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第181話 またね!

 潮風に吹かれたもふ毛の先が、キラキラと陽光を照り返していた。

 キララのアクセサリーも照り照りしていたが、子ネコーのもふ毛も負けていない。


 一行は、青猫号後部デッキに勢ぞろいしていた。

 街に帰るキララたちを見送るためだ。

 お昼をご一緒しただけでお別れしてしまうのは、大変に名残惜しかった。でも、子ネコーたちは別れを惜しんで、涙で湿っぽくなったりはしなかった。むしろ、ふたりとも高揚していた。

 太陽が雲の向こうに隠れていたとしても、子ネコーたちは輝いていたことだろう。おひさまの光に頼らなくても、ふたりのお目目は希望に満ち溢れ、キラキラと自家発電しているからだ。

 お別れはもちろん、寂しくて悲しい。

 でも、約束は希望でキラキラだ。

 ふたりの子ネコーは、お互いの肉球と肉球をポフポフと重ね合わせながら、いくつもの約束を交わし合った。


「じぇったいに、まちゃ、きちぇね!」

「もちろん! にゃんごろーのことを話したら、キラリも会ってみたいって言うと思うのよね!」

「ほんちょ?」

「うん! 早ければ、明日にでも来ちゃうかも!」

「ほ、ほんちょ!?」

「んー、ごめん! 明日になるかは、やっぱり分からない! でも、なるべく早く連れてくるね! それは、ぜったいのぜったい! ぜったいの約束だから!」

「う、うん! にゃんごろー、まっちぇる! だかりゃ、じぇっちゃいに、じぇっちゃいの、やくしょくらよ!」


 ポムポム、ポフポフと肉球おしくらまんじゅうをしながら希望のキラキラを巻き散らす子ネコーたち。おとなたちは、それを優しく、クールに、デレデレと見守っていた。まだ昼間なのに夕日に染まっている長老も、「にょほにょほ」と笑いながらオレンジ色の長い胸毛を撫で回している。

 子ネコーたちの約束は、まだまだ続いて、どんどん発展していった。


「その次は、森にも行ってみたいのよ!」

「もりに?」

「そう! 森のネコーたちが住んでいるところ! どんなところか、きょーみある! 見てみたい!」

「えー? きは、いっぴゃいらけろ、にゃんにもにゃいちょころらよ?」

「にゃんごろーには“そう”でも、わたしには“そう”じゃないのよ! 森の中で暮らすのって、どんな感じなのかしら? お泊りとかもしてみたーい!」

「キラリャが、もりで、おちょまり…………。ふわぁ。しょれは、ちょっても、しゅちぇきにゃこちょらねぇ」

「でしょ! あ、そうだ! にゃんごろーも、街へ遊びに来た時は、ぜひうちのお店、キラキラ魔法雑貨店によってね! カフェのお料理も美味しかったけど、うちのお母さんも、お料理が上手なのよ! にゃんごろーにも食べて欲しい! そして、お豆腐大爆発な感想が聞きたーい!」

「えええええ!? しょ、しょーにゃの!? う、うううううん! いきゅー! いきちゃーい! キラリャのおかーにゃんのおりょうり、たべちぇみちゃーい!」

「にゃんごろーなら、大歓迎よ!」

「ありあちょー! うれしー!」


 子ネコーたちは大いに盛り上がり、肉球をポムポムさせながら軽くステップを刻みだした。さらにはその場で、クルクルと回りだす。子ネコーダンスの始まりだ。

 ふたりとも、すっかり“その気”になっていた。

 ふたりの約束はすべて果たされ、ふたりの希望はすべて叶うものだと思い込んでいた。

 実際には、森へ行くにも街へ行くにも、子ネコーだけというわけにはいかない。約束と希望をなんとかするためには、保護者達の了承やら付き添いやらが必要となるのだが、浮かれすぎてその辺のことは吹き飛んでしまっているようだ。ぽんやり(ぼんやりではない、ぽんやりだ)子ネコーのにゃんごろーは兎も角、しっかり者のキララも、すっかりはしゃいでいるようだ。いや、もしかしたらキララの方は、おねだり攻撃をすれば何とかなると確信しているのかも知れないが。

 いずれにせよ、子ネコーたちがおねだり攻撃をするまでもなく、その願いが叶うことはほぼ確定していた。

 今この場にいる保護者達の方も、すっかりその気になっていたからだ。

 長老は今からキララのお母さんのお料理を食べる気満々で涎を垂らしているし、ミフネは森のネコーたちの暮らしに興味津々で、次も子守役に立候補しようと考えていた。子ネコー親衛隊のマグじーじは、キララのご両親との交渉役を引き受け、自分もちゃっかり便乗するつもりだ。

 その傍らで、カザンは何とか自分も参加したいものだが……と思いを張り巡らせ、それぞれの思惑を察したクロウは他人ごとの顔でそれらを鑑賞していた。


 そうして。

 子ネコーたちのダンスが終わったところで、いよいよお別れだった。

 後部デッキの一番端っこ。

 森へと渡されたスロープの手前で、子ネコーたちは笑顔で肉球をポムと合わせると「またね」を誓った。


「またね! にゃんごろー!」

「うん! まちゃね、キラリャ!」


 スロープを下りた後も、街へと続く道を進みながら、キララは何度も振り返っては手を振った。にゃんごろーは、キララが振り返らなくなっても、ずっとずっと手を振り続けていた。キララの姿が、森の向こうへ消えてすっかり見えなくなっても、ずっとずっと振り続けていた。

 何度も「またね!」を叫びながら、ずっとずっと。


 そのお手々が、突然ピタリと止まった。

 両手を上に上げたまま、にゃんごろーは動かなくなってしまった。もしやと思ったクロウが、そっとそのお顔を覗き込んでみる。


「あ、やっぱり。こいつ、立ったまま、寝てる……」


 どうやら、にゃんごろーは「またね!」のポーズのまま、眠ってしまったようだ。

 今朝は、いつもよりも早起きだったし、その後も。泣いて、笑って、歌って、踊って、魔法も使って――――と大はしゃぎの大活躍だった。その上、お昼ごはんの後でお腹がいっぱいときた。お疲れの子ネコーが夢の世界へ旅立ってしまうのも、無理もないことだろう。


 そんなわけで――――。

 本当は、午後も少しだけお船の見学をする予定だったのだけれど、寝ている子ネコーを叩き起こすなんてかわいそうな真似を、見学会主催者のマグじーじが許すわけもなく。


 お昼の後は、お昼寝タイムと相成った。


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