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第196話 子ネコーのもふもふ行進

 さて。

 見学会予定発表の現場が、いろんな意味で長老のターンを迎えていた頃。

 コンテナ付近は、キラリを怖がらせたりしないように物音こそ立てなかったが、昂る感情を抑えることは出来ないようで、気配が喧しかった。

 子ネコーたちは発表の方に夢中で気づいていないようだが、子ネコーたちの背後にいるミフネは、チラチラとコンテナ方面を気にしている。クロウは、子ネコーたちの様子をレポートにまとめるという使命を思い出したのか、メモを取り始めていた。子ネコーたちの観察と手元に集中しているせいで、気配に気づいていないかのように見えたが、そういうわけではない。賑やかすぎる気配に気づいていながら、不審者対応はカザンに丸投げすることにしただけだ。


 長老からの発表が終わり、子ネコーたちはそれぞれに盛り上がっていた。

 それに呼応して、コンテナとコンテナの隙間から覗き見している不審者たちの気配も盛り上がる。

 にゃんごろーが踊り始めると、不審者たちの心臓は、子ネコーの踊り以上に激しいビートを刻み始め、気配が弾け出した。

 キララが、しっかりものらしく賢さの滲み出る発言と共に喜びを表明すると、「さすがお姉さんネコー」と感心し、称賛の気配を送った。

 弾けたり、称賛したりしつつも、先のふたりと比べて目に見えるような反応を見せないキラリが、誰よりも午後の見学を楽しみにしていることにも、ちゃーんと気づいていた。

 それまで、姉ネコーの腕にしがみついていたキラリが、密着を解いたのだ。片手はキララの腕に置いているので、一部接触はしているが、本体同士の間には、わずかに隙間が生じている。見学会の内容に、強い興味を抱いている証拠だ。

 キラリは、自分から感想や質問を口にすることはなかったが、にゃんごろーやキララの言葉にはすかさず反応し、お顔をそちらに向けて、「うんうん」と熱心に頷いていた。三毛柄のもふもふに包まれた愛らしいお顔は、間違いなく高揚していた。そのお目目は、陽光を照り返す波しぶきにも負けないくらいにキラキラだった。

 とても感慨深い。


 あのキラキラを、涙のキラキラにしてはならぬ!――――と、不審者たちは心に固く誓った。そして、その直後に破りかけた。

 事態が、急変したのだ。


 現場では、長老に主役を奪われたはずのマグじーじが、再び返り咲いていた。


 暗殺者への転職をギリギリ回避し、溺愛が過ぎるほのぼの父兄参観開催中だった不審者たちは、一瞬で怨霊へと化した。

 ネコーである長老が子ネコーたちと触れ合う分には問題なくても、マグじーじが子ネコーたちの脚光を浴びることは、どうしても許せないようだ。

 マグじーじを呪い殺さんばかりの禍々しい怨念が、コンテナの隙間からぶわっと溢れ出す。

 怨霊爆誕の禍々しい気配の衝撃はすさまじかった。

 不審者対策はカザンに丸投げしたはずのクロウが、ビクッと肩を震わせて、コンテナを振り返っている。

 幸いにして、子ネコーたちは、まだ興奮しているせいか、現場が呪われつつあることに気づいていないようだが、このままでは時間の問題だろう。

 予定発表が終わったら、次は見学のために船内に移動することになる。そして、コンテナは船室側に積まれている。

 つまり、この後。子ネコーたちは、コンテナ方面へ近づいていくことになるのだ。

 コンテナは、船内への入り口からは少し距離を取ってはいるが、今クロウたちがいる位置よりも、確実に距離が狭まる。

 このままでは、非常にマズイ。

 にゃんごろーは、お弁当の中身についての話題でも振れば、問題ないだろう。そちらに気を取られて、怨霊の存在に気づかないまま無事船内へ進んでくれるはずだ。

 だが、一番肝心のキラリはどうだろうか?

 怖がりということは、このような禍々しくも邪悪な気配には敏感なのではないだろうか?

 もしも、そうなったら…………?

 怨霊たちの邪気は、クロウやミフネですら背筋が震えるほどなのだ。怖がり屋の子ネコーがこの邪気に気づいたら、怯えに怯えて「今すぐ、帰る!」と泣き出すだろう。それをうまく宥められなければ、あんなに楽しみにしている見学会が中止となってしまう。いいや、場合によっては、それだけでは済まないかもしれない。あまりにも恐ろしい体験をしたせいで、お船へのトラウマを植え付けられた妹子ネコーから「もう二度とお船には行きたくない!」宣言が飛び出すかもしれないのだ。

 それだけは、何としても避けなくてはならない。


 早急に、怨霊たちを祓い清める必要があった。


 早急な解決が求められていることを正しく理解しながらも、怨霊たちの一番近くにいるカザンは、表面的には至って涼やかなままだった。全身に纏わりつくような怨念に動じている様子は、一切ない。あまりにも、涼やかだった。怨念に鈍感なタイプで、不審者たちが怨霊化したことに気づいていないのでは疑惑が生じるくらいの涼やかさだったが、そういうわけではない。

 カザンは、冷静に考えていた。子ネコーたちの未来と笑顔を守るための方法を。

 そして、思いついた。

 子ネコー親衛隊の一員であるからこその、強力な怨霊退散ワードを思いついた。

 カザンは「うむ」と頷くと、潜めた声で、鎮めの言葉を重々しく落とした。

 コンテナの、裏側へと。

 怨霊を鎮めるための、必殺の一撃を放った。


「その禍々しい気を早急に鎮めてください。でないと、子ネコーたちに嫌われてしまいますよ」


 要点のみの、簡潔な一撃だった。

 だが、それ故に。

 効果は絶大だった。

 簡潔であるが故に、その一撃は。


 怨霊たちの心の臓を確実に打ち砕いた。


 みなまで言われずとも、怨霊たちはカザンが言いたいことを正しく理解した。

 姿を隠して、物音を立てないようにしたところで、気配でバレてしまっては元も子もない。そのせいで、キラリがお家に帰ってしまい、見学会が中止となってしまったら。その原因が、自分たちの不審者活動が怨霊化したせいだとバレてしまったら。

 子ネコーたちに嫌われてしまう。

 涙を一杯にためたにゃんごろーに「大嫌い!」と言われる恐ろしい未来を想像して、怨霊たちは戦慄した。そして、そのあまりの絶望に、自ら勝手に氷漬けになった。


 コンテナ裏で、氷像が三体出来上がったところで、折よく長老の行進が始まった。少し遅れて、にゃんごろーがその後に続き、子ネコー姉妹は横並びになって、前を歩くにゃんごろーの揺れる尻尾を追いかける。子ネコー姉妹の尻尾も、踊るように揺れている。

 仲良く尻尾を揺らしながら、もふもふと進むネコーたち。

 意気揚々と先頭を歩く長老はまっすぐ前を向いたまま入り口をくぐって行ったけれど、子ネコーたちはみんな、コンテナの番をしているカザンにお顔を向けて、手を振ってくれた。

 ほんのりと口元を緩めながら、手を振り返すカザン。

 無邪気な喜びに満ち溢れた、眩しすぎる笑顔だった。約一名、「ふうん?」と面白がるような色を瞳にのせた子ネコーもいたが、それすらも愛らしい。

 こちらに向けられた、フリフリと左右に揺れる肉球。

 期待を乗せて揺らめく尻尾。


 もふもふと可愛い子ネコーたちの行進。


 たとえ、コンテナの隙間からの覗き見だとしても、それは貴重な一瞬、一瞬になったはずだった。

 せっかくの貴重にして至高な“もふもふ鑑賞タイム”だったが、残念なことに氷像たちは、そのすべてをまるッと見逃してしまった。

 絶望的な未来予想図に囚われて、魂の芯まで凍り付いていたからだ。

 だが、あの眩い“もふもふ行進”は、その自業自得な犠牲があったからこその、尊い贈り物…………でもあった。


 子ネコーたちを見送り終えると、カザンは――――。

 コンテナ裏の残骸たちに、そっと黙祷を捧げた。


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