再び現れたキラキラの救世主は、テーブルの向こう側にいた。にゃんごろーが長老と戯れている間に、指定された自分のお席に辿り着いていたのだ。
小さな子ネコーたちは、雲テーブルのトンネルの下で見つめ合った。
雲クッションにお手々を乗せて、キララは自信満々のお顔をにゃんごろーに向けている。
にゃんごろーの心に、薄っすらとモヤモヤが広がった。
にゃんごろーは、さっきの長老の魔法を、一度でマスターすることが出来なかった。何の前置きもない突然のご披露だったため、びっくりするのに忙しくて、それどころではなかったからだ。なのに、キララは、あのたったの一回だけで、もう雲クッション成長魔法を覚えてしまったのだろうか?
にゃんごろーは、長老の足を掴んだまま、おずおずとキララに尋ねた。
「キラリャは、いみゃのをいっきゃいみちゃらけれ、くもクッショーをせいちょうさせるまひょー、ちゅかえるよーに、にゃっちゃにょ?」
「ううん! 今ので覚えたわけじゃないの! うちにも、これと同じ椅子の色違いがあるのよ! うちのお父さん、ルシアさんの発明が大好きで集めているのよねぇ。それに、うちはネコーがやっているお店だけれど、ミフネさんみたいに人間も一緒に働いているからね!」
「しょーらったんら。はりめちぇらにゃいから、せいちょーのまひょーら、ちゅかえるんら」
「そういうこと! 最初はうまくいかなかったけれど、練習の甲斐あって、今はもうバッチリよ!」
なるほど、今の長老の魔法を見て一発マスターしたわけではなく、おうちにある同じ椅子で練習したことがあったからなのか!――――と分かって、にゃんごろーのモヤモヤは晴れていった。それどころか、キララのお父さんが、森のネコー仲間であるルシアのファンだと聞いて、嬉しくなっていた。すっかりと元気を取り戻して「ほぅほぅ」と頷いていると、キララは雲クッションに「それっ!」と座った。
「それじゃ、今からお手本を見せるわよ! 準備はいい?」
「う、うん!」
いよいよ講習会が始まるのだ。
お姉さんネコーとしていいところを見せようと張り切るキララに、にゃんごろーは真剣なお顔を向けて気合のこもったお返事をした。キララは満足そうに頷くと、お手々をサッと横に出した。
「いくわよ!」
「ん!」
合図の声と共に、キララは雲クッションをポンと叩いた。
魔法が発動する。
雲が、ずももと成長を始めた。にゃんごろーに見せるためだからか、ただ単に長老とは魔法の年季が違うからか、成長はさっきよりもゆっくりだった。
食い入るように見つめるにゃんごろー。お手々にもググっと力が入る。
やがて、キララの可愛い三角お耳が、テーブルの上にぴょこんと飛び出した。続いて、得意満面のキララのお顔が現れる。ごはんを食べるのにちょうどいい高さまで来ると、キララはポンと椅子を叩いた。雲の成長が止まる。
「おぉおおおー!」
「うふふ♪ 高さは、自分で調節するのよ。どう? 覚えた? もう一度、やってみる?」
「ううん! らいりょーる!」
にゃんごろーが感嘆の唸り声を上げながらポムポムと肉球拍手を贈ると、キララは嬉しそうに笑った。それから、キララはお姉さんらしく、もう一度実演する必要があるかと尋ねてくれたが、にゃんごろーは片方のお手々をもふっと上げて、これを丁重にお断りした。
キリリとお顔を引き締めながら、にゃんごろーは悠然とした足取りで自分の雲クッションへと向かった。傍からはチョコチョコ歩いているようにしか見えなかったが、本ネコーだけは、出来るおとなネコーらしく悠然と歩いているつもりだった。
にゃんごろーと長老のお席は横並びの隣同士なので、人間ならば一歩か二歩の距離なのだが、小さなにゃんごろーは何歩か歩かなくてはならなかった。それがまた可愛くて、マグじーじは蕩けてなくなってしまいそうなお顔で、その様を後ろから見守っている。キララに出番を奪われてしまったマグじーじだが、少しも残念がっていなかった。むしろ、子ネコー同士の可愛いやり取りが見られて、満足していた。
みんなに見守られながら、もふもふチョコチョコと雲クッションに到着したにゃんごろーは、キリリと引き締めたお顔のまま、もふりとクッションに腰を下ろした。クッションはちょうどいい感じに沈んで、にゃんごろーのお尻と腰を優しく包み込んだ。程よい高さの背もたれとひじ掛けが、自然と出来上がる。
「ふわぉ? ふ、ふしぎなかんりぃ。ほんものにょ、おくもにすわっちぇるみちゃいぃ。にゃんごろー、おしょらにやっちぇきちゃっちゃみちゃいぃぃい…………!」
それは、素晴らしい座り心地だった。本物の雲に腰掛けているかのような、柔らかい優しさ。気持ち良すぎて、もはや空にいるのではと錯覚しそうなくらいなのだ。
にゃんごろーは、感動に打ち震えた。
白の混じった明るい茶色の小さなもふもふが、雲のクッションの上で、ふるふると震えている。
背後のマグじーじは、撫で繰り回したい衝動と必死に戦っていた。
長老の嘘を信じて、青猫カフェが子ネコー禁制の店だと思い込み、精一杯おとなモードを貫こうと奮闘するにゃんごろーも可愛いが、感動のあまり子ネコーらしさ全開のにゃんごろーもやっぱり可愛いのだ。
だが、マグじーじは可愛さに翻弄されそうな自分を必死で抑え込んだ。
今はまだ、その時ではないからだ。
これから、にゃんごろーによる魔法のお披露目が始まるのだ。
どうせなら、撫で回すのは、その後にしたい。にゃんごろーが見事、魔法を成功させたら、その時にこそ。
『にゃんごろーを褒め称えつつ、盛大にもふもふナデナデしてあげよう』
そう心に決めて、マグじーじはワキワキと両手の指を動かし、準備運動を始めた。