『敵前逃亡』
――――それが、カザン会員が意味不明に落ち込んでいる理由として、クロウ副会長が導き出した“答え”だった。
その“答え”に対して、カザン会員は「そうだ」とも「違う」とも言わなかった。
ただ、無言のまま、小さく肩を震わせたのだ。
一般的には“小声”の範疇だが、サムライにしてみれば“雄弁”なその素振り。
それが、すべてを物語っていた。
クロウ副会長は、ズバリと図星をつきつけたのだ。
その回答は、カザン会員にとっては“ズバリ”としたものだったが、にゃんごろー会長やキラキラ会員たちにとっては“ズバリ”の回答ではなかった。
会長やキラキラ会員たちの疑問符を薙ぎ払うには、色々と説明が不足していたのだ。
にゃんごろー会長の「ほにゃん?」としたお目目と、キラキラ会員たちの貪欲に真相を求めるギラつく眼が副会長に向けられた。
クロウ副会長は、スッと片手を上げて、視線の圧に答えた。そのポーズのまま、深呼吸を始める。
つまり、「呼吸を整えたら、ちゃんと説明してやるから、それまで待っていろ」の合図だ。
会長と会員たちは、副会長の合図の意味を正しく理解した。理解したうえで、キララは実力行使に出た。副会長の「分かっている。ちょっと待て」のポーズのままプルプルしている二の腕に両方のお手々を伸ばしてサンドしたのち、お爪でチックンをしたのだ。
理由は簡単。副会長の笑いが収まるまで、待ちきれなかったからだ。
効果は抜群だった。
「ん! ちょ! 爪は、ヤメロって! ちゃんと、話す! 教える、から! だっから、カザン! あいつっ、心を無にして、食っちまったんだ、よっ」
「もー! それじゃ分からないでしょ! どういうことなの!? もっと詳しく!」
「あ! ちょ! 痛い、痛いって! それ、地味に痛いんだよ! いいから、とにかく、は・な・せ!」
「副会長が、ちゃんと話してくれないからでしょ! いいから、とにかく、は・な・し・て!」
お爪を使っての催促は、効果抜群だったが、やはり少々性急にして乱暴すぎたようだ。チクリのおかげで、副会長の笑いの発作は治まった。追加説明もしてもらえた。けれど、チクリ攻撃から逃れようと焦るあまりか、肝心の説明内容の方が疎かになってしまったのだ。
その結果。
お爪に物を言わせてクロウから満足のいく説明を引き出そうとするキララと、そのお爪から逃れようと身をよじらせるクロウの攻防劇が始まった。
本人・本ネコーたちは必死なのだが、傍から見ている分には微笑ましいだけなので、誰も止める者はいなかった。
キララの保護者役であるはずのミフネも、副会長からの追加メッセージをヒントに謎を解明することに集中していて、キララの可愛い凶行を野放しにしていた。しかし、その甲斐あってか、ミフネは無事正解に辿り着けたようで、喧騒の中、ポンと手を打ち鳴らした。
「ふーむ、心を無にして、敵前逃亡…………。あ、なるほど、そういうことでしたか!」
「え? 分かったの!? どーいうこと!?」
おかげで、キララの猛攻が止んだ。
キララはくるりと副会長に背を向けて、今度はミフネの二の腕を、肉球でパンパンと叩き出した。おやつを強請る子猫のように“分かりやすい答え”を強請る子ネコーは、一部の人たちにはかなりの破壊力だったが、ミフネはこれを軽くいなした。簡単に答えを教えたりせずに、自分で考えるように促したのだ。
「ふふ。心を無にして、敵前逃亡。これまでの会話をちゃんと思い返せば、キララにも分かるはずですよ?」
「ええー?……………………あ! そっか! 心を無にしてってことは、ちゃんと味わってないってことね?」
「そういうことです」
「なるほど! 敵前逃亡! たしかに!」
「……………………」
意地悪にも思えるミフネの仕打ちに抗議の声を上げたキララだが、クロウ相手の時のようにお爪を披露したりはしなかった。ミフネの腕をパンパンしながらも言われた通りに考え始め、すぐに答えを見つけ出した。
スッキリ晴れやかなお顔で、ポムと肉球を合わせるキララ。
キララから『敵前逃亡』を指摘されたことが堪えたのか、俯いているカザンの肩がまた小さく揺れた。けれど、それについては誰も指摘しなかった。誰も気がつかなかったのだ。
副会長もキラキラ会員たちも、すべての問題が解決したつもりになっていた。
三にんとも、すべての疑問符が一掃されたつもりになっていた。
そこに、ほにょほにょとした疑問符が飛んできた。
ひとりだけ、疑問符と縁が切れていない者がいたのだ。
ひとりだけ、取り残されてしまったものがいたのだ。
「ほにょ? ほにょ? ろーゆーこちょ? ほにゃ?」
にゃんごろーお豆腐会長のほにゃけた声が、テーブルに響いた。
三にんの視線が、にゃんごろーへと向かう。
視線の先には、とても「ほにょほにゃ」した、分かっていない“もふ顔”があった。