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第37話 旅の始まりは

 そもそも。

 どうして、あたしが月見つきみサンと二人で月華つきはなを探す旅に出ることになったのかと言うと。


 すべては、そう。

 すべては、コロッケのためなのだ。


 だって!

 だって、ひどいんだよ!

 夜咲花よるさくはなってば! 夜咲花ったら!

 夜咲花のばかーーー!!




 うん、まあ。どういうことかって言うとね?

 あの後。あの後っていうのは、月見サンをアジトにお招きして、クッキーと紅茶の魔法女子会をした、後のことだ。

 エビとマカロニの入ったグラタンが食べたいって、月見サンが言い出したのだ。

 で、「任せてー」って夜咲花が張り切りだして、それぞれの食べたいものを作ってもらって、魔法女子宴会へなだれ込んじゃえってことになったのだ。

 で。

 みんな。

 みんなは、それぞれ夜咲花に好きなものを作ってもらえたのだ。

 月見サンのグラタンに。

 紅桃べにもものハンバーグ。

 それから、ルナのから揚げも。

 みんな、みんな作ってもらえたのに。


 あた、あたしの。

 あたしのコロッケだけは作ってもらえなかったんだよー!!


「初めて月華に食べてもらった思い出の料理だから、大切にしたい」


 とか、乙女なこと言われて断られちゃったんだよ!

 夜咲花に、そう言われちゃったら。

 そう言われちゃったら、もう、どうしようもない。

 夜咲花にとって、月華は絶対なのは分かっているし。

 泣いて縋っても無理なのは、最初から分かっていた。


 でも、やったけどね!

 無理だって、分かっていたけど、やったけどね!

 泣いて縋って、お願いしたけどね!

 やっぱり、ダメだったよ!!


 …………………………。

 あ。今、じゃあ、自分で作れって思った?

 思ったでしょ?

 うん。

 あたしも、思ったよ!


 夜咲花に作ってもらえないなら、自分で作っちゃえーって、ね!


 夜咲花専用の錬金釜はなんとか貸してもらえることになって、地上でおばあちゃんと一緒に作った大好きなあのコロッケの味を再現しようと張り切ったさ。

 錬金釜の中にテキトーに材料を投入して、思い出の中のあのコロッケをイメージしながら、でっかい木のへらみたいなので、ぐーるぐーるってして。

 夜咲花は材料を選ぶところからが、錬金魔法だって言ってたけど。でも、釜に入れた材料は、全部“魔素”に分解されて、完成品をイメージしながらぐるぐるすることで、えーと、再構築? されるって、月見サンが説明してくれたし。魔素さえ含まれていれば、材料はどれでも一緒じゃないかな?

 実際、夜咲花も結構テキトーに材料を放り込んでいたと思うし。

 あ、ちなみに。魔素っていうのは、魔法少女の活力の源である、魔法エネルギー的な? なんか、そんな感じのものである!


 えーと、それで。

 イメージの甲斐あって、記憶の通りのコロッケは出来上がった。

 おばあちゃんが作った、黄金色の綺麗な小判型のコロッケ。そして、あたしがお手伝いして見事にパンクしたコロッケ。うっかり余計なところまで、そのまんま再現されていた。

 感激のあまり、コロッケが大盛りの皿を持つ手が震えたよ。

 思えば、あの時のあたしは、幸せの絶頂にいた。

 あのまま、時間が止まっていればよかったのに。いや、本当に止まっても困るけど。


 そう、コロッケは、完璧だった。

 見た目だけは。


 ふっ。

 見た目は完璧に美味しそうなのに、まったく味がしないコロッケを齧った時の、あの何とも言えないやるせなさと言ったら!

 まさに、天国から地獄だよ!!


 ううっ。ぐすっ。

 なんかね?

 あの、錬金釜を使えば、魔法少女なら誰でも錬金魔法を使えて、美味しいお料理を作れると思ったのに、そうじゃなかったんだよ。

 特殊なのは、釜じゃなくて、夜咲花だったんだよ。

 錬金魔法。

 あれ、夜咲花の特殊能力みたいなものなんだって。


 味のしないコロッケは、夜咲花の手によって錬金釜へと戻され、ウーロン茶として生まれ変わりました。



 でまあ、コロッケは残念なことになったけど、みんなが好物を食べている間、あたしだけ指を咥えて見ていたってわけじゃなくて。

 お料理は大めに作られていたから、みんなで分け合って仲良く食べたんだけどさ。


 そういうことじゃない。

 そういうことじゃ、ないんだよ!



 半泣きで、グラタンやらハンバーグやら、から揚げやらを食べながら、あたしは必至で考えた。

 コロッケを食べる方法を。

 夜咲花に、コロッケを作ってもらえる方法を。


 そして、ついに。

 覚悟とともに、これしかないという答えを見つけた。


 そう。

 月華を探してアジトに連れてくればいいのだ!

 そうすれば、夜咲花は大喜びで、大張り切りで、月華のために最高のコロッケを作るはずだ。間違いない!


 …………。まあ、答えを見つけたっていうか。これしか、方法はないだろうなっていうのは、最初から気づいてはいたんだけどさ。

 本当にやるとなると、覚悟が必要というかね?

 だって、あたし。妖魔と戦うのとか、あんまりうまくないし。あと、結構方向音痴だし。

 迷子になって遭難して、あっさり妖魔に食べられちゃうエンドを回避して、月華とコロッケ♡エンドに辿り着くのは、かなり難易度が高い。


 でも、それでも。

 味のしないコロッケがあまりにも悲しすぎて。やるせなくて。

 月華は、次にいつアジトに帰ってくるのか、まったく分からないみたいだし。

 そうなると、あたしがコロッケを食べられるのも、いつになるのかまったく分からないってことだし。

 そう思ったら。

 そう思ったら、たまらなくなって。

 ほとんど勢いで、つい宣言してしまったのだ。


「あたし! 月華を探してここに連れ帰って来る! だから、そうしたら、月華お帰りなさいパーティーのために、コロッケ作ってよ! 夜咲花!」


 一瞬。みんなの箸と、空気が固まった。

 握りこぶしを固めて、一人立ち上がったあたしに、みんなの視線が集中する。

 最初に動いたのは、夜咲花だった。

 箸をちゃぶ台において、半立ちになる。


「だ、ダメだよ! 月華には、妖魔に襲われてる女の子を助けるっていう、大事な使命があるし。それを、邪魔して、無理やり連れて帰るなんて、そんなの、そんなの…………」


 言いながら、視線と語尾が揺れているのは、本心では月華に会いたいと思っているからだろう。

 月華に会いたいけれど、月華の邪魔はしたくない。

 そんな、乙女心。…………乙女心なのかな? まあ、いいや。なんでも。

 今大事なのは、コロッケだよ!

 コロッケ一択!


「いいんじゃない? 頑張りすぎても、疲れちゃうし。月華にだって、たまには、休息も必要だよ」

「そうね。月華は少し我武者羅すぎるところがあるし、たまには一休みさせてあげないといけないわよね」

「そ、そう、かな?」


 月見サンと月下げっかさんのお姉さん二人が、あたしの意見に賛同? してくれて、夜咲花は人差し指と人差し指を合わせて、もじもじし始める。


「ええ、そう思うわ。それに、あの子もコロッケは気に入っていたみたいだし、頑張っている月華にご褒美ってことで、ね?」

「そうそう。月華もさ、一人で頑張りすぎないで、もう少しこの闇底生活を楽しむってことを覚えてもいいよねー」

「そ、そう、だよ、ね?」


 畳みかける二人に、段々夜咲花もその気になってきたみたいだ。指はもじもじさせたまま、ぺたんと座り込む。

 まだ、勢いの真っただ中にいたあたしは、『よし、これでコロッケが!』と、ぐっと握りこぶしに力を込めた。

 そんなあたしに水を差したのは、どこかのんきに間延びした、ルナの声だった。


「ホシゾラ一人で行くの? 帰ってこれるの? ルナは、ヨルサクハナがしんぱいだからアジトに残るよー?」

「………………」


 ハンバーグを口にくわえたままの紅桃も、眉間にしわを寄せながら、無言でこくりと頷く。

 今度はあたしが、笑顔のまま固まる羽目になった。

 言われてみれば、それもそうなのだ。

 最近は、ずっと三人一緒に行動していたから、なんかてっきり二人も月華を探す旅について来てくれるものだと勝手に思い込んでいたけれど。

 月下さん――月下美人は、魔法少女のアジトの主で、家にこもりっきり。

 夜咲花は、妖魔が怖くてお外に出れない引きこもり。

 今までは、あたしたちも探検が終わればアジトに戻っていた。でも、旅に出るとなれば、そういうわけにはいかない。

 魔法少女の活力の源である魔素をたっぷり含んだ赤い果実を採って来るにも、錬金魔法の材料を採って来るにも、人手がいるのだ。

 月下さんが採りに行けばいいんじゃない?

 という案は、却下だ。

 夜咲花は、一人では怖くてお留守番できないのだ。

 でも。でもだよ?

 紅桃かルナのどっちか一人が残ればいいんだし、どっちかはついて来てくれないかなー? という思いを込めて、二人を見つめてみる。

 見つめてみた、けど。

 ルナは、から揚げに夢中で、もう今の話には関心がないみたいだし、紅桃には気まずそうに目を反らされた。


 ルナ…………。

 すっかり、胃袋を掴まれおって。

 あたしと夜咲花を天秤にかけたんじゃなくて、あたしとから揚げを天秤にかけたね?

 そして、紅桃は。

 いや。紅桃は、まあ、しょうがいないか。

 女の子しか助けない月華と、実は男の子な紅桃。

 紅桃は見た目だけは極上な可憐系美少女なので、騙したって言うと人聞きが悪いけれど、まあうまいことやって月華に魔法少女にしてもらったのだ。

 だから、ちょっと月華のことが苦手なんだよね。

 もしも、男の子だってばれたら、月華から魔法少女の力を取り上げられちゃうんじゃないかって、心配してるんだ。

 月華も、さすがにそこまではしないんじゃないかなー、とあたしは思うんだけど。でも、本当に力を取り上げられて、ただの人間になっちゃったら。

 妖魔が蔓延るこの闇底では、死活問題!


 まあね、アジトの主は、月華じゃなくて月下美人だって言っていたから、追い出されることはない、と思うけど。でも、力を失ったら、今まで見たいに、気軽に一人でアジトの外には出られなくなっちゃう。

 そんなの、あたしだって嫌だよ!

 だから、まあ、しょうがないかって思う。


 そうなると。

 コロッケは、月華がアジトに帰って来るまで地道にひたすら待つしかないのかな。


 そう思って、がっくりと肩を落としかけたあたしに救いの手を差し伸べたのは、またしてもお姉さん二人組だった。


「あら、大丈夫よ。ね?」

「もっちろーん! 安心して、星空ちゃん! この闇底旅に慣れた月見チャンがー、一緒に月華を探してあげる!」


 優し気な笑みとともに、月下さんが月見サンに流し目を送ると、その先で月見サンが大きく頷いた。腰に両手を当てている。


「つ、月見サン! いいんですか?」


 あたしは、顎の下で両手を組み合わせて、うるうると月見サンを見つめる。


「いいんだよー! あたしも、月華がどんな顔してコロッケを食べるのか、見てみたいしねー♪」


 月見サンは、軽やかにウィンクを決めた。

 いや、もう。

 この際、理由は何でもいいです。



 こうして、あたしは月見サンと二人でまだ見ぬ闇底世界へと旅立つことになったのだ。


 まあ、この後すぐに、さっそく心くじけそうになったんだけどね。


「よーし! そうとなったら、月華のために、最高のコロッケを作るために、試作を重ねないと!」


 という、浮かれ切った夜咲花の宣言によってね!


 くっ! 待って! そういうことなら、月華探しは月見サンに一任して、あたしもコロッケの試作に協力したいんだけど! 味見係として!

 喉元まで出かかった言葉は、夜咲花の期待に満ちた笑顔で封じ込められた。


「待ってるからね! 星空!」

「ま、任せて?」


 そう言われたら、こう答えるしかない。

 力なく疑問形なのは、許してほしい。


「ま、まあ、ほら! 見事、月華を連れ戻ってきたら、最高のコロッケっていうご褒美が待っているんだよ! ガンバロ!」

「………………はい!」


 月見サンに励まされて、あたしは半分やけで力いっぱい頷いた。


 そうだよね!

 試作品は、あくまで試作品!

 どうせなら、最高のコロッケを目指さないとね!

 あたし、頑張るよ!

 最高のコロッケを食べるっていう、輝かしい未来のために、ね!


 ……………………。


 思い出すと、ちょっともやっとするんだけどね。


あと、思い出しついでというと、なんだけど。

 あの時、月下さん。

 好物のリクエスト、してなかった…………ような?

 何度、思い返しても、あの時のちゃぶ台には、月見サンのグラタンと紅桃のハンバーグと、それからルナのから揚げしか載ってなかったと思うだよなー。

 もしかして、リクエストする前に、あたしが容赦なく断られちゃったから、あたしに遠慮して言い出せなかったのかな?

 だとしたら、悪いことしちゃったかなー?


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