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第38話 針風の日

 針山マウンテンは、随分と風の強い場所だった。

 強すぎる場所だった。

 それも、なんかこう。

 針と針の間にだけ、無秩序に風が吹き荒れているというか。

 そんな感じなのだ。


 針山の中に入るまでは、風なんてほとんど吹いてなかった。

 なのに、針山の中に入ってしばらく進んだら、突然、突風が吹きだしたのだ。

 吹く方向も滅茶苦茶で、前から吹いて来たり、横から来たり、後ろからも来るし、上からも下からも来る。あんまり法則とかもないみたいで、なんか本当に、適当に滅茶苦茶に四方八方から突風がやって来るから、ほうきがなかなか進まない。

 右から横殴りの風が吹いてくるから、左に飛ばされないように右に寄るように力をいれて飛んでいたら、突然下から吹き上げられて上に飛ばされたりとか。ホントもう、そんなんばっかりで。


 もーう。どうなってんの、これ?

 自然の法則無視してない?

 誰かに、いたずらされてるみたいなんだけど!?

 しかも、翻弄されまくりだよ!


 行きたいところに辿り着かないとかいう問題じゃなくて、気を抜いたら柱に激突しちゃうよ!

 くっ。もう。誰だよ!? こんなところで、レースしようとか言ってたの!

 命がけにも、ほどがありすぎるよ!



「てゆーかー! もう、あきらめて帰りましょうよー! 針山から出たいー!」

「そうしたいのは、やまやまだけどー! 針山マウンテンだけにー!」

「そういうの、いいからー!!」

「って言ってもー、自分がすでにどこにいるのかも分からんしー! このまま風に飛ばされて、運よく針山の外に出るのを待つしかないかなー! これは、もう!」

「そんなぁー…………あああああああああ!!!」


 きりきり舞い舞いさせられながら、大声でのやり取りをしていると、今まで以上のえげつない風が襲い掛かって来て、吹っ飛ばされた。

 なんか、もう。絶叫を通り越した絶叫だよ!

 ジェットコースターなんてもんじゃない。

 巨大な洗濯機に放り込まれてスイッチ入れられちゃったみたいに回転しながら、どこかに飛ばされていく。

 何かをどうにかしないとなのに、何をどうすればいいのか分からずに、意地悪でえげつない風のなすが儘にどこかへ吹き飛んでいく。吹き飛ばされていく。


 せめて、激突は勘弁してーーー!!!

 出来れば、針山の外へ吹き飛ばしてーーーー!!!!


 心の中で叫びながら、激しく回転していると、何かにボスンとぶち当たった。

 そのまま、ほうきごと、ぽてりと下に落ちる。


 え、ええと?

 何があったの?

 何か、ふかふかっとしたものに受け止められたような?

 ふかふかの正体を確認しようと、ヨレヨレと身を起こしてはみたものの、ぐるんぐるんに目が回っていて、もう何が何やら……。

 も、もう少しだけ、休憩させてくりゃさい…………。

 せっかく体を起こしたのに、あたしは再び、ひんやりとした床らしきところにパタリとれ込んだ。




「こーんな、針風の強い日に、針谷の中にやって来るとはのー。まったく、アホなことをしたもんじゃのー」

「やー、ごめんねー、星空ほしぞらちゃん。前に来たときは、風なんて吹いてなかったからさー。まさか、こんなことになるなんてねー。まあ、ちょうど吹き飛ばされたところが、けだじいのねぐらでよかったよー。けだじいが体を張って羽毛で受け止めてくれたおかげで、大したダメージもなかったし」


 カラカラと笑う月見つきみサンはそっちのけで、あたしは目をぱちくりしながら、目の前の物体を見つめまわした。

 えーと、ここは。

 いくつかあった針の柱の一本の内側っていうか。

 キツツキの巣みたいに、柱をくり抜いて作った小部屋的な。

 目の前の物体、“けだじい”の住処なのだ。


 けだじい。

 たぶん、毛玉のおじいさんの略なんだろう。

 とても、立派な毛玉だ。

 突風に吹き飛ばされたあたしと月見サンの二人を余裕で受け止める超ビッグサイズの毛玉だ。

 光沢のあるグレーの毛玉だ。

 ツヤツヤふさふさしている、毛玉だ。

 どうやら、この人……いや、この妖魔が、月見サンの言っていた鳥型の妖魔……らしいのだが。

 鳥型の妖魔…………って、月見サンは紹介してくれたんだけど。

 …………………。

 いや、どこからどう見ても、毛玉だよね?

 毛玉型妖魔だよね?


「え、と。あの、けだじいさんは、本当に鳥の妖魔なんです……か?」

「ん? わしは……」

「えー? 何言ってるの、星空ちゃん! けだじいは鳥型妖魔だよ! だって、空を飛んでたもん!」


 疑問を恐る恐るぶつけてみると、けだじいさんは何やら言いかけたのだが、月見サンがそれを遮るようにしてえへんと断言する。

 ん、んー。

 それ、飛んでたっていうか、浮いてただけとかじゃないのかなー?

 けだじいさんは、ふっかふかの長毛種だけど、羽毛成分はどこにも見当たらないし。

 羽ばたいてたんじゃなくて、浮遊していただけなんじゃないかなー。


 なーんて、思いながら毛玉を見つめてみる。

 目とか口とか、どこかにちゃんとあるんだと思うんだけど、毛足に埋もれてどこにあるのかは分からないので、今一つ何を考えているのか分からない。

 毛玉は、視線を感じたのか、ゆーらゆーらと前後に揺れる。


 えーと。

 それは、“はい”なの? “いいえ”なの? それとも、どっちでもないの?

 …………………。

 まあ、いいか。別に、どっちでも。

 よく分からないけれど、あたしは頷きを返しておいた。



「あ。それでね、けだじい。あたしたち、月華つきはなを探してるんだけど、どこかで見かけなかった? それか、噂とか聞かなかった?」

「月華?」

「そう。月華」


 あたしと毛玉の間の、心が触れ合ったようなそうでもなかったような微妙な雰囲気には気が付かずに、月見サンがさらっと話を変えてきた。

 まあ、それが今回の本題ではあるんだけどね。


「月華……のう」


 けだじいさんが、今度は右に左にとゆんらゆんらし始めた。

 ゆんらゆんら。ゆんらゆんら。

 ……うっかり眠くなり始めたところで、毛玉はぴたっと動きを止めた。


「うむ。知らんのう。ここいらには、来とらんのじゃないかのぅ。それらしきヒトのおなごには会わんかったし、見かけたこともない、噂を聞いたこともないのぅ。ここいらでは、あんまりヒトや魔法少女とやらは見かけんのぅ。わざわざやって来るのは、おぬしくらいのもんじゃ」


 がくってなったのは、がっかりしたからであって、決して寝ていたからじゃないんだよ?


「そっかぁ。残念ー。まあ、そうじゃないかとは思ったけど」


 今度は、本当にがくってなった。


「ええー!? ちょっと、どういうことですか、月見サン!? まさか、空振りって分かっていてあの突風の中をわざわざ!?」

「いやいや、突風は本当にたまたま偶然ぶち当たっちゃっただけだし! ここが一番アジトから近かったんだもん! それに、ほら! 万が一ってこともあるし!」

「針風なんぞ、滅多に吹かんのに。運が悪かったのぅ。おまけに、空振りとは。ご愁傷様じゃのぅ。まあ、風が止むまでゆっくりしていくといい」

「あ、はい。ありがとうございます」

「あっりがとー。ごめんねぇー、けだじい」


 じゃれ合うような言い争いを始めたところで、けだじいさんがのーんびりと声をかけてきた。別に、あたしたちを諫めようとか、宥めようとか、そういう感じではなかったけれど。


 はい。すみません。

 ここは、人様のお宅でした(人じゃないけど)。

 しかも、アポなしで大突撃をかましたんでした。


 風が止むまで、大人しく待ってます。

 反省の意を込めて、ひんやりした石の床の上にちんまりと正座する。


「星空ちゃーん。そんなに畏まらなくていいから! ほら、こっち来て、けだじいをナデナデしたり三つ編みにしたりして、時間をつぶしましょ!」


 正座を始めたら、月見サンに手招きされた。

 月見サンは、もうさっそく、けだじいさんの毛並みを撫で繰り回している。


 え?

 や、やりたいけど、いいの?

 いいの?


 真似していいものかどうか分からなくて、膝立ちになったり正座になったり、膝立ちになったり正座になったりを繰り返していると、けだじいさんがのんびりとお許しの言葉を。


「まあ、好きにくつろいでいいぞぃ」

「あ、ありがとうございますー!」


 若干、呆れている感はあったけど、怒ってはいなさそうだったので、誘惑に負けてあたしも毛玉の毛並みを堪能させてもらうことにした。


 あ、ああ。

 すっごい、サラつや。

 こう、なんていうの?

 お高いトリートメントとか使ってそうな手触りなんですけど?

 毛玉型妖魔なんて、すっごい埃っぽいイメージなのに。

 シャンプーしてトリートメントしてブローしたてな感じの、極上の手触りなんですけど!?

 ふわぁぁあ。

 き、気持ちいい…………。



「星空ちゃん、星空ちゃん! 外、晴れたよ!」

「ん…………?」


 おや?

 毛玉妖魔の極上毛並みを堪能しているうちに、どうやら居眠りをしてしまったみたいだ。

 月見サンに揺り起こされて、目を覚ます。

 ごしごしと目元をこすりながら、あくびを一つ。


「ほらほら、早く、見て! すっごいよ!」

「ふぇ?」


 何やら興奮している月見サンに腕を引かれて、ぼんやりしたまま顔を上げ、そして。


 息をのんだ。

 っていうか、一瞬、呼吸を忘れた。


「う、うわぁ…………」


 ぽっかり空いた小部屋の出入り口へと駆け寄り、外へと身を乗り出す。


 縦横無尽な強い風はすっかり止んでいて、外は明るかった。

 と言っても、晴れた空の、青空の明るさではない。

 闇底流の、明るさ。


 針の柱にみっちりと生えたとりどりのキノコや苔が、色鮮やかな光を放っているのだ。

 鮮やかな、黄緑の光。

 でも、黄緑と言っても、いろいろで。

 緑が強い光もあれば、黄色のほうが強めの光もあって。

 それが、チカチカと瞬いているせいで、何とも幻想的なのだ。

 どちらかと言えば薄ぼんやりした感じの、闇底にしては珍しい、くっきりとした鮮やかな光。


 雨で埃が洗い流されるみたいに、風で埃が吹き飛ばされたから、こんなに鮮やかに光っているのかな、と思ったけれど、そうではないみたいだった。


「けだじいに聞いたんだけど、あの風で古いキノコや苔が一掃されて、風が止んだら一斉に新しいのが生えてくるんだって。つまり、今が一番いい時! 生まれたての新鮮なキノコや苔たちの鮮やかな光!」

「そ、そうなんですね…………」


 突風は大変だったけど、でも、これが見れたのは、よかったかな。

 なんたって、一番いい時だもんね。

 うん。闇底に来てから、こんなに鮮やかではっきりした光を見たのは、これが初めてかも。


「星空ちゃん。あたしは、君にこれを見せたかったんだよ。このために、あの突風をくぐりぬけてきたのさ!」

「それは、嘘ですよね」


 月見サンがあたしの肩に、ぽんと手を置いた。

 幻惑的な景色に感動しながらも、あたしはどこか冷静にそれに答える。

 針山マウンテンに突風が吹くなんて、知らなかったって言ってたじゃないですか。


 でも、まあ。

 そう言いたくなる気持ちは分かる。


 だって、あたしも今、思ってるもん。



 アジトで引きこもっている夜咲花にも、これを見せてあげられたらなぁ、って。


 いつか。

 いつか、そう出来たら、いいな。

 そんな日が来たら、いいな。


 キノコの明かりを見つめながら。

 心の奥底で。

 そんな願いが、仄かに灯った。



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