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第139話 おいしいスープは〇〇がじょーず!

 肉球と肉球を合わせての「いただきみゃ!」を恙なく済ませた子ネコーは、いそいそとお料理を覗き込んだ。

 いつもならば、まずはサラダから味わうところなのだが、白いカップの中で黄金色に輝く透明なスープも気になっていた。店内に広がるいい匂いの源が、このスープであることに、目敏く、鼻敏く気づいていたからだ。「きゅるきゅる」のお腹も、匂いに釣られてスープを求めているようだった。

 そうは言っても、いつもならば、迷うことなくスープは後回しにするところだった。理由は簡単。猫舌だからだ。熱々のスープを最初に選んだら、お口の中を火傷して、その後のお料理の味が分からなくなる危険がある。だから、スープはお食事の中盤以降、程よく冷めてからお口をつけるのが、にゃんごろーの定番だった。

 ならば、先にサラダを食べればいいのではと思うかもしれない。けれど、今回は事情が違うのだ。

 テーブルにスープとサラダが配膳されてから「いただきみゃ!」までに起こった“あれやこれや”せいで、少しばかり時間が経っていた。そのおかげで、カップから立ち昇っていた危険をお知らせするユラユラの湯気は、かつての勢力をすっかりと失っていたのだ。


 これならば、いけるかもしれない!


 もふもふに包まれた子ネコーの胸は高鳴った。

 まずは、カップの温度を確かめてみようと伸ばした二つのお手々がカップに触れる前に、期待は確信に変わった。

 隣から、「ズズズズ、ズビッ」とはしたない音が聞こえてきたからだ。

 見なくても分かる。

 長老が、意地汚くスープを啜る音だ。

 どうやら、スープは「飲んでよし!」の安全な温度になっているようだ。

 それは、嬉しい報告だった。嬉しい報告に間違いなかった。けれど、ワクワクと輝いていた子ネコーのお目目は、げんなりの形になった。煌めきもすっかり翳っている。

 みんなに聞くまでもなく、分かる。

 アレは、真似をしたらダメなヤツだ。

 おとなのお店でやったら、ダメなヤツだ。


(ちょーろー、おとにゃなのに、はずかしぃ…………)


 子ネコーの眉間に、むぐっとしわが寄る。

 おとな的でない長老の行いに呆れ、同じ森のネコーとして恥ずかしく思っていた。

 それから、ふと心配になった。

 お行儀の悪いネコーはおとなのお店に相応しくないと怒られて、長老共々お店の外に摘まみだされてしまうのでは?――――と心配になった。

 にゃんごろーはお耳をピンと立て、お顔は前を向いたままお目目だけをキョロリと動かして、周囲の様子を探ってみる。幸いなことに、長老のお行儀の悪さを気にしているものは見当たらなかった。同じテーブルの向かいに座っているみんなは、自分のお料理に取り組んでいて、長老のことなんて目にも耳にも入っていないようだ。お顔は前に向けたままなので、横並びになっているマグじーじとカザンの様子は分からなかったが、この二人はきっと大丈夫だろう。きっと、大目に見てくれるはずだ。

 最悪なことに、もしもこの先、長老がお店の人に怒られて放り出される事態になったとしても、にゃんごろーが道連れにされないように取り計らってくれるはずだ。にゃんごろーは、ちゃんとお行儀よくしていたと証言してくれるに違いない。

そう考えたら、安心した。

 にゃんごろーはまだ、お食事を続けることが出来る。

 安心すると同時に、にゃんごろーは誓いを新たにしていた。


(ちょーろーといっしょに、おみせをおいだしゃれないように、にゃんごろーは、ちゃんと、さいごまで、おとにゃらしくしよう…………!)


 おとならしく振舞うことを改めて誓い直し、むんっと気合を入れる。にゃんごろーは長老のことを頭から振り払い、目の前のお料理に大人らしく向かい合うことにした。

 まずは、安全の確認が取れたスープカップにお手々を伸ばす。両方のお手々で、ゆっくりと優しくカップを包み込むと、ほんのりとした温もりが伝わってきた。

 これならば、今飲んでも大丈夫そうだ。いや、むしろ。今が飲み頃かもしれない。後回しにしたら、完全に冷めてしまうことが予想される。


 スープからいくべきだ!――――と、方針は固まった。


 にゃんごろーは、キュルキュルと鳴き喚くお腹と、ドキドキと高鳴る胸の両方を宥めながら、そっと持ち上げたカップをお口へと近づける。逸る気持ちを落ち着けるために、一度小さく深呼吸をすると、慎重に一口分をお口の中へと流し込んだ。

 まさに今が飲み頃の、ちょうどいい案配の温かさだった。

 そのままゴクゴクと飲み干してしまいたい美味しさだったが、意地汚い咀嚼音が思いとどまらせてくれた。長老はスープを飲み干して、すでにサラダに取り掛かっているようだ。

 長老のことは無視して、にゃんごろーは、ひとまずカップをテーブルに戻した。

 透き通る黄金色を見下ろしながら、お口の中に残っている余韻をじっくりと楽しむ。

 感動のあまり、お目目が少し潤んでいた。


「いろのちゅいちゃ、おゆのにゃかに、いろんにゃ、おいしぃおありが、ちゅまっちぇいりゅ。かくれちぇいりゅ。ちゅまり、おいしいシュープは、かくれんびょが、おじょーじゅっちぇこちょにゃんら。にゃんごろー、だいはっきぇんしちゃっちゃきゃも」

「くっふっ。色のついたお湯って…………。かくれんぼが、大発見って……ふっ……」

「へぇえ? おいしいスープは、かくれんぼがお上手、かぁ。すてき! それは、確かに大発見かも! うぅーん、にゃんごろーは詩人さんなのねぇ。うふふ。家に帰ったら、キラリにも教えてあげようっと!」

「ああ。キラリは、こういうの、好きですよねぇ。うーん、にゃんごろー君と気が合うかもしれませんねぇ。もしかして、今のを聞いたら、キラリの方から『会ってみたい』なんて、言い出すかもしれませんねぇ」


 突然始まったにゃんごろーの食レポに、あるものは小さく吹き出し、あるものは素直に感心した。最後に聞こえた感想の中には、恥ずかしがり屋のキララの姉妹ネコー、キラリと仲良くなれそうだという嬉しい情報が混じったりもしていたのだけれど、当の子ネコーはスープの続きを味わうのに夢中で、何一つお耳に入っていないようだ。


 スープとふたりだけの世界を築き上げているにゃんごろー。


 その様子が、可愛らしくも可笑しくて。

 屍以外のみんなは、フォークを動かす手を止めて、もう片方の手を口元に当てる。

 雲を模るテーブルの上で、「クスクス」と軽やかな笑い声が楽しそうに跳ね回った。


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