言うにすぎないからだ。

 けれど、クロウは確信していた。

 自分の推測に、誤りはないであろうと。

 おそらく、それは真実であろうと。

 ならば、もったいぶらずにそれを話してしまえばいいと思うのだが、クロウはそれをするのを躊躇っていた。


 とはいえ、別に。

 何か、たいそうな理由があるわけではなかった。

 理由があるにはあるが、割としょうもない理由だ。


 有体に言えば、面倒くさかった。

 元々、そこまで面倒を見るつもりはなかったのだ。

 マグじーじとカザンがネコー劇場に夢中になっている、今、この場で。ネコー劇場の実態を把握し説明できる者は、クロウの他にいなかった。だから、見るに見かねて口を出しただけなのだ。劇中に、青猫号内施設の誤った情報が含まれてさえいなければ、素知らぬ顔を通しただろう。

 それでも、理由がそれだけだったら、別に推測を話して聞かせてやっても構わなかった。

 なのに、話すのを躊躇っているのは、もう一つ理由があるからだ。

 もっとずっと、比重の重い理由が。

 クロウ的には比重が重いけれど、くだらなさで言ったら、前者と大して差はないであろう理由が。

 ふたりにキラキラ光線を送られた時に、ふと、思ってしまったのだ。


 ここで解説役を引き受けたら、まるで俺って、森のネコーたちの世話係みたいじゃね?――――と。


 カザンあたりに知られたら「今さらだろう?」などと言われてしまったかもしれない。けれど、クロウにとっては、それは譲れない一線だった。長老はともかくとして、子ネコーに限っては、この半日で、ほぼそんなようなものだと確定したかに思われる。クロウ本人にも薄っすらとその自覚があった。

 でも、だからこそ。

 初対面のふたりにまでそう思われるのは、なんだか癪に障るのだ。


 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、クロウはキラキラ組の様子をそっと窺ってみた。

 ふたりは、まだクロウを見つめていた。高低差のある期待の眼差しが、真っすぐにクロウに向けられている。キラキラ光線は健在だった。ふたりとも、かなり好奇心が旺盛なようだ。食べ物を目の前にした時ににゃんごろーのような、何かを感じる。

 クロウの目線が戻ってきたことを、ふたりは見逃さなかった。「今がチャンス!」とばかりに、ふたりは畳みかける。

 キラキラ光線に、「早く、早く!」という催促が上乗せされた。

 キラキラとした圧が、クロウに襲い掛かる。

 クロウはもう一度天を仰ぎ見て、深く長い息を吐き出した。

 諦めのため息だった。

 こうなっては、仕方がないだろう。

 答えを話さない限り許してはもらえなそうだと悟り、クロウは渋々ながらキラキラ組への解説役を務めることを受け入れた。


「あー……。これは、俺の推測にすぎないんだけどな?」


 答えを告げる前に、一応そう念押しをした。ほぼ確定だろうなとは思っているが、推測は推測だからだ。キラキラ組は「それでもかまわない」とばかりにズズイとクロウに詰め寄ってきた。

 何というか、ふたりとも。

 目から涎を零しそうな顔をしていた。涙ではない。あくまで、涎だ。


「分かった、分かった。ちゃんと、話す。話すから、もう少し離れてくれ」


 好奇心を抑えきれないふたりを宥めるように両手を前に出し、クロウは本格的に観念した。


「あー、つまり。長老さんは、森にいた頃からずっと、ちびネコー…………あー、にゃんごろーに、カフェは美味しいものが食べられる素敵な場所だけれど、大人しか利用できないって、事あるごとに言い聞かせてたんだよ。あれをやりたいがためだけの、仕込みとして」


 推測だと前置いた割には、断定的な口調だった。おまけに、決意して観念した割には、ざっくりとした解説でもある。

 けれど、幸いなことにキラキラ組は察しがよかった。

 解説を終えたクロウがネコー劇場を指さすと、キラキラ組は「ああ!」という顔で頷いた。


「つまり、あれは長老さんが、にゃんごろーからの感謝と尊敬を勝ち取るために、ずっと前から準備をしていたことが、見事成功した…………要するに茶番ってことね?」

「まあ、傍から見たら、そうなるな」

「なるほどー。入っては駄目と言われると、余計に入ってみたくなりますからねぇ。長老さんは、『カフェは大人の場所だから、子ネコーは入ってはいけない』と事あるごとに言って聞かせ、にゃんごろー君の憧れを煽ったというわけですね? すべては、今、この時のために。ふふ。森のネコーの長老さんは、なかなか茶目っ気のあるお方のようですねぇ」


 なかなか歯に衣着せないキララの物言いに、クロウは乾いた笑いを浮かべつつも頷いた。にゃんごろーに比べて、随分と口が達者だなと感心してもいた。

 キラキラ組の片割れであるミフネの方は、長老の仕業に呆れるのではなく、感心しているようだ。「うんうん」と頷きながら、にこやかな笑みを浮かべている。その瞳には、いたずらな光が垣間見えた。一見、控えめなようでいて、長老と同類の気配をそこはかとなく感じる。

 この分なら心配はなさそうだな、と思いながらもクロウは念のために申し添えた。


「あー、ちなみに。この森のネコー劇場は、本日既に何度目かだ」

「あらあら。ということは、まだまだ観劇のチャンスがあるってことね?」

「それは、それは。いろいろな意味で、楽しいお昼になりそうですねぇ」


 時折こんな風に置き去りにされるからそのつもりで、という注意喚起の意味合いがあったのだが、予想通り何の問題もなさそうだ。

 キララはキラッと瞳を瞬かせ、ミフネは目を細めて楽しそうに笑った。


 どうやら、森のネコー劇場は。

 意図せずして、新たな観客を獲得してしまったようだ。


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