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第134話 雲も子ネコーも成長している。

 準備は整った。

 いよいよ、にゃんごろーが『雲がずももも』魔法を披露する時がやって来た。

 はたして、にゃんごろーは一度で魔法を成功させることが出来るのか?

 みなの関心が、にゃんごろーに集まる。…………訂正しよう。屍長老を除くみなの関心が、にゃんごろーに集まった。

 当のにゃんごろーは、みんなの視線を集めていることに気づかないまま、マイペースを貫いていた。


「まじゅは、あちゃまのにゃかれ、やっちぇみりゅ。ちゃんと、れんしゅー、しにゃいちょね。れんしゅーは、らいじらからね。うん」


 もふっと腕組みをして「うん、うん」と頷くと、にゃんごろーはお目目を瞑った。言葉通りに、本番前に頭の中で練習をしてみるためだ。

 ドライヤー魔法の失敗と、卵船のお部屋での失敗を、にゃんごろーは忘れていなかった。初めて使う魔法は、元気が良すぎる結果になりがちだということを、ちゃんと学習していたのだ。雲が勢いよく成長しすぎて、天井に頭がごっつんこ、なんてごめんだ。

 調子にのっていきなり魔法を披露したりせず、慎重な子ネコーぶりを見せるにゃんごろー。


 外野からの関心は、感心に変わった。


 キラキラ組は、意外な慎重さをみせるにゃんごろーに、素直に感心していた。

 卵船での失敗を知っている青猫組は、子ネコーの成長に目を見張った。


「にょし! にゃれりゅ!」


 カッとにゃんごろーがお目目を見開いた。キリキリと引き締まった声でビシッと言いきったが、やる気が滾るあまり発声の方は「ほにゃほにゃ」だった。おそらく、「よし! やれる!」と言いたかったのだろう。

 「ふん!」と鼻から息を吐き出すと、にゃんごろーは、さっきキララがやったように、片方のお手々をサッと横に出した。そのままのポーズで静止する。

 自分の中のタイミングを計っているのだ。

 力み過ぎないようにと、深呼吸を繰り返すにゃんごろー。呼吸を繰り返すごとに、もふっと小さい体から、力が抜けていく。

 心と体が、緩すぎず固すぎない、ちょうどいい案配に達した時。

 深呼吸が、止まった。


「ほっ」


 小さな掛け声と共に、にゃんごろーは雲クッションの脇を肉級のお手々で優しく叩いた。


 ずももももーん。


 にゃんごろーを乗せて、白い雲はお空へ向かって伸びていく。

 ゆっくり、ゆっくりと伸びていく。

 魔法が成功したのだ。

 にゃんごろーの心にサッと喜びが走る。

 けれど、子ネコーは気を抜いたりはしなかった。

 喜びの泉で心を満たして、その泉で泳いだり溺れたりなんて、しなかった。

 そうならないように、喜びの蛇口をキュキュッと締めて閉める。

 まだ、その時ではない。

 まだ、魔法は途中なのだ。

 テーブルの上で待っているお料理たちと、ちょうどいい高さで「こんにちは」が出来るまで、魔法は完成していないのだ。

 ここで気を緩めて、大成功を逃してはならない。

 雲クッションはゆっくりと成長を続けているけれど、にゃんごろーは今日の見学会で急速に成長したようだ。出来る子ネコーになる日も、近いのかもしれなかった。


 慌てず焦らず、雲を成長させていくにゃんごろー。

 白雲テーブルから、明るい茶色のお耳が、にょっこりと姿を現した。続いて、喜びを奥底に湛えつつもキリリと引き締められたお目目。それから、ひよひよと揺れるおひげ。キュッと閉じられた、可愛いへの字口。くすぐりたくなる、もふもふと小さな顎。

 にゃんごろーのお顔が全部、白雲テーブルの上に現れた。


 にゃんごろーは、雲のクッションに乗って、雲上の楽園へと辿り着いたのだ。


 楽園の入り口で、スープとサラダがにゃんごろーを待っていた。大変美味しそうなお出迎えだ。逸りそうになる気持ちを宥め、にゃんごろーは冷静に、雲クッションの脇でお手々をスタンバイさせた。

 ここからが、大事なところなのだ。

 慎重に、お料理との距離を測り、最適なタイミングを計るにゃんごろー。


「ここりゃっ!」


 鋭く叫んで、にゃんごろーは雲クッションを叩いた。

 ピタリと動きを止める雲のクッション椅子。

 ベストでジャストなタイミングだった。

 かろうじてキリリを保ったまま、にゃんごろーは両方のお手々をもふっと雲テーブルの上に置いた。

 ちょうどいい位置だ。

 これなら、楽園のお料理たちとも仲良くなれそうだ。


 子ネコーの魔法は、大成功だった。


 心の奥底から、嬉しい気持ちが、サァアアっと湧き上がってくる。ついに、喜びの蛇口を全開にするときがやって来たのだ。

 喜びのシャワーを浴びながら、にゃんごろーはまず、お出迎えをしてくれたスープとサラダに微笑みかけた。それから、目線を上げて、向かいの席に座っているキララにも笑顔で喜びを伝える。

 そこで一度、にゃんごろーはキュッと脇を閉めながら、ギュッとお目目を閉じた。小さく丸まって毛先を震わせながら、ひとり喜びを噛みしめているのだ。ググっと丸まって子ネコーボールになっていたにゃんごろーは、隣に座っている長老に向かって、ぱあっと両手を広げながら、お顔を弾けさせた。満開・全開・花吹雪の笑顔だ。


「ちょーろー! みちゃ!? にゃんごろー、いちろれ、りょーるにれきちゃよ!」


 魔法の大成功を長老に褒めてもらおうと、全身のもふもふ毛先から喜びと嬉しさを巻き散らしながら、長老に期待の眼差しを送るにゃんごろー。

 今回、魔法のお手本を見せてくれたのはキララだったけれど、まだまだ子ネコーのにゃんごろーが真っ先に褒めてもらいたいのは、やっぱり長老なのだ。


 きっと、長老も褒めてくれる!――――と、信じて疑わなかった。


 お褒めの言葉だけでなく、頭ポンポンだって、してもらえるはずだと、にゃんごろーは期待していた。確信していた。


 けれど、その期待は裏切られた。


 長老は、屍のままだったのだ。


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