ご機嫌で粉チーズ雪山を作成するクロウを、にゃんごろーはハラハラと見つめていた。とても落ち着かないお顔だ。両方のお手々を、あわあわと前に出したり後ろに引っ込めたりと忙しそうでもある。
にゃんごろーは、思い切ってクロウに声をかけることにした。
「ク、クリョー!」
「んんー?」
クロウは鼻歌交じりに返事をしつつも、にゃんごろーに視線を向けることはなかった。ただひたらすらに、これから登頂すべき雪山を見つめている。とてもお豆腐みの溢れる視線だ。
にゃんごろーは、より一層心配になって、前に突き出したお手々を、わやわやと左右に揺らした。
「にゃ、にゃんごろーのぶんも、のこしちぇおいちぇね……?」
「…………ん? んん?…………う、く、くふっ。な、何の心配だよっ……。ま、まだ、残ってるって……っ。それに、終わったら、終わったで、店の人に頼んで、またもらってやる……から、安心しろっ……ふっふふ……お、おとーふ……ふふ……くふっ」
「はわ!? しょ、しょか。おわっちゃら、ちゃのめば、まちゃ、もりゃえりゅんら。しょれなら、あんしんらね!」
クロウに粉チーズを全部食べられてしまうのではないかと心配していたにゃんごろーは、頼めばおかわりをもらえると聞いて安心の笑顔になった。
にゃんごろーの相手をしてやる間も、クロウの視線は山盛りニャポリタンに固定されていた。お豆腐先生に端っこマスター心を刺激され、鼻歌の方は止まっている。笑いを堪えるのに必死で、鼻歌どころではなくなってしまったからだ。その鼻歌を吹き飛ばした“笑い”も、フォークを手に雪山登頂を開始すると同時に彼方へと吹き飛んで行った。
クロウの目に映るのは、ニャポリタン山だけ。
意識のすべてが、ニャポリタン山に奪われているのだ。
ニャポリタン山はクロウのものであり、クロウはニャポリタン山のものだった。
わくわくとフォークにニャポリタンを絡めていくクロウにチラリと目をやって、カザンがポツリと漏らした。
「ふむ。お豆腐先生とお豆腐助手というわけか」
「……………………へ?」
絡めとったニャポリタンを嬉々とした顔で口元へ運ぼうとしていたクロウの手が止まった。なかなかにボリューミーな巻き付け加減だ。お迎え準備万端だった大口を半閉じにして、クロウは目をパチパチさせながら、「どういうことだ?」とカザンへ視線を投げる。
聞き捨てならないセリフが聞こえた気がしたからだ。
ここで現実に立ち返ってしまうところがお豆腐“助手”なのだなとカザンが考えている内に、キラキラ組からの追撃が入った。
「ふふ。たしかに、その通りね! ニャポリタンをフォークに巻き巻きしている時の顔、にゃんごろーにそっくりだったものね! 粉チーズをかけている時も、にゃんごろーとお話ししながらも、じっとニャポリタンを見ていて、にゃんごろーの方は一度も見なかったし!」
「にゃんごろー君には負けますが、立派なお豆腐ぶりでしたねぇ。なるほど、先生と助手とは、どういうことなのかと思いましたが。お豆腐の先生と助手だったんですねぇ」
キラキラ組のふたりに悪意はなく、ただ単に感想を述べただけだったが、クロウにとって、それは紛れもなく追い打ちだった。いや、キララの方は間違いなく悪意なき感想だったが、ミフネには若干の茶目っ気が含まれていたかもしれない。声が笑っていた。
クロウは、フォークにたっぷりと巻き巻きしたニャポリタンをわなわなと震わせながら、お豆腐な反論をした。
「なっ…………うっ、しっ……かたないだろ……っ。腹減ってんだからっ」
「あら? 気を悪くしている? 何か、マズイことを言ったかしら?」
「ふむ。きっと、助手扱いされたことが気に入らないのでは?」
「そういうことね!…………うーんでも、お豆腐ぶりにかけては、やっぱりにゃんごろーの方が上じゃないかしら?」
「い、いやいや? お豆腐の先生になりたいわけじゃなくてだな?」
「あら、そうなの?」
「そうなの!」
本日は、長老のいたずらの弟子にされかけたり、にゃんごろーのお豆腐助手になったりと散々なクロウは、話はこれでおしまいとばかりに、大口を開けてニャポリタンに食らいついた。けれど、閉じた口からフォークを引き抜いた時には、不貞腐れた顔はご機嫌な顔に早変わりしていた。
森のネコーたちに負けない、見事なお豆腐ぶりだ。
キララは、思わず吹き出してしまった。体を丸めて、大笑いすることは何とか堪えている。
「んっふっふっ……」
隣に座っているキララが、声を押し殺して三毛柄のもふ毛をふるふる、ふるふると震わせているのに、クロウは目にも耳にも入っていない様子でニャポリタンを味わい、スープとサラダでは治まらない空腹の胃袋にニャポリタンを送り込むことに集中している。
なかなかに腕白なお豆腐ぶりだった。
だが、お豆腐にかけては、にゃんごろーだって負けてはいない。
「ほぅほぅ、にゃるほろ。しょーやっちぇ、ちゃべりゅのか……」
にゃんごろーは真剣なお顔で、一口目を味わいながらも次の一口をフォークに巻き付けている助手の様子を観察していた。話の内容よりも、初めての食べ物の食べ方を学習することに集中しているのだ。おそらく、話の内容は全く耳に入っていないはずだ。当然、目の前のキララが端っこマスターに弟子入りしかけていることにも気づいていない。
お豆腐先生に認定された件は、ばっちりと聞き逃しているのに、見事なお豆腐先生ぶりを見せつける。
流石のお豆腐子ネコーなのだった。