ようやく、にゃんごろーの順番が回ってきた。
粉チーズの順番だ。
粉チーズが入った白いツボの引き渡しは、会話上はスムーズだったが、実際にはうまくいかなかった。子ネコー同士の短いお手々では、全然、まったく、届かなかったからだ。
お互いに身を乗り出して、お手々をわちゃわちゃしていたら、クロウが笑いながら仲介役を引き受けてくれた。
こうして、粉チーズの入った白いツボは、無事にゃんごろーの手元へとお届けされた。
両手でツボを受け取ったにゃんごろーは、それをニャポリタンのお皿の隣に置いた。利き手である、右側だ。「にゃふり」と笑って、お口の周りをペロリと一舐めすると、利き手で蓋を持ち上げて、脇へ置く。ツボの右脇だ。
お皿・ツボ・蓋と、右へ右へとズラリと並んだ。
並んでいる様子を見ているだけで楽しくなってくる。
にゃんごろーは、ワクワクとツボの中を覗き込み、「にゃぷっ」と反対の手で鼻を押さえ、のけ反った。
少々癖のある香りが、「ぷわん」とお鼻に届いて、びっくりしてしまったのだ。
「ろ、ろくちょくにゃ、においがしゅるねぇ。はじめちぇの、におい……。うみゅぅ、びっくりしちゃ」
「あー、チーズはいろいろと種類があるからなー。匂いがキツイやつを初めて食べる時はドキドキするよなー。慣れると美味いんだけど」
「ほぅほぅ。チールには、いりょいりょにゃ、しゅるいが、あるんら」
「そ。その粉チーズは、そこまで匂いがキツイ方じゃないけどなー。ま、気になるようなら、お試しで端っこの方にちょっとだけかけて、味を確かめてみれば? で、ダメなようなら、残りはそのまま食べればいいし。大丈夫そうなら、少しずつ量を増やしてみればいいだろ?」
「は! しょれは、ちゃしかに。しゃすが、にゃんごろーのじょしゅ! うんうん! しゅこしじゅちゅ、にゃらしちぇいけば、しょのうち、おいしくにゃっちぇくりゅよね! しょれれは、いじゃ!」
チーズ歴の浅いにゃんごろーは、初めて嗅ぐ粉チーズの匂いにびっくりして怯んでしまったけれど、そのまま退くつもりはないようだ。「慣れると美味しい」などと聞いてしまっては、お豆腐子ネコーとして退くわけにはいかないからだ。
キララに粉チーズの先行使用権を譲って、大正解だったのかもしれない。おかげで、ニャポリタンと粉チーズが、最も仲良くなれる粉チーズ量を探し出すとういう心躍る難問に、じっくりと取り組むことが出来る。美味しさを見つけるまで進み続ける覚悟で、にゃんごろーは、初めての粉チーズに果敢に挑んだ。
果敢にという割には控えめな量ではあるが、備え付けの匙で粉チーズを掬い上げると、クロウに言われた通り、ニャポリタンの端っこの方にパラリと散らす。
にゃんごろーは、薄っすらと雪化粧をした山裾にフォークを入れると、軽くかき混ぜた。それから、粉チーズの混ざったニャポリタンをクルクルと巻き付けていく。
期待と不安が入り混じったドキドキのお顔で、にゃんごろーは「あーん」とお口を開いた。そのまま、粉チーズと手を取り合い、新たに生まれ変わったニャポリタンを迎え入れる。
「んー……? んんー。やっぴゃり、ろくちょく……。れも、もうひちょくち……」
子ネコーの粉チーズ初体験を見届けようと、長老以外のみんなの視線がにゃんごろーに集中するが、にゃんごろーはどこまでもマイペースだった。
匂いに独特さを感じつつも、お味の方は問題なかったのか、首を捻りつつも二口目にチャレンジしている。今度は、さっきよりも粉チーズを多めにした。お手々が滑って、思っていたよりも粉チーズの量が多くなって「ふぉっ!?」ともふ毛を揺らせて動揺したけれど、すぐに立ち直った。これも挑戦と、にゃんごろーは躊躇わずに二口目に挑んだ。
「むっ……! おおしゅぎりゅのは、よくにゃいねぇ。こにゃチーリュが、ひちょりで、えらしょーににゃっちぇりゅ……。うん、うん……キラリャのいうちょーり、クリョーは、かけしゅぎ……」
「別に、いーだろー? 粉チーズの味が濃い方が好きなんだよ。てゆーか、かけすぎると、粉チーズがひとりで偉そうになるって、おまえの表現の方が独特じゃね?」
不慮の事故による果敢な挑戦の結果、にゃんごろーは、粉チーズをかけすぎると自己主張が強すぎてニャポリタン本来のお味が損なわれてしまう…………という一つの真理に到達し、それをにゃんごろー語で述べた後、クロウはかけすぎだと指摘した。クロウはすぐさま反論して反撃したが、お豆腐会長はサッパリ聞いていなかった。
一口目と二口目の経験を踏まえて、粉チーズふりかけ量の最適解を導き出すことに全神経を集中しているからだ。
カッチコッチと子ネコーメトロノーム運動を繰り返した後、にゃんごろーのお豆腐頭脳は、答えを導きだした。
振り子運動を止めた子ネコーは「むふん」と自信大ありのお顔で、匙で粉チーズを掬い上げると、躊躇いのない仕草で半分残ったニャポリタン山の上に、満遍なく振りかけていった。全部振りかけた後、「ふむ?」と首を傾げ、ほんの少しだけ使いの雪を降らせる。
導いた答えに、よほど自信があるのだろう。
不慮の事故をものともせず、果敢に挑戦したことで、一つの結果を導き出せた。それによって、自身と度胸がついたのかもしれない。
意外と慎重なにゃんごろーにしては、大胆な冬将軍ぶりだった。