目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第160話 子ネコーたちの忘れ物

 真っ先に食べ終わったのは、クロウだった。大盛りをものともしない、わんぱくな食べっぷりだった。

 フライングした長老は、まだ食べている途中だった。皿の残り具合は、終盤の一歩手前といったところだ。腹ペコの野獣が命じるままにお行儀悪くお口に詰め込んでは喉を詰まらせていたせいで、食べるのに時間がかかっているのだ。ニャポリタンの前に、サラダを二皿食べていたこともあって、腹の方も満ちてきたのだろう。腹ペコな野獣味は消え失せていた。白いもふぁ毛を夕日色に染めてはいるものの、今は比較的大人しくお食事を続けている。おかげで、野獣長老のお世話に大忙しだったマグじーじも、ようやく自分のニャポリタンに取り掛かることが出来ていた。

 マイペースにお食事を続けていたミフネは、終盤に差し掛かっていた。長老よりも数歩リードしている。

 子ネコーたちと、その後を追うように食べ始めたカザンは、半分ほど食べ進めたところだった。

 食後のまったりモードに移行して、何とはなしにテーブルの進行具合を見回してから、クロウはお豆腐会長の様子を見守ることにした。


「にゃふふっ♪ ウイーンニャッ♪ んー♪♪♪」


 お豆腐会長にゃんごろーは、歌うように笑いながら、大口でウインナーに齧りついていた。フォークを持っていない方のお手々をシュッシュッシュッと上下に揺すりながら、全身で美味しい喜びを表現している。

 柔らかいもふ毛先の一本一本から、音符が飛び出してくる様を思い浮かべて、クロウはフッと笑った。笑った拍子に目線が下がり、テーブルの上のあるものが目に入った。

 粉チーズのツボだ。ツボは、テーブルの中央で所在なさげに佇んでいた。

 クロウは、テーブルに肘をついて背中を丸め、ぼんやりとツボを見つめた。見つめている内に、何かがフッと頭を過った。その尻尾を逃してはいけない気がして、追いかける。幸い、あっさりと捕まえることが出来た。尻尾の先にあったのは、ニャポリタンを食べる前に交わされていた粉チーズを巡る子ネコーたちの会話だった。

 まったりモードに浸っていたクロウは、ハッとした顔でガバリと身を起こし、シャキンと背筋を伸ばした。

 お豆腐副会長として、とても、とても重大なことに気づいてしまったからだ。


「お、おい! おまえら、粉チーズは使わなくていいのか……!?」

「…………ふぇ?…………はぁっ!? しょ、しょーらっちゃ! ちゃ、ちゃいへん、ちゃいへん! ろーしよお!?」

「あら? そう言えば……?」


 クロウが自分のニャポリタン山に大量の粉チーズ雪を降らせた後、粉チーズのツボは誰にも使われることなく、テーブルの真ん中に放置されていた。

 子ネコーたちは、まずはニャポリタンそのもののお味を味わって、それから粉チーズをかけてみるつもりで、すっからかんと忘れ去っていたのだ。

 にゃんごろーは、初めて食べるニャポリタンに夢中になるあまりのことで、キララの方はお豆腐話に花を咲かせ過ぎたせいのようだ。


「いけない、いけない。お豆腐修行をがんばろうとして、粉チーズを忘れるなんて。えぇっと、こういうのを、お粉が、転ぶ…………?」

「それは、粉末転倒。正しくは、本末転倒だな」

「あ、そうそう、それ! うぅん、まだまだ、お豆腐として駆け出しってことよね! 反省! あ、にゃんごろー。先に使っていいわよ?」


 粉チーズ未使用問題を指摘され、これは大変とパニックになりかけたにゃんごろーだったが、キララの方は落ち着いていた。クロウ副会頭の補助を受けつつ、お豆腐会員としての至らなさを反省したのち、にゃんごろーに粉チーズを先に使う権利を譲る。お姉さんらしく、実にスマートな振る舞いだった。

 おかげで、にゃんごろーも落ち着きを取り戻せた。粉チーズを使わないまま半分も食べてしまったことにショックを受けていたのだけれど、まだ半分残っていると気持ちを切り替えることが出来た。

 粉チーズがアリとナシを、半分ずつ味わうことが出来るのだと考え方を変えてみれば、大騒ぎしていたお豆腐心も静かになった。


「にゃ、う、ううん。キ、キラリャが、しゃきにちゅかっちぇ!」

「あら、そーお?」

「う、うん! かけるりょーを、れんきょーしゅる!」

「れんきょー……? あ、勉強か! ふふ、なるほど。そういうことなら、お先に使わせてもらうわね」

「ん!」


 せっかく譲ってもらった粉チーズの先行使用権だったけれど、にゃんごろーはキララに譲り返した。レディーファーストに目覚めたわけではなく、お豆腐心溢れる理由からだった。

 にゃんごろーが遠慮しているのではと小首を傾げたキララだったけれど、譲渡の理由がお豆腐なものだと分かると、遠慮なく粉チーズのツボにお手々を伸ばした。

 キララが粉チーズの雪を降らせる様を、にゃんごろーは真剣なお顔でじっと観察した。雪深い粉チーズ山を生み出したクロウに比べると、土台となるニャポリタンの量が違うことを差し引いても、控えめな降雪量だった。


「ふむぅ。こにゃチージュのりょーも、しょれにょれ、にゃのか」

「しょれにょれ……? あ、それぞれ、ね! ふふ、そうね。んー、でも。わたしのは、普通くらいだと思うわよ? クロウさんは、ちょっとかけすぎじゃない?」

「それぞれだろー? 俺は、いっぱいかけた方が、好きなんだよ」

「ああー。クリョーは、くいしんぼーりゃからー……」

「食いしん坊じゃねえ! お豆腐だ!…………じゃない! それも違う! えーと、だから、好みの違いだ!」

「はいはい。さ、お待たせ、にゃんごろー。どーぞ、使って?」

「わーい! ありあちょー!」


 不慮の事故で流れ弾を食らったクロウが、パンとテーブルを叩きながら墓穴を掘りつつ反論したが、キララに軽く流された。

 うぐッと声を詰まらせるクロウを余所に、粉チーズの譲渡は無事に完了した。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?