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第198話 お弁当警備の行末

 青猫号一階にある食堂。その近くにある和室の入り口前で。

 ふたりのネコーが、睨み合っていた。

 ひとりは、真っ白い長毛ネコー。入り口に体を向け、顔だけを後ろに向けて、尻尾を掴んで離さない子ネコーを見下ろしている。

 見上げる子ネコーは、明るい茶色の毛並みをしていた。

 両者の“もふ毛”の先から、ピリピリ成分が吹き出しているかのような、緊迫した空気。


 外野たちは、突発的に始まった森のネコーたちの対決を、固唾を飲んで見守っていた。といっても、ハラハラしながら成り行きを見守っているのはキラリだけだ。残りの面々の内、キララとミフネはワクワクとネコー劇場の鑑賞を楽しみ、クロウはヤレヤレとメモの用意をし、マグじーじは長老に呆れつつもにゃんごろーを応援している。カザンは、不審者対応のために後部デッキに残ったので、ここにはいなかった。

 並びとしては、入り口前で睨み合うふたりから少し距離を開けて、子ネコー姉妹が横並びで立ち、その後ろに大荷物を抱えたミフネ、クロウ、マグじーじの順で一列に並んでいる。ネコーたちは体が小さいため、通路の半分は空いている。誰か通りかかる者がいても、問題なくすれ違えるだろう。


 にゃんごろーは、長老の食い意地にどう立ち向かうのか。

 長老は子ネコーの説得をどう誤魔化すのか。


 記録係として冷静な顔を装いながらも、クロウは内心かなり楽しみにしていた。何が起こってもいいように、腹筋に力を込める。ネコー劇場は、クロウの笑いのツボを的確に抉ってくることが多いからだ。連続でツボを刺激されると辛いのだが、適度な刺激なら悪くない。最近、ネコーたちによるツボ刺激が癖になりつつあるクロウなのだ。

 期待を込めながら腹筋の準備をしていると、にゃんごろーがクンッと長老の尻尾を引いた。いよいよ、始まるのだ。


 正攻法で、盗み食いは良くないことだと言い諭すのか。

 それとも、キララの真似をして、かつキララに便乗して、『キラキラ・ランチ会への招待券』という最強の切り札をうまいこと使いこなして見せるのか。


 クロウは、ペン先をクルクルと回しながら予想を立てる。

 けれど、にゃんごろーのお口から飛び出してきたのは、そのどちらでもなかった。

 子ネコーは、余計な駆け引きなどしなかった。子ネコーらしい自分の気持ちを、ストレートに長老へとぶつけたのだ。


「にゃんごろーは、ちょーろーといっしょに、まこーびょーのけんがくを、しちゃいの! ちょーろーも、いっしょらないちょ、いやにゃ! しょれに、ちょーろーも、いっしょに、みんなれ、『いちゃらきみゃしゅ』を、しちゃいの! らから、らめ! じぇっちゃいに、らめ! ちょーろーも、いっしょにいきゅの!」

「にゃ、にゃんごろーよ…………」


 一生懸命、精一杯に、自分の気持ちを長老へ伝えるにゃんごろー。長老を見上げるお目目は、ちょっぴり潤んでいた。

 長老にお弁当警護を任せて野放しにした場合、お弁当を警護するはずの長老自らによる盗み食い事件が発生し、長老がみんなと一緒にお昼を食べられなくなることを前提としたお願いが、サラッと自然に当然のように混ぜ込まれていたが、誰もそれは指摘しなかった。そこはもう、今さらだからだ。長老本ネコーからも、特に指摘も反論もなかった。

 まさかこういう展開になると思っていなかったクロウは、あんぐりと口を開けて子ネコーを見つめていた。子ネコーらしい純粋さに、ちょっぴり胸を撃たれてしまったのだ。けれど、それも僅かな間のことだった。クロウはすぐに気を取り直して、忘れないうちにと、子ネコーの名セリフを一言一句違えずメモ帳に書き留めた。発声魔法の拙さも含めて、これはこのまま書き残すべきだと判断したのだ。

 今回のネコー劇場は、珍しくいい感じにすんなりと終わったな――――とクロウは素直に思った。さすがの長老も、養い子ネコーにこんなことを言われたら、折れざるを得ないはずだ。そうなる未来が、普通に浮かんでくる。そうなるのだろうと、ごく自然に考えた。

 キラキラ組の三にんは、にゃんごろーに拍手を贈っていた。先ほどの、にゃんごろーの名セリフに、いたく感動しているようだ。

 マグじーじは、子ネコーの健気さに心を打ち抜かれ、ハンカチで涙を拭うのに忙しかった。


 誰も、感動的な幕引きが訪れることを疑っていなかった。

 後は、もう。

 長老が「分かった。にゃんごろーが、そこまで言うなら」と頷いて見せれば、それでいいのだ。それだけで、ネコー劇場「お弁当警護の章」は大団円で幕引きとなる。


 ――――――――そのはずだった。

 そのはずだったのだが――――――――。


 長老は、どこまでも長老だった。


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