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第197話 お弁当警備員

 にゃんごろーは「ほにゃ?」とお首を傾げた。

 意気揚々と船内を進む長老が向かった先は、午前の見学会場であるネコーの魔工房ではなく、食堂の傍にある和室だったからだ。

 にゃんごろーたちが、お船でごはんを食べる時に使っている、あの“和室”だ。


「ちょーろー、ちょーろー。まら、おひるごはんのりかんりゃ、にゃいよ? おべんちょーは、みゃこーびょーのけんらくが、おわっちぇからだよ!」

「むっふふふん。そんなことは、にゃんごろーに言われんでも、ちゃーんと分っておるわい」


 お弁当が待ちきれなくて、午前の見学をすっ飛ばしてしまったのではと心配したにゃんごろーは、長老のもふぁもふぁ尻尾を掴んでブルンブルンと振り回した。

 子ネコーから、もっともな指摘を受けた長老は、慌てることなく余裕のお顔でそんな子ネコーを振り返る。開き直っている、わけでもなさそうだった。一体何を分かっているのかと、にゃんごろーはもう一度お首を傾げる。今度は、さっきとは反対の方向だ。


「えー? じゃあ、なんれ、ここにきちゃの? みゃこーびょーは、ろーしちゃの?」

「分からんのか? ふー、やれやれ。にゃんごろーは、気が利かないのー」

「む!」


 にゃんごろーからの質問に、長老は意地悪半分、いたずら心半分のお顔で挑発してきた。にゃんごろーは、長老の期待通りの反応をした。「異議あり!」のお顔で長老を睨みながら、両手で掴んだ長老の尻尾を大きくグルンと回したのだ。

 長老は子ネコーからの仕返しに動じることなく、「にゃっふっふっ」と笑いながら“和室へ直行”の理由を説明した。


「お弁当の大荷物を抱えたまんまで見学するのは、大変じゃろう? じゃから、元々お弁当を和室においてから見学を始める予定じゃったんじゃよ」

「あ、しょっか! ミフネしゃん! にもちゅをじゅっともっちぇるのは、ちゃいへんらもんね。しょれに、くいしんぼーのちょーろーに、じゅっと、まわりをウロチョロしゃれちゃら、ミフネしゃん、らいめーわく!――――しちゃうもんね! うん、うん。にゃっちょく!」


 長老からの説明は、納得がいくものだった。にゃんごろーはコロッとご機嫌を治し、「うん、うん」と頷く。その通りであるとはいえ、何やら失礼な納得の仕方をしているが、これは素直に感想を述べただけで、本ネコーに先ほどの意趣返しのつもりはない。にゃんごろーは、「納得・解決・スッキリ!」のお顔で、長老の尻尾をブンブンと景気よく縦振りした。

 さて、さて。たとえ子ネコーに悪気がなかったとしても、だ。いつもならば、ここで長老がすかさず反撃に転じて、ネコー劇場が開幕となる…………はずだった。

 けれど、この時。

 長老は、にゃんごろーの失礼発言をスルスルスルンと聞き流し、とてもいい笑顔を浮かべた。

 満面の笑みで、長老はサッと片手を上げて、とある宣言をする。


「うむ。そういうことじゃから、長老は、このまま和室に残って、お弁当の警護を担当するぞい! お弁当を狙う不届き者から、お弁当を守るのじゃ! じゃから、お弁当のことは長老に任せて、みんなは安心して魔工房へと向かうとよいぞ!」

「らめ!」


 にゃんごろーは、子ネコーにしてはドスの利いた声で、すかさずダメ出しをした。尻尾をブンブンしていた手を止めて、じっとりと半眼で長老を見上げている。

 ダメに決まっている。

 ダメに決まっていた。

 長老の魂胆なんて、にゃんごろーには分かり切っていた。

 お弁当を守るとか言いながら、お弁当を盗み食いするつもりなのだ。お弁当を狙う不届き者最有力候補でありながら、お弁当の警護役に立候補をするなんて、実に図々しい。

 警護を任せたら最後、長老は必ず、お弁当に手を付けるだろう。にゃんごろーは、それを微塵も疑っていなかった。

 そんなのはもちろん、速攻にして断固、阻止である。

 にゃんごろーは、長老の尻尾を掴んでいるお手々に力を込めた。「絶対に許さないぞぞ!」の意思表示だ。

 尻尾を掴んで離さないにゃんごろーを、肩越しに見下ろす長老。

 ふたりは、「むむむ!」と睨み合った。

 両者ともに「一歩も引きません!」の構えだ。


 和室入り口にて、急遽勃発した森のネコーたちの攻防戦。

 もふっとした毛並みから、緊迫した空気が漂い始めた。



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