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第165話 子ネコーのおとうふ的期待

 苦手らしい粉チーズも、心を無にすれば食べることが可能だとサムライは言った。心を無にする……とは、なるべく味を感じないように、機械的に咀嚼して飲み下すことを言っているのだろうな、とクロウは当たりをつけた。

 チーズアレルギーというわけではないようだし、それならば何時までも葛藤していないで心を無にして粉チーズをかければいいのでは、とクロウが考えるよりも前に、サムライは葛藤の理由を口にした。


『これは、そういうミッションではない』から、と。


 何か不思議なことを言われた気がして、クロウは目を見開き、瞬いた。少し考えてみる。答えは、あっさりと見つかった。


「ああ。そういうミッションって、お豆腐ミッションか」

「うむ」


 クロウが呟くと、カザンは小さく頷いた。

 稀に雄弁(主に子ネコー絡みで)だが基本的には無口なサムライの言葉足らずな一言の意味を、クロウは正しく理解していた。

 つまり、サムライはこう言いたいのだ。

 苦手な味のものでも心を無にすれば難なく食することが出来る。だが、これはそういうミッションではない。苦手なものをきちんと味わい、その苦手の中に潜む美味しさを見つけ出すというお豆腐ミッションなのだ!――――と。

 つまり、つまり。

 苦手な粉チーズをただ飲み下すだけならば、内心はともあれ表面的には涼しい顔のままやってのけるサムライは、苦手な粉チーズを味わって食べることに、こんなにも尻込みしているのだ。

 涼しい顔をして何でも卒なくこなすイメージのあるサムライのことを近寄りがたく思っていたが、実はやせ我慢をしていただけだっただと分かると、少しは親しみを覚える。

 だが、それはそれとして、やはり可笑しいものは可笑しくて笑いを噛み殺していると、のほほんとマイペースに幸せそうな声が聞こえてきた。


「うぅーん、おいしかっちゃぁ♪ ごちしょーしゃーみゃーしゃー♪」


 クロウがカザンで遊んでいる内にニャポリタンを食べ終わったにゃんごろーが、歌うように「ごちそうさま」を告げたのだ。

 横にずらした視線の先で、にゃんごろーはポムと肉球を合わせ、空っぽになったお皿に向かって、もふりと頭を下げた。発音は微妙だが、なかなか礼儀正しい。

 クロウは、にゃんごろーを眺めつつも、視界の端に映った情報から、テーブルの様子を読み取った。どうやら、カザン以外の他のメンバーは、全員ニャポリタンを食べ終わっているようだ。みんな、にゃんごろーの動向に注目しているが、長老だけは椅子の上でうつらうつらと舟をこいでいた。マグじーじの救難信号は、ちゃんと店員に届いたようで、長老のお皿だけ片付けられている。マグじーじとミフネの空皿が残されているところを見ると、自分の皿が片付けられたタイミングで居眠りを始めたのだろう。

 ザっとテーブルの状況を確認し終えると、クロウはにゃんごろーへと意識を戻した。

 ちょうど、お辞儀を終えたにゃんごろーが、満ち足りたお顔を上げたところだった。

 お顔を上げたのと同時に、お豆腐子ネコーの礼儀タイムは終了したようだ。にゃんごろーは、お口の周りをペロペロし始めたのだ。お口の周りを汚している美味しさまで、残らず味わい尽くすつもりなのだろう。あまりお行儀がよろしくない行為だが、やっているのが子ネコーだからか、それほど無作法には感じなかった。見た目が猫そっくりだからだろう。むしろ、しっくりくる。

 そのせいか、店内に子ネコーの無作法を見て眉をしかめる者はひとりもいなかった。ほとんどのものは、眉尻を下げて和んでいる。店内には、ネコー好きばかりが集まっているようだ。

 にゃんごろーと同じ子ネコーである、キララはどうだったのかというと、こちらはお姉さんネコーとして、ひと味違うところを見せつけていた。にゃんごろーよりも一足早く食べ終わっていたキララは、お口ペロペロなんてはしたないことはせず、淑女らしく紙ナプキンを使ってお口の汚れをキレイにしていたのだ。そんなキララは、「あらあら」というお顔でにゃんごろーを見てはいたけれど、無作法を咎めたりはしなかった。

 ほんの少し前まで、お皿を舐めようとする長老と、それを止めようとするマグじーじの攻防が繰り広げられていたのを見ていたからだ。長老に比べれば、にゃんごろーはお行儀がいい方だ。それに、夕日に染まったままの、元ならず者でもある長老のことには触れずに、にゃんごろーだけを嗜めるというのも、なんだか筋が違う気がする。「ふきんを使った方が、お行儀がいいわよ」と教えてあげたい気もしたけれど、今回はスルーを決め込むことにしたのだ。

 何よりも、今ここでご満悦のにゃんごろーに水を差したりしたくなかった。ほんわかと上機嫌のお豆腐会長から、新たな名言が生まれることを期待しているからだ。

 キララからのお豆腐的期待を一身に受けているとも知らず、お豆腐会長にゃんごろーは、いつも通りのマイペースを貫いていた。

 食後のペロペロによりお口の周りから美味しい味が消えると、蓋が開いたままの粉チーズのツボに向かって、笑いかけ、語りかけたのだ。


「うふふ♪ こにゃチーリュしゃんも、おいしくちぇ、しゅちぇきにゃじかんを、ありあちょうねー。きょう、おあいできちぇ、よかっちゃー♪ にゃんごろー、こにゃチーリュしゃんのこちょ、らいしゅきににゃっちゃっちゃ♪ こにゃチーリュしゃんのこちょを、よくしりゅまえに、どくちょくにゃにおいっていっちぇ、ごみぇんね? いみゃは、もう、らいしゅきーだきゃらね! これきゃらも、にゃかよくしちぇね!」


 言い終わるとにゃんごろーは、粉チーズのツボに向かって、もふもふペコリと頭を下げ、これからもよろしくのご挨拶をした。

 誰かが、耐え切れず激しく吹き出した。同時に、店内の至る所で、口元を抑えて身悶える者が続出した。吹き出すのを堪えようと悶える者と、愛らしさに打ち悶える者とがいた。

 そんな中、カザンもまた、その身を打ち震えさせていた。日頃一見クールなサムライにしては珍しく、他テーブルから見ても分かるほどに体を震わせていた。

 だが、子ネコーの愛らしさに身悶えているのではなかった。

 カザンは、お豆腐会長の唱える崇高な理念に深く、深く感銘を受け、心の底から体に伝わるほどに打ち震えていたのだ。


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