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第163話 おとうふ子ネコー、粉チーズを語る(後編)

「ちょーどいいりょーの、こにゃチールは、みんにゃを、もっちょもっちょ、なきゃよしにしちぇくれりゅ」


 にゃんごろーは、ちょうどいい量の粉チーズが程よく混ざったニャポリタンを見下ろして、「ふむ」と頷いた。

 誰かに語りかけているわけではなく、自分なりのお豆腐考察が、うっかりお口から零れ出てしまっているだけのようだ。


「お豆腐会長の演説兼粉チーズの布教かと思ったけど。段々、お豆腐博士のひとりごとみたいになってきたな」

「んっふっふっ…………」

「クロウ君は、うまいことを言いますねぇ。さすが、お豆腐副会長にしてお豆腐助手ですねぇ」

「ふむ。クロウはお豆腐博士の助手というわけか。助手として、しっかり励んでいるようだな」

「……………………」


 うっかり漏らした一言を、望まない方向に拾われて、嬉しくないまとめ方をされたクロウは「余計なことを言うのは止めよう」と、無言で“無言の誓い”を立てた。

 一方、にゃんごろー会長は、みんなの話は聞いていないようで、「ふむ、ふむ」とひとりで頷いている。それから、自説をもう一度確認するべく、巻き巻きをもう一口味わい、「にぱぁッ」と笑み崩れてから、キリとお顔を整え、今度は深く力強く頷いた。


「うみゅ、やはり。よしょいきの、にゃかよしから、かりょくのようにゃ、にゃきゃよしに、にゃっちぇいりゅ! いちゅも、いっしょにいりゅ、おちゃがいのこちょを、ちゃんちょわかっちぇいりゅ、しょんにゃ、にゃかよし!」

「ん、んん? 余所行きの仲良しから、火力……? んー?…………あ! かりょくって、家族のことか! あー、いつも一緒にいる家族みたいに仲良しだから、お互いのことをよく分かり合っている、と」


 クロウの無言の誓いは、あっさりと破られた。にゃんごろー語を聞いていると、ついつい翻訳したくなってしまうようだ。やはり、クロウにもお豆腐の素質があるのだろう。無自覚の内に芽生えてしまったお豆腐助手魂を抑えることが出来ないようだ。

他の面々は、「なるほど、そういうことか」と頷きながら、にゃんごろーのひとりごととクロウの解説に耳を澄ませていた。

 にゃんごろーは、もふもふウゴウゴとお手々を動かしながら、誰にともなく自説を披露していく。粉チーズを混ぜ混ぜしたニャポリタンに、「こういうことだよね?」と語りかけているようでもあった。


「こにゃチールが、にゃかまにはいっちゃことで、よしょいきらったニャポちゃんのみんにゃは、おててをちゅないだ。こにゃチーリュでぇー……とけちゃ!」

「粉チーズが仲間に入ったことで、余所余所しかったニャポリタンの具材立ちは手を繋いだ…………んー、味の一体感が増した? 粉チーズが解けた……っていうのは、どういう…………あ! 粉チーズのおかげで打ち解けたってことか?」

「わぁ。分かりやすーい」

「お見事ですねぇ」

「うむ。昨日、出会ったばかりとは思えない、素晴らしい息の合い方だ」


 外野たちは、邪魔をしないように小声で感想を言い合った。クロウは、それを聞き流した。若干気になる意見が含まれていたが、翻訳するのが楽しくなってきてしまったのだ。

 にゃんごろーは、しっくりくる言葉を探しているのか、考え考え喋っているので、その合間に解説を入れることが出来る。博士(先生)と助手の間に、いいペースが生まれていた。


「こにゃチーリュのおかげれ、ニャポちゃんのみんにゃは、やさしいおかおに、なっちゃ。みんにゃは、たのしくにゃっちぇ、にゃんごろーは、おいしくにゃっちゃ」

「粉チーズのおかげで、優しい顔に……んー、まろやかな味になったってことか? で、具材の味がより引き立って、より美味しくなって、ちびネコー大喜びってことで、いいのか?」

「こにゃチールは、おともらちが、いっぴゃい! こにゃチーリュは、みんにゃちょ、にゃきゃよくにゃれりゅ。こなチーリュは、しゃ……こー……で、おどっちぇる!」

「粉チーズは、どんな具材とも相性がいい。で、んん? しゃ、こー……で、踊ってる? ちびネコーも、そういや、いきなり歌ったり踊ったりしていたけど。うーん、さすがに、これは難し…………あ、待てよ? しゃで踊るって、もしかして社交ダンスって言いたかったのか? つまり、粉チーズは、社交的ってことか?」

「えー? すごーい。よく分かったわね」

「にゃんごろー君も、社交ダンスなんて、よく知ってましたねぇ。使い方は、間違って……、いえ、これはこれで、合っているんでしょうか?」

「にゃんごろーは、歌と踊りが大好きで、とても上手なのだ。青猫カフェに行けると分かった時の踊りも、軽やかでとても素晴らしかった。社交ダンスについては、にゃんごろーの兄貴分ネコーから聞いた話を覚えていたのだろう。以前、世界のいろいろなダンスについて話してやったら、食べ物の話の次くらいに、熱心に聞いていたと言っていたな」


 クロウの解説を聞いたキラキラ組が、それぞれに感心していると、カザンがにゃんごろーについての解説を付け足した。カザンは、クロウよりほんの一日だけにゃんごろーとの付き合いが長いだけだが、にゃんごろーの兄貴分ネコー・ソランと親友でもあるため、独自のにゃんごろー情報を持っているのだ。

 クロウは、楽しいを通り越して興奮しはじめていた。上手く翻訳できた時の気持ちよさが病みつきになってきていたのだ。

 けれど、にゃんごろー博士はつれなかった。


「こにゃチールは、しゃーランシュウ♪」


 お豆腐自説の披露に夢中な子ネコーは、聞いていないようでいて、興味のある情報はちゃんと拾っていたらしい。にゃんごろーは、先ほどちゃんと言えなかった“社交ダンス”を新たなにゃんごろー語に生まれ変わらせた。だが、それですっかり満足したらしい。その後は、巻き巻き&モグモグタイムに完全移行してしまった。お豆腐演説は、これにて終了のようである。

 生まれ変わったとはいえ、その言葉は既に翻訳済みである。物足りないクロウは、つまらなそうに口を尖らせたが、外野たちは新しいにゃんごろー語に沸き立っていた。


「本日のお言葉が、また生まれちゃったわね!」

「これはもう、お豆腐の会として、お豆腐語録を作るしかないのでは?」

「うむ。クロウよ、後でしっかりと記録しておいてくれ」

「え? 俺……? まあ、いいけど。ノート代は、おまえが出せよ?」

「うむ。任された」


 あれよあれよという内に、お豆腐の会として、お豆腐会長のお豆腐語録を作成することが決定し、いつの間にやらにしていつものごとく、記録者としてクロウが選ばれた。

 突然のご指名に驚いた顔をしたクロウだったが、今回は意外にも嫌がったりはしなかった。お豆腐呼ばわりされるのは御免でも、こういう作業は嫌いではないのだろう。満更でもなさそうな顔で引き受けはしたが、カザンにノート代を請求するのは忘れなかった。なかなか、しっかり……いや、ちゃっかりとしているようだ。

 カザンの方もノート代の負担をあっさりと同意したため、お豆腐語録の作成が正式決定となった。


 お豆腐会長が関与しているとはいえ、お豆腐会長があずかり知らぬところで、色々な諸々が決定していくお豆腐の会なのだった。


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