「ココハナ…………」
衣装が妖精風な魔法少女にすっかり興味をなくして、キノコトランポリンへ戻ろうとしていたフラワーが、ピタッと足を止めて、スローモーションで振り向いた。
なんか怖いから、普通に振り向いてほしい。
「え? あ、はい! 心に花で“ココハナ”です! あ、もちろん、簡単な方の、草冠の方の花ですよ!?
フラワーはたぶん、“花”って単語に反応しただけだと思うんだけど、妖精風魔法少女は、何やら一人で勝手に弁明を始めた。
あと、言いたいことは分かるけど、“花”も“華”も、どっちも草冠だよ?
そこは、草花の花でいいんじゃないかなー。普通に。
「ふ、ふふ。野に咲く一輪の可憐な花が、思いを遂げることで、大輪の花となって華やかに咲き誇る。いい。ふ、ふふ……。いい…………」
ひ、ひぃ!?
なんか、フラワーがぶつぶつ言いながら遠くを見つめだした。
そして、きょとんとした顔をしている妖精風魔法少女に向かって、小さなキノコたちを踏みしめながらも、流れるように足を進める。
妖精風魔法少女の前に立ったフラワーは、その肩にしっとりとした動きで手を置いて、よく言えばミステリアスに笑った。
正直に言えば、不気味で怖かった。
「あなたは、たった今から、“心春”。なぜなら、わたしが“心花”となるから」
で、でたよ!? わがまま理論!!
「月華を探して、この思いを遂げた時、わたしは華やかに生まれ変わる……」
初対面の女の子の肩に手を置いたまま、遂げてはならん思いについて、密やかに熱く語ってらっしゃいますけど!?
だいたい、人様が考えて、まだどっちにしようか迷っている最中のお名前なのに、何勝手に自分のものにしちゃってるの? ダメでしょ!
詳しく知りたくない妄想に浸るのは、せめて使ってもいいって、あの子から許可をもらってからにしようよ!
ほら、あれだよ。『やっぱり、私も心花がいいです』とか思ってたりしたら、どうするの!?
一言、言ってやらねば!
と、勢い込んだんだけどね?
うん。何か、空振りだった。ていうか、余計なお世話だった。
妖精風魔法少女は、わがまま理論爆発のフラワーに怒るでも困るでもなく。
うん。なんかね?
両手を顎の下で組む乙女のポーズで、お目目をきらきらさせて、自分よりも背の高いフラワーの顔をうっとりと見つめていた。頬はほんのりピンクでさ。まるで、恋でもしちゃったみたいだよ。
「ああ…………。今は、ただの
妖精風魔法少女が思っている“禁断”とは、ちょっと違う種類の“禁断”だけどね。
人として、やっちゃならん類の“禁断”だけどね!
本人に無断で、女の人を男の人にしちゃうとか! か!
「素敵です。素晴らしいです! ああ……! きっと、私がずっと、心花か
「ふ、ふふ……。そう、つまりは、そういうこと」
フラワーが、なんか調子に乗ってるよ!
なにが、そういうことなんだよ。
いや、まあ。妖精風魔法少女がそれでいいなら、いいけどさ。
「では、今から私は、月の騎士・心春って名乗ることにします。それでは、みなさん。これから、よろしくお願いしますね!」
妖精風魔法少女改め心春は、ぴょこんとお辞儀をした。
あれ?
なんか、一緒に来ること、確定してる? ん?
いや、ここに一人で置き去りにするのは、どうかとは思うけどさ。
ほら、フラワーと気が合うみたいだし。フラワーと気が合う子と一緒に旅をするのは、ちょっとアレな感じだし。なんなら、ほら。気の合う二人は、気の合う二人同士で旅をしたらいいんじゃないかな?
「ふふふ。たった今から、私の名前は、ムーンナイト・フラワーアレンジ・ハートフラワー。…………フラワーハートの方が、おさまりがいい?」
あたしたち三人の誰とも目を合わさずに名乗るフラワーさん。
誰に言ってるの?
それと、ムーンナイトかフラワーアレンジか、どっちかにした方がいいんじゃないかな? 長すぎる。あと、普通に心花でいいじゃん! そもそも、他人様から奪った名前なんだからさ。アレンジしないで、そのまま使おうよ?
花から華へ、華麗に変身する話はどこ行った?
…………………………。
うん、まあ。どうでもいいか。フラワーは、フラワーだし。もう、何でも好きなように名乗っていいよ。
何をどう名乗ろうが、フラワーはフラワー。
はい、決定!
だって、フラワーだし!
「えーと、そしたら。次は、あたしがいきまーす。マジカル・ウィッチ☆
ピースサインでピッと敬礼をして、月見サンが明るく名乗った。
改名は、なんて呼んだらいいのか混乱しそうなので、出来れば止めといてください。
なんて思ってたら、月見サンと心春の視線があたしに流れて来た。
あ。次は、あたしの番か。
え、えっと。
「ま、魔法少女の
あ、ああ~! 首とか傾げてる場合じゃないよ、あたし~!!
突然すぎて、個性が足りない地味な感じのアレになった!
激しく、決まらなかった!
もっと可愛く、魔法少女らしく決めたかったのにぃ!
ポーズとか!
二つ名的なアレとか!
もっと、こう、いろいろ、可愛く!
もっと、こう!
突然、振られても素敵可愛く名乗ったり、技とか術とか使えるようにならなきゃ!
魔法少女力!
魔法少女力が、足りない!
圧倒的に足りない!