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第128話 長老を追いかけし者たち

 昂ぶる心を鎮めるための喜びの舞を披露した後、お腹がすきすぎてしゃがみ込んでしまったにゃんごろー。

 マグじーじとカザンが、我先にと駆け寄ろうとして、途中で立ち止まった。

 にゃんごろー先生が助っ人として指名したのは、クロウ助手だったからだ。


「…………うぅむ。にゃんごろー先生のご指名とあっては、譲るしかあるまい」

「クロウ、出番のようだぞ? 助手としての役目を、しっかりと果すがいい」

「あー…………了解です」


 数歩も進まない内に立ち止まった二人が、残念そうにクロウを振り返った。クロウとしては、「喜んで、お譲り」したいところだったが、諦めて了承の意を示した。お譲りしたらお譲りしたで、面倒くさいお説教が始まりそうな予感がしたからだ。

 今さらなので、助っ人に任命されたこと自体は構わないのだが、キラキラ組に妙な誤解をされるのだけが心配だった。歩き出す前にチラッと様子を窺ったところ、ふたりとも微笑ましい顔で成り行きを見守っていた。察しの良い二人は、クロウのことを「子ネコーの遊びに付き合ってあげている良いお兄さん」だと思ってくれているようだ。

 それならば何の憂いもないと、大股でにゃんごろーの元へ進むと、にゃんごろーは上半身だけを捻って、当然のお顔で「ん!」と両手を差し出してきた。

 「この野郎」と思いつつも、クロウはにゃんごろーの前に回り込み、しゃがみ込む。


「クリョーが、じょしゅれ、よかっちゃー」

「そーかよ…………」


 クロウがにゃんごろーの両脇に手を伸ばすと、にゃんごろーはお腹の音を伴奏にして「にゃへへー」と笑い、おひげを震わせる。とても嬉しそうだ。子ネコー親衛隊たちなら、それだけでデレデレと蕩けていったことだろう。

 助手呼ばわりは癪に障ったが、クロウも満更ではなかった。助手扱いはともかくとして、なつかれて悪い気はしない。けれど、それを認めるのも、また癪に障る。照れ隠しの仏頂面で、クロウはにゃんごろーを抱き上げた。


「うみゅぅ。でかしぃー…………すやぁ……」

「あ?…………あ!? こいつ、寝やがった!?」


 「でかした」と最後まで言い終わらない内に、にゃんごろーの頭がガクリと落ちる。代わりに、健やかな寝息が聞こえてきた。完全に力が抜けてしまった小さな体を慌てて抱え直しながら、クロウは慌てた。

 縋るような視線を、長老へと向ける。

 もうすぐお昼の鐘が鳴るというのに、腕の中の子ネコーは、完全に寝落ちしてしまっている。ついさっきまで、憧れのカフェに行けることを、あんなに喜んでいたのに、だ。

 このまま、目が覚めなかったら、食いしん坊な子ネコーは一体どうなってしまうのか?


 …………大参事の予感しかしなかった。


 大泣きの子ネコーを寄ってたかって宥める図を想像して、クロウは顔を青ざめさせる。

 最悪の未来を予想したのは、クロウだけではなかった。

 マグじーじは、オロオロツルツルと自前の禿頭を撫でさすり、表面上はいつもクールなカザンですら、珍しく動揺を露わにしていた。二人とも、ぐっすりスヤスヤなにゃんごろーと長老の間で、忙しなく視線を行ったり来たりさせている。

 キラキラ組も、こういう時のお決まりのパターンと言うヤツが思い浮かんだのだろう。「あらあら、困ったわね」という顔で見守ってはいるが、クルー組ほど慌ててはいない。にゃんごろーの食いしん坊ぶりがどれほどのものか、まだ分かっていないからだ。

 そんな中、ひとりだけ余裕のお顔で「にょほにょほ」笑っているものがいた。

 言うまでもない。

 長老だ。


「大分、はしゃいでおったからのぅ…………」


 お腹の長毛をもしゃもしゃとかき混ぜつつも、長老は落ち着いていた。「仕方のないやつじゃ」と言うお顔で、愛おしそうににゃんごろーを見つめている。

 長老は、表面的な程度の差はあれど、揃って慌てふためいているクルー組の顔を見回してから、ニヤリと笑った。


「ま、大丈夫じゃろ」

「えぇ? ほ、本当に?」

「うむ」


 あっさり言い切る長老に、クロウは敬語も忘れて心の声をもらしてしまう。

 未来を心配するあまり、疑い深い眼差しを向けてくるクロウに、長老はポムとお腹を叩いて、自信たっぷり頷いて見せた。

 そして、言った。


「お腹は空いておるのじゃ。お店について、美味しい匂いがしてきたら、勝手に目を覚ますじゃろ」

「ああ、なるほ……ど?」


 食いしん坊子ネコーのことを知り尽くした長老の断言を聞いて、「それも一理あるな?」とクロウは半分納得しかける。

 他の面々も、クロウと似たり寄ったりな反応だった。

 つまりは、半信半疑と言うことだ。

 そのことに気づいていながら、長老は片方の肉球を「にゃにゃっ!」と振り上げて宣言した。


「さて、じゃ! 今度こそ、行くぞぃ! 店は、予約してあるのじゃからな! そろそろ、向かわんと! ほれ、みなのもの! 長老にぃ、ついて参れぇ!」


 困惑する一同を尻目に、長老はさっさと青猫号の中へと戻っていく。

 一同は顔を見合わせた後、何も言わずに長老に従った。

 予約をしてあるというのなら、それをすっぽかすわけにもいかない。


『頼む! 今度ばかりは、長老さんの言った通りであってくれ! 頼む!』


 腕の中でぐっすりと眠りこけている子ネコーを見下ろしながら、クロウは願った。

 強く、強く願った。

 もしも、長老の言った通りにならなければ、泣きじゃくる子ネコーに責められるのは、長老と自分のふたりに違いないと確信していた。こういう時の子ネコーの八つ当たりが、まずは長老へと向かうのは、間違いない。そして、今回は恐らく、『助手』に任命されてしまったクロウも、そのやり玉にあがるはずだ。『助手』に任命されてしまったばっかりに、的として集中砲火を浴びる可能性がすこぶる高い。

 運搬係を命じられた挙句、カフェ初体験をふいにしてしまったのは、助手がしっかりしていなかったからだ!――――などと詰られては敵わない。


『頼む! トマトの女神様でも、何でもいい! せめて、お昼の時間中、何とかうまく言いくるめられる時間の間に、ちびネコーを目覚めさせてくれ! 頼む!』


 クロウは願った。

 とても強く、強く願った。


 それは――――。

 長老の尻尾を追いかける者たち共通の願いだった。

 温度差はあれど、今。

 長老を追いかけし者たちの心は、一つになった。


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