頼れるものは誰もいないと悟ったキララは、覚悟を決めた。
自分の力だけで、この状況を切り開いていくしかないと、覚悟を決めた。
覚悟を決めて、とりあえず無難なところから攻めていくことにした。
「わ、分かりました! 顔を上げます! 上げました! だから、カザン会員もお顔を上げてください! ここは、お互い様ということにしましょうよ! わたしたち、同じお豆腐会員同士じゃないですか!」
「そういうわけには、いかん! すべては私の不徳の致すところ! キララ会員には、一切の非がないというのに、皆の前で頭を下げさせてしまうなど、到底許されることではない! 私は、この頭を上げるわけにはいかんのだ!」
「ええ~? そんなことを言わないでください! 許しますから、許されてください! そして、頭も上げてください! ぜひ! そうしてください!」
キララはお遊びめいた謝罪を軽く口にしただけで、頭を下げてはいなかったのだが、カザンに頭を上げさせるための交渉の一環として、最初から上がっている頭を上げることを交換条件にしてカザンの頭も上げさせようとした。
だが、サムライは一筋縄ではいかなかった。頑として頭を上げようとしない。
そこで、キララは作戦を変えることにした。
正攻法の交渉が駄目なら、脅すことにしたのだ。
「カザン会員、あなたがお顔を上げないなら、わたしも、もう一度頭を下げますよ?」
「……………………!」
カザンが一番問題にしているのは、キララに頭を下げさせた(とカザンが勝手に思い込んでいる)ことだ。だから、上げないなら下げるぞ、と脅してみたのだ。
効果は、てき面だった。
カザンは、美しい所作でスッと顔を上げた。
キララは「やれやれ、やっとか」と胸を撫でおろし、気の抜けた笑顔を浮かべた。
これにて一件落着――――のはずだったが、残念ながら、そうはならなかった。問題は何一つ解決していなかった。むしろ、悪化した。
顔を上げたサムライは、音もなく席を立つと、スッとキララの視界から姿を消した。
ざわつく店内。
一体何が?――――と思っていると、テーブルの下、キララの視界外から声が聞こえてきた。
「私が至らないばかりに、キララ殿にそのようなことを言わせてしまうとは…………っ! このようなことで許してもらえるとは、到底思ってはいない! だが、これが私の、せめてもの誠意の証っ!」
「ひ、ひぃいいいいいいいい!?」
見えないけれど、床の上で深々と頭を下げているのだろうな、ということはなんとなく分かった。所謂、土下座というヤツだ。
キララは慌てた。
涙目パニック状態だ。
悪ふざけにしてもやり過ぎなのに、本気で土下座をしているのだから、ある意味質が悪い。しかも、個室ならばまだともかく、他のクルーたちで混み合っている昼時の店内なのだ。キララ的にもカザン的にも外聞が悪すぎる。
大のおとなに土下座をさせたキララと、子ネコー相手に本気で土下座謝罪をしているカザン。傍から見たら、そうとしか思えない。いや、実際そうではあるのだが、厳密には語弊がある。キララ的には語弊があると言い切れる。
とにかく、キララとカザンどっちにとっても、あまりよろしくない事態であることには間違いない。
なんとかしなくてはならない。
とりあえず、可及的速やかに土下座だけでもやめさせなければならない。
だが、どうすればいいのだろう?
キララが何を言っても、火に油を注ぐだけのような気がする。
今こそ、誰かの助けが必要だった。誰でもいいから、誰かの助けが欲しかった。
なのに、同席者たちは先ほど助けを求めて諦めた時と全く変わらない状況なのだ。唯一、お豆腐会長であるにゃんごろーだけが、先ほどのわちゃわちゃ状態から脱却していたのだが、一番頼りにならなそうだった。
にゃんごろーは、土下座サムライに向けて、ポムポムと肉球拍手を贈っていた。
「しゅごーい! しゅららしい“どげじゃ”だねぇ! にゃんごろーも、みにゃにゃらにゃいちょ! しゃんこーににゃるぅ!」
肉球と肉球をポムポムしながら、にゃんごろーは土下座サムライをしきりに褒め称えていた。「見習う」とか「参考になる」とか、何となく何を言っているのは分かったのだけれど、その意味が分からない。
キララにはあずかり知らぬことだが、土下座はにゃんごろーの十八番芸だった。長老との茶番謝罪劇によく登場する、十八番芸だった。にゃんごろーとしては茶番などではなく、本気で土下座謝罪をしているつもりだったが、やはりどこかで長老に遊んでもらっているという気持ちもあったのだろう。にゃんごろーはカザンの土下座に“本気”を感じつつもお遊びの一環だと捉え、所作の美しいカザンの土下座を純粋に称賛しているのだ。土下座芸が飛び出すくらいに、カザンとキララは仲良くなったのか……などと新たな勘違いを発生させてもいた。
けれど、そんなことは知らないキララからしたら、にゃんごろーの行動は不思議でしかない。なんだか分からないけれど、会長の助けは期待できそうもない、ということだけが分かった。
進退窮まったキララは、そのおかげでいっそ開き直った。
キララは、スッとお手々を伸ばして、隣にいる人の腕にお手々を当てた。傷をつけないように加減をして、ほんの少しだけ爪を立てる。
キララが救世主として選んだ相手、否。後始末を押し付ける相手として白羽の矢を立てのは――――。
「クロウ副会長、後をお願いします」
お豆腐副会長にして、カザンと同じ青猫クルーでもあるクロウに、キララはすべてを丸投げすることにした。