ニャポリタンのお皿を手前に引き寄せ、ズズイと身を乗り出して。
にゃんごろーは、真上から小さなニャポリタン山を見下ろしていた。
片手の肉球には、しっかりとフォークが吸い付いている。指が短くてフォークを握れないため、魔法の力を使って、小さなお手々に張り付かせているのだ。
溢れて止まらない涎を飲み込み続けながら、にゃんごろーは考えを巡らせていた。
クロウの腕白な食事ぶりを観察することで、どうやって食べればいいのかは分かった。
問題は、その方法だった。
クロウは人間だから、器用にフォークを操って、赤オレンジ色の麺をフォークに絡めていた。けれど、子ネコーのにゃんごろーには、同じことは出来そうにない。
あんな風に上手にフォークを操ることは出来そうにない。
ならば、どうすればいいのか?
答えは簡単だ。
ネコーは、魔法生物だ。
お手々が駄目なら、魔法を使えばいい。
――――と、ここまでは。
子ネコーにだって、考えるまでもなく分かることだった。子ネコーだからこそ、考えなくても分かることだった。
本当に本当の問題は、ここからだ。
どういう風に魔法を使えば、上手にニャポリタンを食べられるのか?
それを、考えなくてはならない。
いつもならば、長老を盗み見て、長老の魔法を真似することで、この問題を解決しているところだ。けれど、今回は、それをするつもりはなかった。
なぜならば、長老がいる右隣のテーブルからは「ズルズルッ、スバッ、フゴッ!?」とはしたない音が聞こえてくるからだ。
あれは、絶対に真似をしてはいけないヤツだと、子ネコー心にも分かる。
おとなとしての品位が、まるで感じられない。
にゃんごろーは、「あれは知らないネコー!」という魔法を自らにかけ、白い長毛ネコーの存在を感覚から遮断することに成功した。
何時も頼りになる長老が頼りにならないことを、残念に思ったり、寂しく思ったりはしなかった。
むしろ、高揚していた。
『上手にニャポリタンを食べる魔法を、自分で考えるのだ!
長老に頼らず、自分の力で何とかするのだ!』
――――それは、とてもワクワクする考えだった。
やる気が全身にみなぎって、もふ毛がぶわぶわと逆立った。
湧き上がる熱意が炎となって、柔らかいもふ毛を煽るのだ。
にゃんごろーが生み出した炎に、にゃんごろーが包まれているような。
にゃんごろーが炎そのものになってしまったような。
それは、不思議な感覚だった。
にゃんごろーのすべてが解放されていくような、不思議な爽快感。
とても、いい気分だ。
目の前には、ニャポリタンだけがあった。
にゃんごろーの世界に、ニャポリタンだけが存在している。
キララのことも、今は忘れていた。
クロウのお食事を観察していた時。
キララが、クロウの腕白お豆腐ぶりに笑いを堪えていたりせず、すでにお食事に取り掛かっていたら、キララのお食事風景を参考にしたかもしれない。
キララのお食事風景がチラリとでも視界に入ったら、お姉さん子ネコーであるキララの食べ方を真似っ子したかもしれない。
でも、その時。
キララは、笑いの伝道師である端っこマスターに弟子入りしかけていてお食事どころではなかったし、にゃんごろーの視線は、クロウの腕白お食事風景から流れるように自分のニャポリタンへ引き寄せられてしまったのだ。
ニャポリタンを見つめたまま。
にゃんごろーは、ペロリとお口の周りを嘗めた。
方針が、固まったのだ。
フォークを構えはしたものの、思い浮かんだことを、すぐさま実行したりはしなかった。
まずは、イメージトレーニングから、だ。
勇んで魔法を使って、せっかくのお料理がお皿を飛び出してしまったら、目も当てられない。お行儀が悪いと怒られて、長老共々お店の外に摘まみだされてしまうかもしれない。
そんな事態は、何としても避けなくてはならなかった。
そのためにも、まずはイメトレだ。
思い描いた通りに魔法が使えるかどうか、頭の中で、何回も練習をしてみる。
何度も練習を繰り返して、
『よし、イケる!』
――――そう確信出来て、初めて。
にゃんごろーは、フォークの先をニャポリタン山へ差し入れた。
乱暴に突撃!――――なんて。もちろん、しない。
あくまで優しく、紳士的に。
そっと、優しく、フォークを差し入れた。