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第158話 おとうふの会

「ひっ、ひっ、ひっ…………。し、知ってるか、ちびネコー?」

「にゃ?」


 クロウもまた、震えていた。こちらは感動に震えているのではなく、笑いを堪えているせいだった。

 酷使しまくりの腹筋にさらなる負荷をかけながらクロウが呼びかけると、にゃんごろーは陶然としたお顔をクロウへ向けた。


「んん、ニャポリタンは、な? 昔、どこかのネコーが一口食べて、あまりの美味しさに感動して『にゃー』と一声鳴いたから…………ん、んんっ、ニャポリタンって名前になったって、言われてるん、だぜ?」

「ふぇ? ほ、ほんちょ? ほ、ほほぅ、にゃりゅほろ。ちゃしかに、こネコーも『にゃー』となく、おいししゃらっちゃ」

「ニャポリタンという名前のネコーが生み出した料理だから、という説もありますよね?」

「ほ、ほほほぅ? ニャポちゃんのおりょうりだから、ニャポちゃん?」


 にゃんごろーの『にゃー』を聞いたクロウが、笑いを堪えつつニャポリタンの名前の由来知識を披露すると、にゃんごろーは見事に食らいついた。お豆腐子ネコーとして、食べるだけではなく、お料理に関する知識にも関心があるのだ。

 「なるほど」と納得しながら、二口目の巻き巻きへ取り掛かろうとしたら、ミフネも話に加わってきた。にゃんごろーは、フォークと魔法を操るお手々を止めて、今度はミフネにお顔を向ける。興味津々のお耳が、ピーンと立ち上がった。

 ニャポリタンは、すっかりニャポちゃんになってしまっているが、誰もそこには突っ込まなかった。むしろ、カザンは受け入れて、どちらの説がいいかを真剣に考え始めている。


「うむ。『にゃー』と鳴いた説に、『ニャポちゃん』説か。甲乙つけがたいな」

「子ネコーも『にゃー』と鳴く美味しさだから説も、加えましょう!」

「なぬ!? では、私は子ネコーが『にゃー』説に一票を投じよう!」

「カザンが、表面的にはクールさを保ちつつも暑苦しい……。勝手に投票、始めてるし……」

「あら、いいじゃない! みんなで投票し合うのも、おもしろそう!」

「いや、投票して、どうするんだよ?」

「お豆腐の会として、推し説を決めるというのはどうでしょう?」

「いいわね!」

「素晴らしいアイデアだな」

「えぇ…………」


 キララが参戦して新説を打ち出し、ミフネが悪ノリして、いつの間にやら“お豆腐の会”なるものが発足し、会としての推し説を投票により決める流れになってしまった。

 どこかで覚えのある展開に、クロウは一人、顔を引きつらせた。迂闊にニャポリタンの語源についての話題を振ったことを、深く深ーく後悔していた。

 推し説を決めるのは構わないし、お豆腐の会結成も別に構わない。だが、なし崩し的に会員にされるのだけは、なんとしても回避したいところだ。なんとか話の流れを変えられないかと思案していたら、最有力会長候補であるにゃんごろーが、無邪気かつ見事に話をぶった切ってくれた。

 とりあえず、投票の流れだけは、ぶった切ってくれた。


「うみゅ、ちゅまり。ニャポちゃんとゆー、おにゃまえのこネコーが、じぶんれちゅくっちゃおりょうりが、あみゃりにもおいししゅぎて、『にゃー』ちょにゃいちゃから、ニャポちゃん! しょーゆーこちょか!」


 お豆腐子ネコーは、お豆腐の会も投票もそっちのけで、ニャポリタン誕生説が三つもあるのはどういうことなのかと真剣に考え続けた結果、自分なりの答えに到達したようだ。

 きっとこうに違いないという揺るぎない自信と共に自説を披露すると、キラキラ組はさらに盛り上がり、子ネコー親衛隊員は深く感銘を受けたようだ。


「な、なるほど! ニャポちゃんっていう子ネコーが!」

「自分で作った料理を食べて、あまりの美味しさに『にゃー』と鳴いたから!」

「この世に、“ニャポちゃん”が生まれたというわけか。さすが、にゃんごろー。お豆腐の会の会長として、見事な考察だった」

「これが、お豆腐の会の推し説で決まりね!」

「会長が、にゃんごろー君で、副会長はクロウ君ですね」

「え? いや、それは、ちょっと、謹んで、辞退いたし、たく……?」


 にゃんごろーの新説は、クロウ・ミフネ・キララの三つの説を一つにまとめたものだった。いいとこどり(?)というヤツだ。にゃんごろーの合体新説は、見事お豆腐の会の推し説に選ばれた。にゃんごろー本ネコーも、ごく自然な流れで、ほぼ満場一致でお豆腐の会・会長に就任。そして、クロウは巻き込まれ会員どころか副会長にされてしまった。

 慌ててご辞退申し上げるクロウだったが、今日が初対面のキララとミフネの手前、少々控えめな自己主張になってしまう。

 そのせいなのか、運命なのか。


「いえいえ! お豆腐ぶりにかけては、わたしたちは、まだまだですから!」

「うむ。お豆腐ぶりにかけては、ふたりの足元にも及ばないな。早く、ふたりに追いつけるよう、精進するとしよう」

「ふふふ。では、決定ですね」

「え? いや、だから…………」


 クロウの控えめな意見は軽く流され、予定調和的にお豆腐の会・会長と副会長が正式に決定してしまった。


「うーん。本来なら、ここで会長と副会長就任の挨拶などいただきたいところですが……」

「うむ。それより我らも、会員としてお豆腐修行に励むべきのようだな」

「そうね! そうしましょー!」


 副会長になることを了承したわけでもないのに、ミフネが恐ろしいことを言い出した。クロウは顔を引きつらせ、青褪める。

 クロウの窮地を救ったのは、にゃんごろーお豆腐会長だった。

 自説を導き出せたことに満足したお豆腐会長は、お豆腐会発足なんてそっちのけで、二口目の巻き巻きに取り掛かり、ニャポちゃんとふたりきりの世界に完全集中してしまっていたのだ。

 お豆腐会長として、みんなのお手本となるべくお豆腐的模範行動を披露したにゃんごろーを見習うべく、会員たちはお豆腐修行に励みだした。


「……………………」


 クロウは無言で会員たちの修行ぶりを見回した。最後に、嬉々としてお豆腐活動に取り組む会長を見て、やるせないため息を一つ落とす。

 助かったけれど、助かっていなかった。

 副会長就任の挨拶は回避できたけれど、副会長就任そのものからは逃げられなかった。

 クロウは、もう一つ、ため息をついた。諦めのため息だ。

 やるせなさを忘れるべく、クロウはニャポリタンの続きに取り組むことにした。

 その目論見通り。

 たっぷりと巻き巻きしたフォークをお口に入れたら、嫌なことはすべて、シュワっと爽やかに消えていった。

 文句なしのお豆腐副会長ぶりだった。

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