ニャポリタンの小山にそっとフォークを差し込んで、にゃんごろーはもう片方のお手々を小山の上でワキワキと蠢かせた。
すると、だらーんとお皿の上で寝そべっていたニャポリタンは、フォークへの求愛活動を始め出す。もう二度と離さないとばかりに、みんなそろってギュギュっとフォークを抱きしめたのだ。
笑み崩れながら、にゃんごろーはフォークを持ち上げようとした。が、うまくいかない。片手で持ち上げるには、少々重かったのだ。それもそのはず。フォークの先には、巨大なニャポリタンボールが形成されていた。お皿の上のニャポリタンを、全部ボールにしてしまったのだ。
にゃんごろーは、「ふん!」と気合を入れて持ち上げようとしたけれど、お手々がプルプルするばかりで、ちっとも持ち上がらない。そこで、にゃんごろーは魔法の力を使うことにした。空いている方のお手々をボールの上に翳し、ウゴウゴさせながらフォークを持ち上げる。すると、今度は、無事に離陸できた。
にゃんごろーは、「にゃふっ」と笑って、そのままお口に運び込もうとした。けれど、そこで「待った!」がかけられた。
「なあ、ちびネコー。それは、おまえの口にちゃんと入るのか?」
「ほぇ?」
「待った!」の主はクロウだった。クロウは、ボリューミーに巻き巻きしたニャポリタンを空中で待機させたまま、呆れた顔でにゃんごろーを見ていた。
にゃんごろーは、クロウが呆れていることには気がつかなかった。クロウに呼ばれて、クロウの方にお顔を向けたけれど、そのお目目はクロウの顔を見ていなかった。クロウの呆れ顔よりも先に、クロウの巻き巻きが目に入ってしまったからだ。
クロウのボリューミーな巻き巻きと、にゃんごろーの巻き巻きを超越したグルグル巻きボールを見比べる。
にゃんごろーの方が、大きい。
にゃんごろーは「むふり」と笑いながら、優越感に浸る。
けれど、子ネコーのいい気分は、長くは続かなかった。
「ちびネコー、キララを見てみろ」
「にゃ?」
「あれが、お上品なおとなの食べ方ってヤツだ」
「は!? おじょーひんにゃ、おちょにゃの、たべかちゃ……」
クロウに促されて、正面のキララにお目目を向ける。
おとなの食べ方などと言われてしまっては、無視するわけにはいかない。
突然名前を呼ばれて、キララは少し驚いたお顔をしたけれど、すぐにお姉さんらしく余裕の笑顔になった。
見られていることを意識しながら、キララは魔法を使って、フォークの先にニャポリタンを巻き付けていく。上品で控えめな量だ。巻き終えると、キララは、なるべく優雅に見えるように、ゆっくりとフォークを口元へ近づけていった。淑女的に、はしたなく見えないギリギリのラインの大きさにお口を開き、ハクリと中に招き入れる。それから、フォークがスッと抜き取られた。
にゃんごろーは、キララの優雅で洗練としたフォークさばきに感銘を受け、「ほう」と息をもらした。
優越感は、どこかへ吹き飛んでいた。
フォークの先のニャポリタンボールが、途端に子ネコーじみて見えてきた。
そこへ、クロウが更なる追い打ちをかけてくる。
「で、次に長老さんを見てみろよ?」
「……………………」
クロウはそれ以上何も言わなかったけれど、にゃんごろーには分かった。
次は、悪い方のお手本を見せられるのだと。
にゃんごろーは、無言でお顔を長老の方へクリンと向ける。
お顔も心も、一瞬で煤けた。
それは、実にひどい有様だった。
長くて白い毛並みに、夕日が映えていた。
もちろん、本物の夕日のお話ではない。
長老は、お顔もお胸も、ニャポリタン色に染め上げて、夕日に照らされたネコーのようになっていたのだ。
長老も、ニャポリタンボールを作っていた。にゃんごろーのほど大きくはない。でも、クロウの巻き巻きよりも、ずっと大きい。長老のお口にパクリ、スッとならないことは、見ただけで分かる。その、どうやってもお口には入らないであろうボールに、長老は果敢に食らいついていた。お皿にオレンジ色の切れ端が、ポロポロと零れ落ちていく。
子ネコーを通り越して、体が大きな赤ちゃんネコーのような有様だった。
「モガモガッ、フゴッ……!」
「じゃから、もっとゆっくり食べんかい! ニャポリタンは逃げたりせんわい!」
お口の中に無理やり詰め込み過ぎて喉を詰まらせる長老。マグじーじは、その背中を叩いてやったり撫でてやったりと忙しい。
にゃんごろーは、無言のままお顔を元に戻した。
マグじーじには申し訳ないけれど、自分で言った通り長老の扱いには慣れているようだし、ここはお任せしよう、と思った。
「クリョー、おしえてくれちぇ、ありあちょー」
「おー」
にゃんごろーは、神妙なお顔でクロウにお礼を言った。
クロウが止めてくれたなかったら、にゃんごろーは長老のようなみっともない姿を晒してしまうところだったのだ。
クロウは気のない返事と共に、ボリューミーな巻き巻きを口へ運んだ。ボリューミーな巻き巻きは、クロウの口の中にスッと消えていった。
とてもボリューミーな巻き巻きだけれど、それはちゃんとクロウの口の中に納まる大きさの巻き巻きだったのだ。
にゃんごろーは、そっとフォークを降ろした。ボールはお皿の上でくたっと横になり、緩やかな小山へと戻る。
小山を見つめながら、にゃんごろーは「ふうむ」と唸った。
どうやら、新しい作戦が必要なようだ。