俯いたままのカザンの腕に、両方のお手々をそっとのせて、にゃんごろーは優しいお顔で語りだした。
他の会員たちがカザンの落ち込みをただの見世物としか思っていない中、にゃんごろーだけは本気で案じているのだ。
「ニャニャンしゃん、ニャニャンしゃん。ニャニャンしゃんは、にげてにゃんちぇ、いにゃいよ」
「にゃんごろー……」
「いままで、しらんぷりーしてちゃ、こにゃチーリュしゃんに、『こんにちは』をしようとおもっちゃんでしょ? しょれらけれも、おおきにゃー、いっぽ! しょーおもっちゃこちょが、らいじ! まじゅは、しょこを、ほめちぇあげにゃいちょ!」
「んーと? 今まで知らんぷりしていた粉チーズに『こんにちは』をしようと思った、それだけでも大きな第一歩だ。そう思ったことが大事で、まずはそこを褒めるべきだ……と言ってるみたいだな」
「しょー! ニャニャンしゃんは、がんらっちゃ! ちゃんちょ、みちょめてあげちぇ!」
「にゃんごろー…………」
クロウ副会長の通訳が入り、にゃんごろーは「その通りだ!」とばかりにカザンの腕を肉球でポンポンした。
ポンポンに励まされたのか、ずっと俯いていたカザンが顔を上げた。
カザンの瞳に、見上げてくるにゃんごろーのお顔が映る。ようやくカザンと目が合ったことを喜び、にゃんごろーは嬉しそうに笑っていた。
その笑顔に、色々と何かを貫かれながらも、カザンの瞳にはまだ迷いと後悔が残っていた。
目敏くそこに気づいた副会長が、お次はナレーションを入れてくる。完全に面白がっているようだ。
「お豆腐会長のお言葉に心を打たれ、ついに顔を上げたカザン会員。だが、その瞳は、よく見るとまだ葛藤に揺らいでいた。お豆腐会長のお言葉をありがたく思いつつも、その言葉をすべて受け入れ、チャレンジへの一歩を踏み出した自分を認めることは出来ないでいたのだ。苦手な粉チーズに挑んで失敗したのではない。挑むことにすら失敗した自分自身を不甲斐なく思う気持ちは、会長のお言葉をもってすら、拭い去ることが出来なかったのだ!」
「えー? そうなの? もー、会長にここまで言わせておいて、煮え切らないわねぇ」
「そうですねぇ。ここは、会長のお言葉に胸を打たれて…………な、シーンですよねぇ」
的確に状況を把握し分析したナレーションを聞いて、観客たちは遠慮のない感想をもらした。本人を目の前にして、なかなかに情けも容赦もない感想だ。的確にしてノリノリなナレーションのせいで、うっかり本音が零れてしまったようだ。
カザンは、そういうつもりではなかったのだろうが、目に見える反応を示し、お豆腐劇場を盛り上げた。
そうと分かるほど肩を揺らし、瞳を揺らしたのだ。それはもう、ビクリとブレブレに揺れて揺らいだ。
三にんに畳みかけられたから…………というわけではなく、可愛い三毛柄子ネコーに「煮え切らない」と断じられたのが堪えたようだ。
肩が揺れたのは一度きりだったが、瞳の奥は、今もまだ揺らぎに揺らいでいる。
慌てたのは、にゃんごろーだ。
傍でジジッと見上げていたため、そのブレブレな揺らぎをバッチリ目撃してしまったのだ。
「みょ、みょー!」
にゃんごろーは前に向き直ると、副会長とキラキラ会員に向かって、もふっとお手々を振り上げた。「むんっ! むんっ! むんっ!」と副会長から順番に、三にんの顔を可愛らしく睨みつけていく。
クロウのナレーションは、にゃんごろーには少々難しすぎたし、そもそも状況を把握していないため、キララたちが何を言っているのかもよく分かっていなかった。
それでも、これだけは分かった。
揺るぎない眼差しで凛と立つサムライをこんなにもブレブレにした原因は、三にんの“お話”の中にあると――――。
お豆腐劇場新章第二幕、“お豆腐会長のお説教”の始まりだった。