もふり、と腕を組んで、にゃんごろーは「うーん」と考え込んだ。
巻き巻きを見つめて黙りこくっているカザンを見て、何か思うところがあるようだ。
キララから応援要請をされた時は乗り気のお顔だったのに、今はすっかり思案のお顔である。会長が何を気にかけているのか分からず、不思議に思ったキララが「どうしたの?」と問いかける前に、にゃんごろーは「もふん」と頷いた。そして、こう言った。
「にゃかよしになりゅのは、とってもしゅてきにゃこちょらとおみょう。でもね、にゃんごろー、ムリムリは、よくにゃいとおみょうの」
「ムリムリ?」
「しょー。ムリンムリン」
「ムリンムリン……」
「にゃんごろーは、にゃんごろーが、こにゃチーリュしゃんちょ、にゃかよしににゃりたかっちゃから、にゃんごろーから、こんにちはってしちゃ! でも、おいしーは、しょれじょれ! ニャニャンしゃんには、ニャニャンしゃんの、おいしーが、ありゅ! ムリンムリンに、おしゅしゅめしゅるのは、よくにゃい! おりょうりは、おいしきゅたべりゅのが、いちらん!」
もっふりと腕組みをしたまま、にゃんごろーは「うみゅ!」と言い切った。お豆腐会長の自覚はないはずだが、会長としての威厳が感じられないこともない。
にゃんごろーは、粉チーズと仲良しになって、その美味しさを知りたいと思ったから、自分から「こんにちは」をした。でも、美味しさは人それぞれネコーそれぞれだから、無理矢理に「こんにちは」をお勧めするのは良くないことだ、と会長は言いたいようだ。
自らはお豆腐道を極めることに邁進しつつも、他者にはそれを強要しない。
素晴らしいお豆腐精神だった。
素晴らしいお豆腐精神ではあるが、にゃんごろーは少し勘違いをしていた。粉チーズミッションに尻込みをしているカザンの苦悩を感じ取ったにゃんごろーは、カザンが本当はやりたくない「こんにちは」を強制されているのではと思ってしまったのだ。
キララは、カザンに「こんにちは」を強制したわけではない。粉チーズに「こんにちは」をするお豆腐ミッションは、カザンが自ら言い出して始めたことだからだ。キララは、最後の一歩を踏み出せずにいるカザンの背中を押してあげようとしただけだ。少しばかり調子にのってお節介を焼いたかもしれないけれど、ムリンムリンというほどではない。
キララは、にゃんごろーの勘違いに気がついたけれど、それを訂正しようとはしなかった。
ちょっとばかり調子にのり過ぎたかしら?――――と反省する心も少しはあったし、一介のお豆腐会員がお豆腐会長の間違いを指摘して会長のメンツを潰すのはよくない!――――などと殊勝なことをお豆腐ごっこ的に考えたからというのも嘘ではないが、この勘違いに乗っかった方がお豆腐的に面白いかも、と思ってしまったのが一番の理由だ。
にゃんごろーのありがたいお言葉に刺激を受けたキララは、芝居がかかった口調で、反省と謝罪を口にした。
「にゃんごろー会長の言うとおりだわ! お料理は、美味しく食べるのが一番だものね! 苦手なものをムリンムリンにすすめるなんて、よくなかったわ! お豆腐会員として頑張ろうと張り切るあまり、お豆腐として一番大切なことを見失っていたのね! ごめんなさい、カザン会員! 私が間違っていたわ!」
なかなか威勢のよい反省兼謝罪だった。おまけに、反省と謝罪を口にするお顔の方は楽しそうに輝いている。
誰が何処からどう見ても、真剣な謝罪劇ではなく、お豆腐茶番劇なのだと分かる。
後はカザンが、この茶番謝罪を大仰な口ぶりで受け入れるなり受け流すなりしてくれれば、一件落着である。
そのはずだった。
きっとそうなるだろうと、キララは何の疑問もなく信じていた。
だが、残念ながら、そうはならなかった。
サムライは、キララが仕掛けた分かりやすい茶番を、必要以上に真剣かつ重々しく受け止めたのだ。
「謝らないでくれ、キララ会員! すべては、粉チーズに向き合えず、勇気を出せずにいた私が悪いのだ! 私が未熟なせいで、キララ会員に頭を下げさせてしまうとは! 何たる不覚! 非はすべて私にある! どうか、頭を上げて欲しい! すべて、すべて、私が悪かったのだ! 本当に申し訳ない! 心から謝罪する!」
「あ、あらあら?」
元よりキララは頭を下げてはいなかったのだが、「頭を上げて欲しい」と言ったカザンは、キララが望んだとおりの大仰な口ぶりで、巻き巻きを握りしめたまま深く頭を下げた。具体的には、半分残ったニャポリタンに額がくっつきそうなほどだ。
テーブル席でなければ土下座でもしそうな勢いだ。
思いがけないサムライの本気を感じ取って、キララは口元の肉球を当てて、困惑した。困惑も困惑、大困惑である。ほんのお遊びのつもりだったのに、まさか本気の謝罪返しをされてしまうとは思ってもみなかったからだ。キララは、この状況を打破してくれる者がいないか探し求めて視線を彷徨わせた。
まずは、正面のにゃんごろー。状況が分かっていないのだろう、ほにゃけた慌て顔でお手々をわちゃわちゃさせている。カザンの窮地を救ったはずが、そのカザンが本気の謝罪を始めてしまったので、何が何だか分からず混乱中のようだ。とても、助けにはなりそうもない。
キララは次に、会長の隣へ視線を流した。
年長者であるマグじーじならば、何かいい感じにしてくれないだろうかと期待したが、マグじーじはわちゃわちゃしているにゃんごろーにデレ顔で夢中だ。そもそも話を聞いていなさそうだ、とキララは見切りをつけた。
その隣は、居眠り中の長老で、こちらは論外。
ならば、と同行者であるミフネに救いを求めたが、こちらも論外だった。空になった皿を脇へ避け、テーブルに突っ伏して笑っている。店内であることを考慮してか、声は抑えているようだが、楽しくも苦しそうな息遣いが聞こえてくる。援護射撃をするどころか、自身の呼吸すらままならないようだ。
キララはお顔を前に戻した。
クロウ副会長の様子は、確認しようとすらしなかった。ミフネ会員よりも前から、ずっと内なる自分との激闘を繰り広げていることを知っているからだ。端から論外というヤツである。
こうなってはもう、仕方がない。
キララは覚悟を決めた。