カザンは葛藤していた。
普段、即断即決を心掛け、それを実践しているサムライにしては珍しく思い悩んでいた。お豆腐の会の議題は、すべて綺麗に解決している。だから、これはカザンの個人的な問題だ。
カザンのニャポリタンの残量は、半分を少し過ぎた辺りだった。カザンの他に、まだ食べ終わっていないのは、子ネコーたちとマグじーじだけだ。その三にんも、あともう少しで食べ終わりそうだ。
だというのに、カザンはフォークを進める手を止めていた。
握りしめてはいるが、さっきから全く進んでいない。
手は止まっていたが、目線は動いていた。食べかけのニャポリタン、粉チーズのツボ、楽しそうに幸せそうにニャポリタンを頬張っているにゃんごろーの間を、行ったり来たり戻ったりしているのだ。
クロウはその様を、面白そうに観察していた。常にクールな表情を崩さないサムライの意外な様子が興味深かった。今日半日のことを思えば、もはやそれほど意外でもないのだけれど、これまでのイメージからしたら十分に物珍しい姿だ。
表情筋の動きが鈍いだけで、ちゃんと感情があるんだな、などと失礼なことを考えながら先輩クルーが葛藤する様を存分に楽しんでから、クロウは声をかけた。
「迷うくらいなら、ちびネコーみたく、お試しで端っこに少しだけかけてみれば?」
「いや、迷っているわけでは…………」
「目線は迷ってたけど?」
「む…………。そう、だな。うむ、私もお豆腐会員の一員だ。ここは腹を括って、にゃんごろーを見習うとしよう」
クロウにしてみれば、腹を括って覚悟を決めるほどのことではないように思えるが、カザンにとっては、そうではないようだ。
「たかが粉チーズ、されど粉チーズって感じだな」
「クロウよ、たかがとは、何だ? にゃんごろーが、あれほど絶賛していた粉チーズに対して、失礼ではないのか?」
「えー? 俺は、粉チーズ、大好きだし、“たかが”なんて思ってないけど? 粉チーズに敬意を表してってわけじゃないけど、いっぱいかける派だし。粉チーズを使おうか葛藤しているカザンを見て、そういう風に感じたんだよ。つまり、失礼なのはカザンの方ってことなんじゃねーの?」
「……………………」
クロウが笑いを含みながらからかうと、カザンは思っていたのとは違う方向で反論してきた。だがそれは、カザンらしくない隙だらけの反論だった。クロウは、その隙を見逃さなかった。ニヤリと笑って追撃を仕掛ける。
これまでずっと近寄りがたいと思っていた先輩クルーを、いじって遊べるチャンスを逃すつもりはないようだ。
後輩クルーからの反撃兼追撃を受けたカザンの方は、押し黙った。粉チーズのことを“たかが”と侮っているつもりはないが、傍からそう見えたのであれば失礼なのは自分の方だろうと認めたのだ。
カザンは無言で、粉チーズのツボに視線を注いでいた。とても怜悧な眼差しだ。
それを見たクロウは、心中で前言を翻した。これは、“たかが”ではないな、と。仕事の時、カザンが魔獣に向ける眼差しにも似ている。つまり、粉チーズはカザンにとって危険な敵だと認定されているということだ。決して“たかが”と侮る相手ではないのだ。
そうなると、クロウには気にかかることがあった。このままからかって遊んでいていいのか少し心配になり、念のために尋ねてみることにした。
「なあ? アレルギーってわけじゃないんだよな?」
「ああ、そういうわけではない。心を無にすれば、食べること自体は可能なのだ」
「なら、いいんだけど。…………ってか、心を無にするって。なんか、これまでさ、カザンって好き嫌いとかないイメージがあったから、粉チーズに葛藤しているカザンって、新鮮で面白かったんだけど。実は今までも、なるべく味を感じないようにして無理やり食べていただけだったんだな? 全然、気づかなかったわ。恐るべしサムライの鉄面皮だなー」
「うむ、まあ、その通りだ。だがこれは、そういうミッションではないだろう?」
「ん? そういうミッション?」
「うむ」
もしや子ネコー愛に目が眩んで、アレルギーと“お豆腐会長からお豆腐心を褒められたい気持ち”とを天秤にかけ、葛藤していたのではと心配になったのだが、さすがにそれは杞憂だったようだ。
アレルギー持ちとは知らずに、面白半分に勧めてはいけないものを進めてしまったわけではないと知って安心したせいか、クロウは余計な本音までペロッと喋ってしまったが、カザンはさして気にした様子もなく頷き、何やら不思議なことを口にした。
クロウは、カザンを見つめたまま、大きく見開いた目を瞬いた。