ニマニマと子ネコー会話に耳を傾けつつ、屍長老の涎のお世話をするのに忙しいマグじーじだったが、お昼を知らせるチャイムの音を聞いて、ハハッと激しく我に返った。
子ネコーたちは無事に着席しているし、メインはまだこれからだが、テーブルの上にはスープとサラダが用意されているのだ。
ならば、何時までも長老の涎のお世話をしているよりも、早く「いただきます」をしてしまった方がいいということに、今さらのように気がついたのだ。
子ネコーたちの会話を聞いているのが楽しすぎて、うっかりしていた。
ネコーたちはみんな着席していたが、人間たちはテーブルの脇に立ったままだった。首を回すと、まっ先にミフネの姿が見えた。ミフネは人間用テーブルの正面、キララの隣の椅子の後ろでスタンバイしている。クロウとカザンは、人間用テーブルの手前側、にゃんごろーサイドに並んでいた。
みんな、マグじーじを待ってくれているのだろう。
「すまん、すまん。それでは、ワシらも席に着くとしようかの」
マグじーじは慌てて、自分の席…………と心に決めていた席へと向かった。もちろん、にゃんごろーの隣の席だ。ここなら、横からにゃんごろーのお世話をしつつ、キララの食事風景をほぼ正面から視界におさめることが出来る。マグじーじ的に、ここが一番のベストポジションだった。
マグじーじが椅子に座ると、スタンバイしていたミフネもようやく着席した。
残るは、カザンとクロウの二人だ。
ほくほくと腰掛けるマグじーじを見つめるカザンの瞳が「やはり、そうなるか」と残念そうに翳ったが、それに気づいたのはクロウだけだった。
「ほれ、おまえたちも、早く座らんかい」
「はーい。俺は、どっちでもいいけど?」
「う…………む……」
着席を促すマグじーじに緩い返事で答えると、クロウは残りの席の選択権をカザンに譲った。本音を言えば、上司であるマグじーじよりはミフネの方が気楽だし、話も合いそうだとは思っていた。けれど、どうしてもというほどではないし、ここは隠しきれていない隠れネコー愛好家であるカザンに譲ることにしたのだ。狙っていた席をマグじーじに取られて(取られてと言うと語弊があるが)残念そうにしていた姿を目撃してしまったせいもある。
クロウとしては気をきかせたつもりだったのだが、カザンは普段クールなサムライにしては珍しく動揺を露わにしていた。
らしくないことに小声でブツブツと胸の内を零しまくっている。
「くっ。まさか、このように唐突に人生最大規模の究極の選択を迫られることになるとは……。私は、一体、どうすれば…………! マグ殿の隣に座ればキララ嬢が、ミフネ殿の隣であればにゃんごろーの姿がよく見える。くぅ、何と悩ましい……。初めてのカフェでの料理に感動するにゃんごろーも捨てがたいが、にゃんごろーとはこの先も食事を共にする機会がある。そう考えると、ここはやはりキララ嬢を優先すべきか…………。いや、だが、しかし! やはり、にゃんごろーも捨てがたい。いっそ、椅子を動かして、ふたりとも見える席に…………。いや、だがしかし! 席がいっぱいなわけでもないのに、勝手にいわゆるお誕生席なるものに移動するのは如何なものか……! 店側の迷惑になるのは、よろしくない。にゃんごろーに大人げないと呆れられてしまうかもしれん。となると、やはり、どちらかを選択せねば! くぅう! 私は今、かつてないほどの究極の選択を迫られている…………!」
「あー、カザン。決められないなら、俺が決めてもいいか?」
「な、ま、待て!」
放っておくと夕方になってしまいそうな勢いで迷い始めたサムライを見かねて、クロウは前言を翻した。サムライは慌てて「待った!」をかける。どちらの選択肢にも未練があるのだ。もう少しだけ、考えさせてほしかった。
けれど、クロウは肩をすくめて、それをいなした。
「長老さんが、もう限界なんだから、早くしないとだろ?」
「ぐっ…………。それは、確かに」
「まあ、ここで即決できるなら、それでもいいけどよ」
「………………分かった。クロウに任せよう」
「んじゃ、俺はこっちな」
ついに、カザンが折れた。
お腹がすきすぎて屍となった長老を持ち出されては、カザンも頷くしかなかった。鳴り止まないネコーたちのお腹の音も、クロウの味方をした。
ぱっと見の表情はいつも通りの冷静さを保っているのだが、サムライの瞳の奥とわずかにゆがめられた眉毛が、分かるものにだけ分かるレベルでサムライの苦悩と葛藤を表していた。それに気づいてはいたが、クロウはあっさりと捨て置いて、軽やかな足取りで狙っていた席へと向かう。ミフネの隣の席だ。
「苦渋の決断とは、こういうことを言うのだな」
「いや、あんたは何も決断してないだろう?」
「そんなことはない。クロウに決断を委ねるという決断をした」
「あっそ…………」
静かな動作で最後に残された人間用の椅子に腰を下ろしながらも、選ばれなかった可能性への未練を断ち切れずにいるサムライに、クロウは軽く肩をすくめてみせた。
ともあれ、これでようやく、「いただきます!」の用意が整った。