「あー。そういや、そんな話、あったねー」
「サトーさん、ですか?」
「サトーか…………」
「サトー、ね…………」
サトーさんと聞いたとたん。
たはー、と
キノコの森の引きこもりだった
淡々とした
フラワーだけは、相変わらず月華を鑑賞中です。
ま、まあ。無理やりにでも男にしてやるー、とか暴走されるよりは、大人しく鑑賞してくれてるほうがいいんだけどね。
「そういや、あの“道”って、月華には使えないの?」
心春にサトーさんのことを説明してあげようと思ったら、ふと、って感じで月見サンが言ったので、あたしは口を開きかけたまま、心春から月華&雪白へと視線を移す。
それ、あたしも気になる。
ごめん、心春。サトーさんのことは、後で説明してあげるから。ちょっと、待ってて。
とはいえ。あたしも、サトーさんは胡散臭い感じのおっさんで、話の半分は嘘だから、あんまり信用しちゃいけない、くらいのことしか知らないんだけどさ。会ったのも、一度だけだし。まあ、いろいろ気になることは言っていたけど、それは心春にはあんまり関係ないことだしね。
で、肝心の月華のお答えはと言うと。
なんというか、あっさりしたものだった。
「使えない。使い方が分からん」
「まあ、流派が違うしねぇ」
「流派?」
「流派!? どういうことですか!?」
「あー、なるほどー。それぞれ、専門っていうか、得意としている術が違うってこと? で、門外不出だったり?」
普通に首を傾げるあたしと、何やら激しく反応している心春と、ふむ、と頷いて、さらに何か分かった風な質問を重ねてくる月見サン。
月見サンは、“地上(あたしたちがもともといた世界のことだよ。現実・日常・日本! て、感じ!)”にいた頃は普通の一般人だったはずなのに、何やら詳しかったりするのは、闇底生活が長いせいなのかな? それとも、月下さんとかからいろいろお話を聞いたからなのかな?
月華に月下さん、それからサトーさんは、地上にいた頃は、えーと霊能者とか祓い屋とか、まあそういうオカルトな感じの商売をしているお家で育ったんだって。地上にも妖魔はいるらしくて、術を使って妖魔をやっつけたりとか、そういう感じ?
雪白は、まあ。妖魔だから、いろいろ詳しいんだろう、たぶん。
そういえば、心春はその辺のこと、知らないんだっけ?
あとで。それも、あとで説明するから!
「まあ、そういうことね。月華のところは、妖魔を使役する術に長けていることで有名ね。サトーのことは、よく知らないけれど。“扉”や“道”と言われる技術を使う一門があるっていうのは、聞いたことがあるわね」
月華に代わって、雪白が答えてくれた。
妖魔を使役する術……。それって、つまり。
「なるほど! つまり、こういうことですね? 月華は、かの高名な陰陽師である安倍晴明の末裔であると! モンスターを仲間にするように、契約によって妖魔を使役し、闇に染まった妖魔を殲滅するのが使命であったと! そして、この闇底の世界では、その契約の力で私たちに魔法少女としての力を与えたということですね! 妖魔を殲滅するために!」
心春が突然、ブランコの上に立ち上がった。ペンギンバルーンからぶら下がっているブランコが、反動で揺れる。
心春は、それに動じることなく、目をキラッキラに輝かせている。
な、何かのスイッチ入っちゃったよ。
てゆーか、安倍晴明はともかく、大体、合ってる?
もしかして、心春って、頭いい?
今までの話の流れで、あたしよりも分かっちゃってる?
余分な設定も、いろいろ加わっているような気もするけど。
そして、サトーさんのことは、どっかに吹っ飛んじゃってるね……。
「殲滅は、しなくていいわよ」
「はっ! そ、そうですよね! 殲滅するのは、魔法少女の敵となる妖魔だけですよね! 雪白さんの前で、失礼しました!」
「いや、私のことは別にいいけど」
あきれたような雪白の声がして、心春は敬礼とともに雪白に謝る。
確かに、失礼だな。まあ、雪白は、そこのところはあんまり気にしてないみたいだけど。
「安倍……晴明…………」
「無関係だ」
あたしでも知っているかの有名な陰陽師は、フラワーの心もくすぐったらしい。睫毛をふるふるさせながら月華を見つめているけど、月華はバッサリいった。一太刀、って感じだった。
そっかー。無関係か。まあ、さすがにそれは出来すぎだもんね。
ちなみに。心春は、月華のバッサリ発言が耳に入っていないみたいだった。「安倍晴明の末裔にお仕えする、月の騎士である魔法少女……ふふっ。ふふふ…………」とかぶつぶつ言ったり、気持ち悪く笑ったりしている。
あんまり設定を詰め込みすぎると、なんだかわけが分からなくなると思うけど。てゆーか、もう、なってるけど。まあ、いいか。あたしと月見サンがどうのこうの言われるよりも、こっちの方がまだましだしね。
うん。あたし的には、全然、オッケー。
むしろ、オッケー。
「えっとー。で、これから、どうしよっか? 華月が“道”を使ったなら、実質お手上げってことだよね? 月華も雪白も、“道”のことは詳しくないみたいだし。サトーなら、何か知っているかもしれないけど、あいつもたいがい神出鬼没だしねー」
脱線しかけていた話を戻してくれたのは、頼れるお姉さんの月見サンだった。
そうだった。
あたしたち、華月を探しに来ていたんだった。
みんな、月華を見る。
フラワーは、もとから見ていたけど。
月華は、いつものように淡々と答えた。
長い睫毛の先は、月見サンに向かっている。
揺るがない瞳。
よく晴れた冬の夜空を照らす月のような、冴え冴えとした美しさ。
答えに、迷いはない。
「その妖魔を許すつもりはない。見つければ、倒す。サトーを見かけたら、話を聞く。だが、とりあえず今は、
「闇鍋?」
「闇鍋!?!?」
「闇鍋……?」
「闇鍋!」
珍しく。
月華と雪白以外の、みんなの声が重なった。
まあ、その一声に込められた思いとテンションはそれぞれ違うけど。
月見サンは、たぶん。
何をしに?
とか、そんな感じ。だと思う。
心春は。
…………なんだろう?
たぶん、闇鍋がなんだかは知らないはずなんだけど。
激しく反応してたよね?
また、何か勝手に妄想してるのかな。うん。よく分からない。分からなくても、いい。たぶん、分からない方がいい。
で、フラワー。
これは、普通に何だろうって、首を傾げている感じ。
ああ。フラワーの言動に普通さを感じるなんて。
世も末!
…………って、こういう時に使う言葉で、いいんだよね?
まあ、もうテストとか関係ないから、別に間違っていてもいいんだけどね。
で、最後。
あたしは、普通に驚いていた。
月見サンがアジトに来た時にも聞いたことのある単語が出てきて。
初めてその単語が出てきたときは、他に気になることがあったから流しちゃったんだけど。今は、ちゃんとその意味を知っている。
紅桃が、興味津々だったからね。
闇鍋が何なのか、ちゃんと聞いたさ。
――闇鍋。
もちろん、地上でいうところの闇鍋とは、意味が違う。
闇底でいうところの闇鍋、とは――。
地上の人間たちを真似して妖魔たちが始めたー、妖魔のための妖魔によるー、闇底限定なんちゃって市場のことでしたー!
なーんて、月見サン風にしてみたけど。
別に、引っ張るほどの内容じゃなかったり。
ただねー。
なんちゃって市場の“なんちゃって”っていうのがどういう意味なのか、あたしもまだ知らないんだよねー。
まあ、妖魔の市場だから、人間の市場とはいろいろ違うところはあるんだろうけどさ。
気になる!