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第41話 コロッケの危機

 “フラワーアレンジやまー”。


 少し前まで、それは。

 この闇底で、乙女的に一番輝いている名前だった。

 今より少し前の、ほんの一瞬の間だけだったけれど。


 今では、今となってはその名前は。

 あたしにとって、この闇底の世界で、一番病んでいる名前だ。



「ねー、月見つきみサン。“もと”の話を聞いてから、“やまー”が“病ー”に聞こえちゃうんですけど。病んでる感じのやまーになっちゃうんですけど。スクラップにされた人形が思い浮かんじゃうんですけど。どうしたらいいですか?」

「うーん、そうだなー」


 やまーが今、ここにいないのをいいことに、一応念のため、ホントに近くにいないかを確認してから、月見サンに尋ねてみた。

 空を飛ぶ楽しさに目覚めたやまーは、たまにフラッと一人で姿を消すことがあるのだ。

 最初は、喜んだ。悪いけど、喜んだ。

 やっぱり一人旅がよくなっちゃったのかな、とか思って。

 それらなら、それで。お互いの道を行こう! とか思って喜んだ。

 でも、違った。

 ぬか喜びって、やつだった。

 いなくなったはずなのに、ふと気が付くと、真横を音もなく飛んでいたのだ。

 幽霊に遭遇するよりもビビッて、思わず絶叫しそうになった。

 絶叫しそうになったけど、あまりにも驚きすぎて、むしろ声が出なかった。口だけ、絶叫の形になっていた。


 やまーがいなくなってから、全然、滅茶苦茶な方向に飛んだり、下に降りて物陰に身を潜めてみたりもしたんだけど。うん、ごめん。悪いとは思いつつも、うまくまけたらいいなー、なんて思ったりもして。

 でもね。なぜか、気が付くといるんだよ。

 心霊現象みたいに。

 本当に、心霊現象なのかもしれない…………。

 怖。


「あ、そうだ。だったら、次からフラワーって呼ぼう!」

「フラワー?」


 ぎゅん! と速度を上げて、月見サンが言った。

 それは、まあ、まんま見た通りの名前ですけど。


「うん、そう。フラワー。フラワーアレンジやまーが奴の名前でしょ? 名前の一部なんだし。名前のどの部分を呼ぶのも、呼ぶ方の自由だよね!」


 問題解決! とばかりに、月見サンはカラリと笑った。

 一理ある……ような気もするけど、やまーの方はなんて言うかなー?


 なんて思っていたら、スッととなりに小花に包まれた生き物が現れた。

 小花で作ったコスチュームを着た、やまーだ。

 ひ! と言いかけたのを、慌てて飲み込む。


「あ、おかえりー! フラワー!」

「フラワー?」


 何の前置きもなく、当たり前のように新しい呼び方をした月見サンに、やまーは首を傾げる。


「そ。フラワー。今度から、そう呼ぶから!」

「わたしのことは、やまーって呼んで。大切な名前なの。そう言ったでしょ?」

「うん。聞いたけど。でも、“もと”への思いは、もう葬ったんだよね?」

「………………」


 月見サンにサクッとズバッてされて、やまーは押し黙る。

 怒っているのか、悲しんでいるのか、どうなのか。

 よく分からない。

 怖くて、見れない。

 まあ、やまーは何を考えているのかあんまり顔に出ないので、見ても分からないかもなんだけど。


「つまり、新しい自分に生まれ変われと?」

「そうそう。新たな恋に生きるのなら、過去の恋を引きずった名前じゃなくて、新しい名前が必要じゃない?」

「確かに、その通りかも」

「でしょー? だから」

「考えておく」


 『だから、フラワーでいいよねー?』

 って、月見サンは言うつもりだったんだろうと思う。何が、“だから”なのかは、ともかく。

 でも、やまーはその先を言わせなかった。

 といっても、わざとじゃなくて、単にあんまり聞いてなかっただけっぽいけど。

 言わせてもらえなかった月見サンのほうも、あんまり気にしていないようだ。

 じゃ、決定! とか、勝手に思ってそう。


 ま、まあ。やまーは、改名する気があるみたいだし。

 とりあえず、解決ってことでいいのかな?

 決まるまでは、あたしもフラワーって呼ぶことにしよう。うん。


「ふ、ふふ。月華つきはな、早く会いたい。あなたが新しく生まれ変わるとき、わたしも新しいわたしに生まれ変わる……。ふふ、楽しみ…………」


 解決、解決ー! なーんて思って、肩から力を抜いたとたんに、隣から怪しげな含み笑いが聞こえてきましたよ!?


「ちょ、月見サン! 月華を男の人にする計画実行の決意を新たにしちゃってますよ!? どうするんですか!?」

「え? あたしのせい? どっちにしろ、その計画はフラワーの脳内で密かに確実に進行してたと思うよ?」

「それは! そうかもですけど!」

「あ、そうだ。フラワーの目にだけ月華が男に見えるような幻覚系の魔法をかけちゃえばよくない?」

「そんな魔法、使えるんですか!?」

「分かんない。でも、ほら。先に月華に事情を話して、月華にかけてもらえばいいんじゃない? 月華なら、ほら。出来るかもしれないし。…………まあ、出来たところで月華がうっとーしい思いをするのは変わらないと思うけど。あれに常時付きまとわれるとかさ」


 確かに! 月華、可哀そう!


「まあ、でもさ。月華なら、フラワーを怒らせちゃったりしたところで、スプラッタやスクラップにされることはないだろうし。その辺は、安心だよね?」

「それは、そうかもですけどー!」


 そりゃ、フラワーを魔法少女にしたのは月華だし、月華の方が強いはずだし、月華が負けるとかないと思うけど!

 さすがに、月華が気の毒っていうか。

 いや、意外と気にしなかったりするのかな?


 いや、でも。

 でもだよ?

 たとえ、そうだったとしても。

 あたしの目的は!


 月華をアジトに連れ帰って、夜咲花よるさくはなに絶品コロッケを作ってもらうことなのに!


 フラワー、きっと絶対、ついてくるよね?

 そうなったら、どうなっちゃうの?


 いや、うん。分かってる、分かってるよ。

 夜咲花は、月華大好きっ子だもん。

 月華がたとえ気にしなかったとしても、月華にうっとうしく付きまとうフラワーとか見たら、夜咲花は絶対に怒る。

 怒るに決まってる。

 なんで、あんなの一緒に連れ帰ってきたのって、絶対に怒るに決まっている。

 あたしに!!


 そうなったら。

 もう、コロッケは作ってもらえないかもしれない。

 ううん。月華が食べたいって言えば、きっと作ってはくれるだろう。

 でも、あたしには、食べさせてくれないかもしれない。

 たぶん、きっと、絶対そう!


 どうしよう。

 コロッケの危機!


 コロッケの危機だよ!!


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