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第166話 おとうふミッショ―

 粉チーズに感謝を捧げるお豆腐会長の姿を見て思うところがあったのだろう。最後の一歩を踏み出せずにいたカザンが、ついに動いた。

 迷いのない手つきで匙を取り、ツボの中の粉チーズを掬い上げ、半分になったニャポリタン山の端に適量をサラリとかけ、匙を戻す。いつまでも二の足を踏んでいたのが嘘のような、流れるような所作だった。

 だが、匙を戻し、代わりにフォークを手にし、粉チーズをまぶしたニャポリタンを巻き取り、口元へ運んだところで流れは止まった。

 居眠り長老と子ネコーにデレデレしているマグじーじ以外の視線が、カザンに集まった。

 クロウ副会長とキララ会員、ミフネ会員の三人は、興味深くカザン会員のお豆腐ミッションの行末を見守っている。

 ニャポリタンに夢中でお豆腐ミッションの件を聞いていなかったにゃんごろーも、カザンを見つめていた。こちらは別に見守っているわけではない。感謝の余韻と共にツボを見つめていたため、粉チーズを運ぶカザンの手の動きに誘われて目線をお引越ししただけだ。自覚のないお豆腐会長は「ニャニャンしゃんは、ゆっくり、ちゃべるんらねぇ」などと、ぽよよんとしたことを考えていた。

 お豆腐の会メンバーの注目を浴びながら、カザンはゆっくりと口を開ける。

 事情を知る会員たちは、いよいよか、と身を乗り出す。

 だが、巻き巻きがお口の中に収容されて、お豆腐タイムが始まることはなかった。

 サムライは、意外と往生際が悪いようだ。


「苦手な相手にも果敢に挑み、相手を打ち負かすのではなく、身の内に取り込む…………。実に見事なお豆腐ぶりだった。これが、お豆腐会長のお豆腐道、お豆腐魂なのかと、深く感銘を受けた。だから、私も…………。会長が信じるお豆腐の道を、歩いてみたいと思ったのだ」


 巻き巻きを見つめながら、何やら語りだすサムライ。

 ミッション実行の最終段階直前で心情を語るシーンのようでもあった。キラキラ会員たちは、お豆腐ミッション見守りモードからお豆腐劇場観劇モードへと移行した。

クロウ副会長は酷使しすぎで痛みを訴えている腹筋を片手で押さえながら「いいから、早く挑戦しろよ」と心の中で野次を飛ばしていた。これが、ミッション実行前の心情吐露シーンなんかではなく、ミッション実行に二の足を踏んでいるだけの悪あがきにすぎないことを感じ取ったからだ。

 そして、話の内容をさっぱり理解できなかった我らがお豆腐会長は「お食事の途中にも、感謝の心を忘れないなんて、さすがはカザンさん」などと見当違いなことを考えていた。


「私は、ずっと思い違いをしていたのだ。心を無にすれば、苦手なものを食することもできる。その事実をもって、苦手を克服したつもりになっていた。だが、そうではなかったのだ。私はただ、苦手なものから逃げていただけだったのだ。苦手なものを恐れずに、正面から向き合い、味わい、その真の魅力を理解してこそ、克服したと言えるのだ。揺るがずにお豆腐の道を歩む会長の勇姿を目にしたことで、私は、ようやくそのことに気づくことが出来た」

「御託はいい……からっ、早くっ、お豆腐ミッションを、達成、しろよっ。ふっくく……、カザン、以外は、もうみんな、ふっ、食べ、終わってるん…………だけ……ど?」

「む、それはいかんな」


 放っておいたらいつまで経っても終わりそうもないお豆腐劇場に焦れて、クロウ副会長が笑いを堪えつつカザン会員を急かした。

 カザン会員は、口では副会長の言葉を受け入れつつも、この期に及んで行動に移そうとはしなかった。気持ちはあるのだが、体がついて行かないというのが本当のところかもしれない。

 お豆腐ミッションが何なのか分かっていない会長が、カザンを見上げながら不思議そうに首を傾げた。


「おとうふミッショー?」


 カザンに集中していたメンバーの視線が、にゃんごろーに向けられた。向けられた視線の先でにゃんごろー会長は、「なあに、それ?」と言わんばかりのお顔をしている。

 それで、会員たちは思い出した。

 にゃんごろーお豆腐会長はニャポリタンを味わうことに夢中なあまり、お豆腐の会に纏わるお豆腐会話には参加してこなかったな、ということを。

 お豆腐会長にも関わらず、カザン会員のお豆腐ミッションのことを、何一つ把握していないのだということを、改めて理解した。

 腹筋の説得に忙しいクロウ副会長は放っておいて、キララはミフネと目配せを交わし合い、スッと片手を上げた。


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