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第140話 にゃんごろーとお姫様

「はふぅう…………」


 隠された美味しさを探求するべく、じっくりとスープとの対話を終えた子ネコーは、空っぽになったカップをコトリとテーブルに戻すと満足の吐息をもらした。

 視線は、綺麗に空になったカップの底に注がれている。

 お口の周りをペロペロと舐めとりながら、発見し損ねた美味しさが残っていないことをパチリと開いた両方のお目目でしっかりと確認しているのだ。

 カップの中には、もうお宝は残っていないようだった。


「ふわぁ…………。おひりゅのシュープも、しゃいこーらっちゃ…………。いろんにゃ、おいしぃが、かきゅれちぇいりゅのに、しゅきとおっちゃ、おあじがしちゃ。しょれは、きっちょ、みんにゃが、とっちぇもにゃかよしらっちゃから。いろんにゃおいしぃが、おててちょ、おててをちゅにゃいれ、にゃきゃよく、かくれんぼーを、しちぇいちゃ。おいしぃ、かくれんぼー。にゃんごろーは、おにしゃんらっちゃ。ふふ、おいしくちぇ、ちゃのしかっちゃ。おいしぃみんにゃ、にゃんごろーとあしょんれくれちぇ、ありあちょぅ。しゃいこーにょ、おもちぇにゃしらっちゃ。ありあちょー、ありあちょう」


 にゃんごろーは、空になったカップに向かってお手々とお手々を合わせて、ペコリと頭を下げた。カップの中には、いろんなお味が隠れていたのに、ケンカをしているものは、ひとりもいなかった。隠れていた“お味”たちが、手に手を取り合って、仲良くおもてなしをしてくれたおかげで生まれた美味しさのハーモニー。スッキリと透き通るように調和したそのお味に、にゃんごろーは心から感動しているようだ。

 空っぽのスープカップに心からの感謝を伝えてお辞儀をする子ネコーが可笑しくて、テーブルの上では、またしても小さな笑い声が軽やかなステップを刻み始めた。

 スープとサラダを完食済みのクロウは、テーブルの上で手を組み合わせた姿勢で俯き、震えている。必死で、腹筋に力を込めているのだ。どんな時にも、端っこマスターの修行に余念がないようだ。


 当のにゃんごろーは、みんなの注目を浴びていることには気づいていない。注目されていることに気づかないまま、感謝の儀式を終えると、にゃんごろー自身はサラダの入っている深皿へと注目した。「ふふっ」と嬉しそうな笑みを零して、両方のお手々で、ゆっくりと慎重にお皿を自分の近くへと引き寄せる。

 ハーブの入った透明なドレッシングが、照明を照り返していた。まるで、蓋のない宝箱のようだ。お野菜大好きな食いしん坊子ネコーにとっては、それは正しく宝箱だった。宝皿だった。

 うっとりとしたお顔で、宝物を見つめるにゃんごろー。

 このキラキラと輝くお宝たちは、全部にゃんごろーのものなのだ。

 危険な大冒険の末に山積みにされたお宝を発見した冒険者たちはこんな気持ちなのだろうか?――――と子ネコーが思ったかどうかは定かではない。ともあれ子ネコーは剣ではなく、用意されていたフォークをお手々に取った。握りしめるというよりは、魔法の力でピタリと肉球に張り付かせた感じだ。


「ふふ、おやしゃいは、キラキラのドレシュをきちぇ、シャラダのおひめしゃまにうみゃれかわりゅ…………。こんにちは…………しょしちぇ、いちゃらきみゃしゅ」

「ドレ…………ス?……………………あ! ドレッシングのことね! おやさいはキラキラのドレスを身にまとってサラダのお姫様に変身するってことね! ふわぁあああ! すてき! キラリにも聞かせたかったぁ! 早く、キラリにも教えたい~~~!」


 フォークを構えて、改めてサラダのお姫様にご挨拶をするにゃんごろー。

 「サラダとは、ドレスを着たお野菜である」説を初めて聞いたキララは不思議そうに首を傾げた後、「ドレスとはすなわちドレッシングのことである」と気が付き大興奮だ。雲椅子の上で、ジッダモッダと身悶えている。淑女としてあるまじき振る舞いだが、屍長老の意地汚いがっつきっぷりに比べれば、ずっとお上品だ。

 自分の発言がキララを悶絶させているとも知らず、にゃんごろーは、美しい姫の姿にうっとりと見とれていた。そのお目目は、美しく輝く赤い宝石に釘付けだった。姫の一部でありながら、姫の魅力を引き出し、より一層輝かせるための宝石のようでもある赤いお野菜。それは、よく知っているはずなのに、初めて見るお野菜でもあった。

 その瑞々しく滴るような美しさをしっかりとお目目と心に焼き付けてから、にゃんごろーは、いざフォークを構えた。

 これから、姫とにゃんごろー、ふたりきりの時間が始まるのだ。

 このまま、姫とハッピーエンドを迎えるのだと、にゃんごろーは信じて疑わなかった。


 しかし、幸せな幻想は、脆く儚く崩れ去った。

 雲テーブルの上に、ふたりの逢瀬を邪魔する者が現れたのだ。


 姫とにゃんごろー。

 ふたりきりの神聖な時間を邪魔する雲上の簒奪者は、白くてもふぁもふぁな毛皮を、その身に纏っていた。



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