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第60話 闇底バーナー

「あ! 見てください、星空ほしぞらさん! あそこに、お魚の串焼きが売っていますよ!」

「お魚の串焼き!?!?」


 とある屋台を指さして、心春ここはるが弾んだ声を上げた。

 先に反応したのは、月見つきみサンの方だった。地上から流れ着いた系商品(ほぼただのゴミ)にしか興味がなかった月見サンが、ぐりんと首を回して激しい食いつきを見せた。


 ……え? お魚の、串焼き?


 心春が指さす方は、なるべく見ないようにしていたあたしだけれど、お魚の串焼きにはちょっと心を惹かれて、つい心春の指の先を目で追ってしまう。そして。

 そして、激しく、後悔した。


 いや、確かにお魚だけれども!

 串にささったお魚だけれども!

 串刺しのお魚が、台の上にずらっと並んでいるけれども!

 串を立てた状態で、ずらっと並んでいるけれども!

 地上のお祭りでも売っていそうなサイズの、両手で持って齧り付いたらちょうどよさそうな大きさのお魚ですけれども!

 お魚と言えば、一応お魚ですけれども!


「あら? よく見たら、まだ生みたいですね。注文が入ってから焼くシステムなんでしょうか? それとも、食べるのは妖魔ですし、そもそも生で食べるもの……ということなんでしょうか。うーん、焼いてもらえるならいいですけど、生で食べるのは、ちょっと……」


 心春が、顎の下に片手を当てて、何やら悩み始める。

 うん。そうだね。生のお魚だね。

 でも、そこじゃなくて!

 そうじゃなくて!


「お魚って言うか、魚系の妖魔なんじゃない? 手足が生えているし。ちっさい人間の手足っぽいのが、だらんと垂れ下がっているのがなんかシュールー。何味がするんだろ? お魚味? お肉の味? 気になるー」


 月見サンが興味津々でお魚に熱い視線を送っている。

 そう、そこ! それ!

 でも、そうだけど、そこだけど、そうじゃない!

 なんで、お味とか気になっちゃってるの?

 妖魔だよね?

 あれ、妖魔だよね?

 一見、お魚っぽく見えるけど、妖魔だよね?


 月見サンの言う通り、串に刺されたお魚には、手足が生えていた。

 似たようなお魚の妖魔を、あたしは見たことがある。

 闇底に彷徨いこんだばかりの頃。ホタルモドキが飛び交う、足元の悪い沼地で、あたしが最初に出会った妖魔も、お魚の妖魔だった。

 白くて妙に艶めかしい足が生えていて、お口の中には、びっしりと人間そっくりの歯が並んでいて。

 逃げるあたしを追いかけてきて、生臭い息を吹きかけながら、あたしを丸齧りしようとしてきたお魚の妖魔。

 サイズは、大分違うし。あっちには、手は生えてなかったけれど。

 でも、似てる。

 似てるの。

 ダメだ。どうしても、アレに食べられそうになった時のことを思い出しちゃうよ。


 たとえ、思い出さなかったとしても、あれを食べようって気には、どっちにしてもならないけどね!


 立ち竦むあたしには気が付かずに、心春と月見サンはお魚の屋台に近づこうとする。

 す、竦んでいる場合じゃないよ、あたし!

 そうまさせまいと、あたしは慌てて二人と繋いでいる手を自分の方に引き寄せる。引き寄せるのと一緒に、腰と膝を落とし、つま先に力を込める。

 絶対に、ここから動かないぞ! という強い意志を込めて。


 なんか、二人ともお買い上げの方向に気持ちが固まりつつあるみたいだけど。

 食べる気マンマンみたいだけど。

 あ、ああああああ、あれを食べるとか、絶対に無理!

 二人があれを食べるところすら、見たくない!

 見たくないよ!


「どうしたんですか? 星空さん、お魚が苦手なんですか?」


 心春が、首を傾げつつ、不思議そーうにあたしの顔を覗き込んでくる。

 う、うううううん。いやね。お魚は、好きだよ? お魚は好きだけど。

 なんで。なんで、不思議そうなの? 

 たいっていの女の子は、手足が生えたお魚は、苦手なものじゃない?

 どんなに、お魚好きな子だったとしても!

 鑑賞するだけならアリかもしれないけど、食べるとか有り得ないよね?

 てゆーか、あれは正確には、お魚じゃないし! お魚に似ているけど、妖魔だし!


「お。先客ありだね。注文の仕方とか、よく分からんし。ちょーっと、様子を見てみよっか」


 そうこうしている内に、先にお客さんに並ばれてしまったみたいだ。

 イカっぽい妖魔が、屋台の前に陣取り、ずらっと並んだお魚の串刺しを吟味し始めた。


 イカ。

 うん。イカだった。

 等身大のイカのぬいぐるみ(ただし表面はぬめぬめしている)が、長くてたくさんある足の内の一本を、お魚の前で彷徨わせている。

 その内、行ったり来たりしていた足が、右から三番目の串刺しの前で止まった。

 何がお気に召したのかは、さっぱり分からない。

 特に他と比べて大きいとか、そういうことはない。

 まあ、何かイカ的なこだわりポイントがあるんだろう。


「これを、炙りで」

「まいど」


 甲高い声と、野太い声が聞こえてきた。


 イカは、反対側の足に、がま口型ポーチなんぞを持っていたようだ。さっき、お魚を指示した足で、器用にがま口を開けると、中から硬貨らしきものを取り出す。

 丸くて、真ん中に四角い穴が開いている。

 昔のお金なのかな。歴史館とか資料館とかに展示されていそうな感じの硬貨だ。

 イカから硬貨を受け取ったのは、紺色のエプロンをかけたトカゲの妖魔だ。お魚が衝撃的過ぎて、全然目に入っていなかったけど、この屋台の店主なんだろう。

 二メートル近くある、二足歩行のトカゲは、硬貨を受け取るとエプロンの前にある大きなポケットに無造作に突っ込んで、代わりに別の硬貨を取り出す。選んで取り出したわけじゃなくて、掴んだ奴を適当に取り出したっぽい仕草。

 あたしも知っているやつ。五百円玉だ。

 五百円玉は、イカの足に手渡され(?)、がま口の中にしまわれていく。

 あの硬貨も、地上から流れてきたやつを拾って使っているってことなのかな。

 しかし、どういうルールなんだろう。闇底のお金の基準がよく分からん。

 でも、よかった。あたしたち、お金なんて持ってないし。あのお魚は、あたしたちには買えないってことだよね。

 ほっ。

 としたのも、束の間。


「地上から流れて来た硬貨を利用して、やり取りをしているってことでしょうか?」

「んー、でも。あっちの店では、物々交換もオッケーみたいだし。なんなら、心春ちゃんが魔素でキノコを作ってどこかで買い取ってもらえばいいんじゃない?」

「なるほど! その手が!! お金が手に入るだけでなく、妖魔にもキノコのすばらしさを分かってもらえるかもしれませんし、一石二鳥ですね!」


 さっそく、解決!

 しなくていいのに。しなくていいのに!


「それにしても、炙りは出来るんですね」

「どこかにバーナーとかがあるのかなー?」

「出来れば、炙るだけじゃなくて、ちゃんと焼いてほしいんですが」

「生焼けは、ちょっとねー」


 そういう問題じゃないー!

 とは言いつつ、どうやって炙るのかは、ちょっと気になるな。

 闇底にも、バーナーなんてあるの?



 あたしたちが、興味津々で見守る先で。

 トカゲ店主は、イカご指定のお魚を掴んで台から引き抜くように取り上げると、自分の顔の前まで持っていく。

 なにか、吟味しているのかな。

 と思ったら、そうじゃなかった。


 トカゲの口がパカッと開く。


 ゴォッ―――。


 と音がして。

 トカゲの口から、青い炎が噴き出される。


「あ」

「え」

「あー……」


 呆然とその惨事を見つめるあたしたちのもとに、イカの焼けるいい匂いが漂ってきた。


「いっけね。また、やっちまったぜ」


 呆然としていると、トカゲ店主が串刺しのお魚を台の上に置いて、しまったというように後ろ頭らしきところを掻きながら、屋台の前まで出てくる。

 もしかして、もしかしたら。

 トカゲじゃなくて竜店主だったのかしらん。

 なんて、あまりの衝撃に痺れた頭でぼんやり見つめていると。


 いい感じに炙られて、ちょっとだけ反り返って焦げ目なんかもついちゃった、さっきまでお客さんだったイカ妖魔を小脇に抱えた竜店主が、あたしたちに気が付いた。


「お? ちょうどいいところに。よかったら、買ってかないか? ちょうど今、炙りたてだぜ?」


 竜店主がニカッと笑いながら、小脇に抱えたままのイカ妖魔の炙りを、くいっとあたしたちの方へ突き出して見せる。

 その笑顔には、善意しか見当たらない。


「いえ。結構です」


 そう答えたのは、誰だったのか。


 あたしたちは、固く手を握りしめたまま、足早にその場を離れる。


 ショックだった。

 衝撃だった。


 妖魔に捕まって、売り物にされちゃうかも。

 と言う心配はしていたし、闇底で妖魔の市場なんだから、そういうこともあるだろうな、とは思っていた。でも。


「あたしもさ、空から様子を眺めていたことあったからさ。交渉がうまくいかなくてもめた挙句に、お客の妖魔が店主に食べられちゃったり、逆に店主の方がお客に食べられちゃったり。場合によっては、そのままお客が屋台を乗っ取っちゃったり。そういうことがあるって、知ってはいたんだけどさ」


 店主を食べて、商品を奪うだけじゃなくて、屋台そのものを乗っ取っちゃうこともあるのか。

 やりたい放題だな、闇鍋。


「そうですね。私も、それくらいは予想していましたけれど。まさか、あんなに悪気なくお客さんが商品にされてしまうとは。さすがにイカ妖魔が気の毒で、あれを目の当たりにした直後にイカの炙りを食べようという気にはなれませんよね。いい匂いがしておいしそうでしたけど。少し、残念です」


 そう、それ。

 何かトラブルがあったわけじゃないのに、成り行きでナチュラルに商品にされちゃって。しかも、それが、いつものことみたいなのが。が。

 「高すぎる、まけろ!」「ダメだ!」「なんだとー!」ガブッ! みたいな展開よりも、むしろショックって言うか。

 しかもそれを、いいところに来たなみたいにおススメされるしー!

 さすがの心春も、これにはショックを受けたんだろう。

 声にいつもの勢いがなかった。


 闇底市場・闇鍋。

 恐ろしいところ!


 …………ん? ちょっと、待って。えっと、心春さん? 最後の方、なんて言いました?

 た、確かに、いい匂いはしてきたけど。イカが焼けるいい匂いがしてきたけどさ。でも、さすがに、あの状況でおいしそうとまでは。それに、残念って、何が? どういう意味?

 いくら、イカ妖魔とはいえ、さっきまで普通にお客さんしていたのに。ちゃんとお金も払ったのに。ちゃんとしたお客さんだったのに。残念なことに……とかそういう意味、だよね?

 イカ妖魔さんに対して、の、“残念”なんだよね?

 だったら。だったら、まあ。いいんだけど。

 でも、なんか。違うニュアンスだった、ような気がする……。

 今回“は”、タイミングが悪くて食べることを諦めたことへの……いや、やめとこ。


 深く考えたらダメなことって、あるよね?


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