で、まあ。
魔法少女会議の結果、どうなったかと言うと。
結局、あたしたちは。
だって、面白そうだし。
今は、打つ手なしみたいだし。そっちは、いったん保留ってことで。
闇鍋市場にはいろんな妖魔がやってくるので、もしかしたら何か情報が手に入るかも、って
決して、ただの興味本位とかじゃ、遊びに来たわけじゃないのだ!
…………ま、まあ、ちょっとは、ワクワクしているけどさ。
ちょっとだけ、だから!
てなわけで。月華の案内で連れてきてもらった闇鍋は。
いや、案内というか、勝手についてきただけなんだけどね。
えー、それはともかく。
闇鍋は、市場って言うよりも。
お祭りとか縁日とか、そんな感じ、だった。
だから月見サン、“なんちゃって市場”って言っていたのかな?
と言うのもだよ。
まあ、これは。まだ闇鍋市場に降りる前、空から見た様子なんだけどね。
まずね。まあまあ広い石畳の大通りがドーンとあって。その両脇に、ずらっと屋台が並んでいるのだ。大通りから、路地っぽい細い道もいくつか通っていて、そっちにも屋台があるっぽい。
でも、大通りは、提灯がたくさん出ていて、割合に明るいんだけど、路地の方はほとんど灯りがなくて、治安が悪そうな感じ。いや、闇底の治安って、何? って気もするけど。
屋台を覗き込んでいる妖魔や、買い食いをしている妖魔、通りをぶらぶら歩いている妖魔が闇空からも見えた。
なかなか賑わっているようで、見ているだけでワクワクしてくる。
まあ、気になることも、ないではないけど。
…………大通りの先にある、石の階段を上ったところに、いかにも鳥居が壊れちゃいました、みたいな赤い柱が二本立っているんだよね。そして、鳥居の向こう側が、真っ暗闇なんだよ……。
これが、その、ね?
真っ暗闇の塊があるっていうか。なんだろ。黒い色のカプセルの半分で、カパッて蓋をしちゃいましたみたいな感じ?
闇底って、名前の割には暗くないっていうか。ホタルモドキとかがあちこちに飛んでいて、仄明るいというか薄暗い感じで、本当の暗闇って、あんまり見かけたことないんだけど。
鳥居の向こう側は、本当に本物の真の暗闇って感じなんだよ。
なにかあの中で、得体のしれないものが眠っていそうな、そんな感じがするのだ。
てゆーかさ。あそこは、本当ならお社があるところだよね?
なんで、あんなんになっちゃってるの?
…………………………。
深く考えるのは止めとこうか。
ここは、地上じゃなくて、闇底なんだから。
まあ、きっと。そういうことも、あるんだろう。そういうことに、しておこう。
さてさて。
あたしたちを連れて、闇空を飛んでいた月華は。
闇鍋市場の大通りの手前まで来ると、そこでピタッと止まって振り向いた。
「私は、ここで用がある」
それだけ言うと、一人でスーッと大通りへ降りて、人込みならぬ妖魔込みの中へと消えていく。
きっと、ついてくるなってことなんだろうなー、と思って。あたしたちは無言でそれを見送った。フラワーだけは、後を追っていったけど。
あれは、もう、放っておこう。
たぶん、残りの二人も同じ意見なんだろう。呆れているような気配は伝わって来たけど、誰も何も言わなかった。
「さて。残ったあたしたちは、どうしよっか? 実は、あたしも空から様子を見たことがあるだけで、実際にあそこへ行ったことはないんだよねー」
「え?」
「そうなんですか?」
フラワーの姿が妖魔込みの中に紛れたところで、月見サンが、たははーと笑った。
あたしと
だって。
なんか、意外で。
月見サンのことだから、てっきり闇鍋体験済みだと思ってた。お店の選び方とか値切り方とかもばっちりで、「闇鍋の歩き方なら、あたしに任せなさーい!」とか言うかと思っていたのに。
「いやー。あれだけの妖魔の中に、単身で乗り込むっていうのも、どうにも気後れしちゃってねー。まー、いざとなったら空を飛んで逃げればいいかとは思ったんだけど。市場の真似事が出来るってことは、ある程度の知能がある妖魔ってことでしょう? それに、あれだけの規模の市場をずっと続けられているってことは、取りまとめている妖魔がいるってことじゃない? そいつは、たぶんかなり頭もよくて力も強い妖魔なんじゃないかと思うし。それに、なんのために、こんな市場を続けているのかも分からないしねー。うっかり捕まって、商品にされちゃっても嫌じゃない? ま、君子危うきに近寄らず、ってことで」
「なるほど、確かに! 慎重なのは、いいことだと思います! でも、華月の情報を得るには、多少の危険は承知の上で、敵地に足を踏み入れてみるべきでは!? 今回は、魔法少女が三人もいますし! 近くには、月華もいることですし!!」
月見サンは、慎重派なんだなー。
あたしだったら、何も考えずに、わーって屋台に突撃して、うっかり捕まって商品にされちゃうところだよねー。ぶるぶる。
てゆーか、商品!?!?
しょ、商品にされちゃうの?
檻の中に閉じ込められて、なんだかでっかい感じの妖魔に「お、うまそうだな」なんて言われてお買い上げされちゃう自分の姿をつい想像。
さっきまでのワクワクが、スーッとどこかへ消え去っていく。
お空の上から見守っているだけでもいいような気がしてきているけど、でも、心春の言うことももっともだし。華月の情報が欲しいなら、手分けして聞き込みをした方がいいよね? ってことは、三人バラバラで行動、ってことになるのかな?
でもでも、単独行動は、月見サンでも気後れ? しちゃうくらいだし。うっかり捕まって商品にならない自信がない。
うう。心春は、早く市場に降りたくてうずうずしているみたいだけど。
月見サンは、どうなのかなー?
「まあ、そうなんだよねー。月華がいるなら、大丈夫かな? でも、行動は三人一緒で! これは譲れない。特に、星空ちゃんは一人にしたら迷子になった挙句に、うっかり捕まって商品にされて、さっそく買われて食べられちゃったりしちゃいそうだし!」
だ、断言された!?
でも、おっしゃる通りだと思うので、あたしは大人しく頭を下げて、むしろこちらからお願いした。
「…………はい。あたしも、そんな気がものすごくするので、ぜひ、そうしてください。よろしくお願いします」
「だったら、お二人で回ってきてください! 私は一人で、聞き込みをしますから! 大丈夫です! 私のことなら心配いりません! 何かあったら、妖魔なんて殲滅すればいいだけのことですし!!」
下げた頭を上げないうちに、心春がなぜか弾んだ声で、そんなことを言いだした。
空中ブランコの持ち手を掴む両手に力が入りすぎたみたいで、持ち手の上に繋がっているペンギンバルーンがゆんらゆんら揺れている。
いや、まあ。なぜかも何も。あたしと月見サンを二人きりにしてあげようとか、余計なことを考えたんだろうけど。
まあ、心春なら、妖魔に何かされようものなら、ホントに殲滅しちゃいそうだし。あたしは、月見サンとペアになれるなら、それでいいし。
それでもいっかー、とあたしは思ったんだけど。
月見サンは、あっさり反対した。
殲滅、と聞いた途端に、なんだか体がピシッと固くなった……ような気がする。
「はい、却下。闇鍋に行くなら、三人一緒! 反論は認めませーん!」
「ええ!? どうしてですか!?!? せっかくのデートのチャンスを!! こっそり後をつけて様子を窺ったりとか、そんなことはしませんよ!?!?」
でも、却下を告げる声はいつもの月見サンだったので、もしかしたら気のせいかも。
そして、心春さーん。声が裏返ってますけど?
「デートって、遊びに行くんじゃないんだぞー? 初めての場所だしー、妖魔のテリトリーだしー。何があってもいいように、最初は三人で回ったほうがいいと思うんだー。あと、殲滅は禁止ー! さすがに、ここにいる妖魔全員を敵に回しちゃうのはねー。妖魔を殲滅とか騒いだら、面倒くさいのが出てきそうだし」
「大丈夫です! 必ず、殲滅して見せます!!」
「いやいやー。ええっとー。あ、そうそう! 月華もここに用事があるみたいだったじゃない? ほらほら、市場だからこそ、手に入るものとか情報とか、あると思うのよねー。つまりー、月華にとっても、闇鍋は必要なものなのよ! なのに、ここにいる妖魔を殲滅しちゃったら、闇鍋市場自体がなくなっちゃうじゃない? そうなったら、月華も困っちゃうんじゃないかなー?」
「むむ! それは、そうかもしれませんね! 殲滅するのは、その辺を月華に確認してからにしましょう! 月華を困らせるのは、本意ではありませんから!」
何やら、話はまとまったようだ。
確かにねー。
心春を一人で妖魔たちの集まる中に放つのは、逆の意味で危険な気が、あたしもする。
妖魔を殲滅―! とか言われたら、妖魔たちも黙っていないだろうし。これだけの数の妖魔に一度に襲い掛かられたら、月華だって勝てるかどうかって感じじゃない?
うん。無用な争いは避けるに限るよね。そういう意味で、心春は心春で、野放しにしちゃいけないよね。うんうん。
じゃ、心春も納得したみたいだし、三人で闇鍋に突撃しよっかー!
――――とはいかなかった。
「でも、やはり効率よく情報を集めるためなら、手分けをした方がいいのでは!? 無用な殲滅はなるべく避けますので、ここは二手に分かれましょう!」
「えー、んー、そうねー……」
心春が、再びその提案をした。
ペンギンバルーンをゆんらゆんらさせた興奮はすっかり治まっている。
あたしと月見サンの様子をデバガメしたいとか、不埒なことを考えての提案じゃなくて、まじめに言っているようだ。
でも、月見サンは、歯切れ悪く答えながら、考え込んでいる。たぶん、どう説得しようかって考えているんだろう。まあ、心春も“なるべく”とか言っているし。一応、まじめな意見ではあるみたいだけど、殲滅的に信用できないんだろうな。
うん。あたしも、出来ない。
ここで、月見サンがチラッとあたしを振り返った。
なんですか? その気まずそうな顔は?
え? 今、目で「ごめん」って言いませんでした? 言いましたよね? 月見サン!?
月見サンは、隣を飛んでいる心春に向き直ると、わざとらしいくらいに深刻そう……な声で言った。
「えっとね、心春ちゃん。これはね、星空ちゃんのためでもあるの!」
「ほ、星空さんの!? ど、どういうことですか!?!?」
ええ? あたしのため?
てゆーか、心春、食いつきすぎ! さっきまでの、まじめな顔はどこ行った!?
でも、どういうことですか!? 月見サン!?
「星空ちゃんは、きっと根が優しいから、なんでしょうね。星空ちゃんの魔法は、妖魔を撃退することは出来ても、倒すことは出来ないの」
「言われてみれば! スターライト☆シャワーも、スターライト炸裂弾も!」
うぐっ! その通りなので、胸に突き刺さる。
あと、スターライト炸裂弾って何!? 勝手に、名付けられてる!?
「そう。そのせいで、もしかしたら星空ちゃんがピンチに陥るんじゃないかって、あたしは、それが心配なの……」
「ふ、ふぉぉおおお!!」
うう。もっともな心配だけど、魔法少女としては落ちこぼれ見たいで、すごいへこむ。
心春、気持ち悪い声出さないで……。さらに、へこむから。
「妖魔を追い払うことは出来ても、倒すことは出来ない! そのせいで、ピンチに陥り、愛する人の助けを待つ……! いい! すごく、いい! それ、ものすごくヒロインっぽいです! 素敵です! 星空さん! 星空さんこそ、この闇底のヒロインです!!」
「え? そ、そう……?」
ヒロインという言葉の響きに、一瞬ときめいたあたしだけど。
いや、確かにそれ、ある意味ヒロインっぽいけど!
それ、ダメなやつじゃん!
魔法少女としては、ダメなやつじゃん!
魔法少女としては、やっぱり落ちこぼれで、お荷物で、足手まといじゃん!
「そういうことだから、心春ちゃん。あたしたち二人で、闇底のヒロインを守り抜くのよ! 星空ちゃんが妖魔につかまって、オークションにかけられちゃったりとか、やっぱり王道かもしれないけど、あたしは星空ちゃんをそんな目にあわせたくないの! だから、下に降りたら三人で仲良く手を繋いで歩きましょうねー?」
「はい! お任せください! 星空さんに不埒な真似をしようとする妖魔を月見さんが殲滅している間は、私が月見さんに代わって、星空さんをお守りします!」
「よろしくねー。期待してるー」
すっかり月見さんに乗せられた心春は、ブランコの上に立ち上がって、任せろというように、片手の握りこぶしで胸を叩く。
ペンギンバルーンが、また、ゆんらゆんらした。
ブランコもゆんらゆんらして、そこに乗っている心春も、ゆんらゆんらしている。
落ちるなよー……。
とか思っていたら、月見さんが体を後ろに倒して、あたしの耳元に口を寄せる。
心春には聞こえないくらい小さな声で、ぽそっと耳打ち。
「星空ちゃんが真ん中になると思うからさ。心春ちゃんが暴走しないように、しっかり手を握っててね。頼んだよー?」
あ。なるほど。
三人で仲良く手を繋いでって。
違った方向に問題のあるあたしたち二人を、一緒に捕獲しておくための作戦なんですね?
「ひゃあぁぁぁああああぁぁぁぁああああああああ!❤!❤!❤!」
心春が奇声を上げながら、闇空の上へ上へと昇っていく。
おーい、心春ー。
上じゃなくて、下へ行くんだよー?
分かってるー?
それにしても、月見サン。
最後のは、さすがにやりすぎじゃないですか?
心春の姿、もう見えなくなっちゃったんですけど?
なんて苦情は、口から出る前に、また喉の奥へと飲み込まれていった。
なぜかと言えば。
体をゆっくり元に戻しながら呟く月見サンの声が、流れ聞こえてきたからだ。
「はー。とりあえず、第一関門は、突破かなー……。市場に入る前からこれとか、先が思いやられる……。無事に帰って来れるといいなー…………」
えーと。
お疲れさまでした。
なんか、いろいろすみません。
ぶ、無事に帰って来れるといいな!
心春が消えた闇空を見上げながら、あたしはそっと何かに祈った。