予約のお席は、カウンターのすぐ近くだった。
白い雲のテーブルが二つ、横並びになっている。テーブルの上には、人数分のスープとサラダが用意されていた。スープのカップからは、湯気が立ち昇っている。にゃんごろーたちが入り口付近でわちゃわちゃとしている間に、準備してくれたのだろう。
気になることが、一つあった。
横並びにされた右のテーブルと左のテーブルで、椅子が違っているのだ。
左のテーブルは、背に羽が描かれた青い椅子。店内の他のテーブルと同じ椅子だ。対して、右のテーブルは、椅子と言うよりもクッションのようだった。背の小さいネコーが座るのにちょうどいい高さの白いクッション。もくもくの雲をちぎって置いてみた…………そんな風にも見える柔らかそうな白いクッション。
にゃんごろーは不思議そうに首を傾げた。座り心地は良さそうだけれど、あれではお料理に手が届かない。なのに、マグじーじは屍長老をもくもく雲クッションへと導いたのだ。
「ルドル、おまえの席はこっちじゃ! 先に座ってもかまわんが、『いただきます』はみんながそろってからじゃぞ?」
「……………………」
長老は、腹の音を響かせるばかりでお返事すら出来ない。もはや完全なる屍ネコーだ。マグじーじは、屍ネコーの両肩を掴んで、テーブルの手前、端側のもくもく雲クッションに誘導した。
導かれるままに、雲のクッションにちょこんと腰掛ける長老。
長老の白くてもっふぁりな尻尾が、ふぁさっと揺れた。何か魔法を使ったようだ。
すると、不思議なことが起こった。
雲クッションが長老を乗せたまま、ずももももーんと伸び出したのだ。長老のお尻を優しく包む雲クッションは、お食事をするのにちょうどいい高さで成長を止めた。
「ふぁおっ!? ありぇは、おくものクッショーじゃなくちぇ、まひょーのいしゅ、らっちゃのか!」
「うむ、そうなんじゃ。これはのぅ、ルシアさんの発明なんじゃよ。人間と一緒に暮らしているネコーたちに大人気の発明品なんじゃ」
「ええ!? こりぇ、ルシアしゃんのはちゅめーにゃの!? ほわぁあああ…………。ルシアしゃん、しゅごいんらねぇ」
もくもくのクッション椅子が魔法の椅子と知ってびっくりしていたら、マグじーじがさらにびっくりすることを教えてくれた。
このクッション椅子は、森の発明ネコー・ルシアが開発したものだというのだ。ルシアと言えば、つい先日、実験に失敗して自分の家兼研究所を炎上させたばかりだ。にゃんごろーが青猫号でご厄介になる切っ掛けとなった事件だ。ほんの一昨日の事なのに、なんだかとっても昔のことのように思えた。森のみんなは今頃どうしているだろう――――という思いが浮かびかけたが、クッション椅子への好奇心にあっという間に押しつぶされてぺちゃんこになった。
にゃんごろーは、子ネコーらしく駆け寄りたくなる気持ちをグッと抑えて、でも、少しだけ速足でクッション椅子の元へと急ぐ。
さっき教えてもらった、にゃんごろーのお席ではない。長老が腰掛けている、たった今魔法が発動されたばかりのクッション椅子の方へだ。
辿り着くなり、にゃんごろーは早速検分を始めた。肉球のお手々で、もふもふペタペタとずももと伸びた、雲の柱を触ってみる。
固すぎず、柔らかすぎない、不思議な感触だった。
もしかしたら、お空のもくもく雲もこういう感触なのかもしれないな、とにゃんごろーは思った。
「にゃんごろーは、ルドルの隣のお席じゃ。キララちゃんは、にゃんごろーの正面のお席へどーぞ」
「はい!」
「はーい」
もふペタしていると、マグじーじからお席の案内があった。にゃんごろーは、元気よくお返事をしたものの、すぐに自分のお席に座ろうとはせず、雲の柱をペシペシと叩いた。
「ちょーろー、ちょーろー! いみゃの、クッショーのせが、たかくなりゅまひょー、もういっきゃい、やっちぇ!」
「……………………」
「ちょーろー! ちょーろー! にゃんごろーも、じるんで、いしゅをせいちょーしゃせるまひょー、やっちぇみちゃい! らから、ねえ! みょーいっきゃい、みせちぇ!」
雲がずももも魔法を自分でやってみるために、そして、一度で成功させるために、もう一度お手本を見せてほしかったのだが、長老はお腹を鳴らすばかりで答えてくれない。目の前に並んでいるスープとサラダの誘惑を我慢するのに一生懸命で、にゃんごろーの声が聞こえていないようだ。焦れたにゃんごろーが、白くてもっふぁりした長老の片足を両手で掴んで揺さぶってみたけれど、やっぱり反応がない。揺さぶられた衝撃で、涎が落ちそうになっただけだった。
「ねーえー! ちょーろぉー! おねらいー! みょーいっきゃい、まひょー、みせちぇー! ねえー! ちょーろぉ…………みゅぐぅん…………」
おとならしく振舞わねば!――――という誓いも忘れて、長老を呼ぶにゃんごろー。けれど、どんなに呼んでも揺すっても、長老が屍から復活する兆しすら見えない。「いただきます」をするまで、屍のままなのかもしれなかった。
長老を呼ぶにゃんごろーの声が、涙交じりになる。
見かねたマグじーじが声をかけようとしたのだが、一足遅かった。
「大丈夫よ、にゃんごろー! お手本なら、わたしが見せてあげるわ!」
「ふぇ?」
教えてもらった自分のお席に辿り着いたキラキラの救世主が、美味しいところを搔っ攫っていったのだ。