「この神域にて、狼藉を働くものは、我輩たちが許しません! さあ、太郎、次郎。やっておしまいなさい!」
「はいな」
「あーい」
黒いブヨブヨが、ビシイィッと指、はないな。うーんと、腕をイボイボ大カエル妖魔に突きつけた。
カエル妖魔は、えーと、なんだっけ? ポリスターズ……のみなさんの登場に気づいてもいな感じで、黙々と屋台を食い漁っている。入り口付近にいた妖魔たちは、お客さんもお店の人もいつの間にか避難済みみたいで、誰もいなくなっているけれど、それもお構いなし。
餌にはこだわりがないのかな。
それとも、屋台の商品の方が、魅力的ってこと?
好き嫌いはないんだろう。壊された屋台の残骸とか、そういうのすら残っていない。お皿に残ったソースまで全部綺麗に舐めとりました、みたいになっているよ。
ゆっくり味わって食べる派なのか、今のところ被害にあっているのは、あたしからみて右側の屋台が三つ分。あたしたちがいるところまでは、えーと、ひい、ふう……うん、数軒分くらいある。
左側は、誰もいなくなってはいるものの、一応屋台がそのまま残っているし、商品も並んでいるのに、右側は完全に更地だよ。
ああー、そして今。四つ目の屋台を長い舌がバキバキって。
犬のおまわりさんたち、早く!
早く、何とかして!
……てゆーか、黒ブヨは戦わないの?
とゆー心の声が聞こえたのか何なのか。カエル妖魔を腕差していた黒ブヨが、何の前触れもなく、くるりとあたしたちを振り返った。
自然、視線が黒ブヨへと流れる。
「我輩、頭脳労働専門なので!」
きりっていう擬音が聞こえてきそうな雰囲気で、切れよく言い放つと、またカエル妖魔に向き直る。
そのブヨブヨの体のどこに、脳みそが?
そして、今更だけど。あのお姉さんたち、女の妖魔なのに太郎・次郎って名前なんだ。
妖魔だから、性別とか関係ないのかもしれないけど。そもそも、性別とかあるんだろうか? どうなんだろうか?
「神剣クサニャ~ギ❤」
「神の雫・乙女の涙❤❤」
ん?
今、なんて?
蛍光ピンクのハートが飛び交ってそうな甘い声が聞こえてきたんですけど?
おまけに、なんかセリフ、変じゃなかった?
犬系妖魔じゃ、なかったの?
なんで、ニャ~なの?
乙女の涙って、何? それ、強いの?
どうやって戦うのか分からないけど、カエル妖魔の何かが飛び散ったりするのは見たくないので、決着がつくまでは黒ブヨの背中を見守ることにしようと思っていたんだけど。なるべく、そこから視線をそらさないようにしてたんだけど。
でも、さすがに気になって、恐る恐る。
それはもう本当に恐る恐る。
黒ブヨの背中の向こうにチラリと視線を送って。
固まった。
犬のミニスカお姉さんたちが持っている武器は、意外と普通だった。
普通に、刀と紐付きの鈴だった。
鈴が普通に武器なのかどうかは、よく知らないけど。きっとなにか、あたしが知らないような使い方があるんだろう。
気にはなるけど、でも、そこじゃない。
カエル妖魔が成長しとる。
どういうこと?
ついさっきまで、軽トラックだったよね?
なんで、ちょっと目を離したほんの少しの間で、ダンプカーサイズに育ってるの?
屋台の商品に、そんなに栄養たっぷりのものがあったの?
それにしたって、成長早すぎだよね?
おまけに、イボがとげになってるし。
あと、こう。全体的に粘り気が増しているというか。粘膜増量というか。
ヌトヌトと少し泡立った液体がカエル妖魔の全身を覆っていて、絶対に触りたくない感じ。
あれと戦うなんて、ポリ……なんとかも大変だね。
でも、頑張って!
あまり、飛び散らない感じに、バシッと倒しちゃってください。よろしく、お願いします。
リィ―――ン…………。
ちらちらビクビクしていると、鈴の音が響いた。
キュート系のミニスカわんこポリスガールのほうが、手に持っていた鈴を鳴らしたのだ。手のひらサイズの、結構大きい鈴。白い紐で吊るしてある。その紐が、右手首にくるりと巻き付いて、鈴が落ちないようになっている。
「聞けぇえ❤ 乙女の涙~❤」
乙女の涙って、聞くものなの?
なんて、のんきにツッコミ入れてる場合じゃなかった。
あれ? 何、これ?
か、体が動かないよ?
もしかして、これが鈴の音の効果なの?
てゆーか、あたしたちにも効いちゃうの?
何が、乙女の涙なの?
これ、金縛りってヤツだよね?
リィン、リン、リリン、リーーン
キュートわんこは、鈴を鳴らしながら、カエル妖魔の周りを飛び跳ねながら駆け回っている。
いかにも犬っぽいけど、その駆け回るのには、何か意味があるんだろうか?
普通に鳴らすよりも、音がうるさいんだけど。
体が、ミシっとか、キシってなるから、やめてほしいんだけど。
しかも、あたしたちには効いてるみたいだけど、カエル妖魔にはあんまり効いていないみたいなんだけど。
なんでだろ?
図体がでかいせい?
相変わらずお食事を楽しんでおりますが、早食いじゃないのだけが救いですよ。って、それはどうでもよくて。もしかして、ああすることで、体が大きいカエル妖魔にも鈴の効果が浸透するとか、そんな感じ?
――と思ったけど、大外れだった。
「本来、あんなに動き回る必要はないんですけどね。じっとしていられないみたいなんですよねー、あの子。それはそうと、あまり効果がないようですね……」
関係ないんかい!
しかも、やっぱり、効果ないんかい!
カエル妖魔に効果ないなら、やめさせてよ!
このまんまじゃ、いざって時に、あたしたちが逃げられないじゃない!
頼みの心春も、何も騒いでいないところを見ると、乙女の涙で金縛ってるみたいだしぃー!
くっ。声を大にして叫びたいのに、叫べない!
天の助けだと思ったのに、とんだ、とんだ…………飛んで火にいる夏の虫……? ん? なんか、違う気がするな??
「次郎。魔法少女の皆さんには効果絶大みたいですが、肝心のならず者には全く効果がないようですので、少し静かにしてもらえますか。リンリン、煩いだけなので」
「えー? 楽しいのにぃー」
「次郎」
「…………はーい。分かりましたぁー」
ペ、ペットの犬とご主人様……。
ぶー、とふてくされながらも、次郎さんは言われたとおりに、鈴を鳴らすのをやめて、黒ブヨの隣に戻ってきた。鈴は、紐でくるくるってして、無造作にスカートのポケットに突っ込んでいる。結構、おっきい鈴だし、そんなことしたらポッケがぱんぱんになっちゃうんじゃないかなって思ったんだけど。突っ込んだ時には確かに膨らみが出来ていたのに、手を引き抜いた途端にペッタンコになっていた。
四次元……?
「しかし、鈴の力が効かないとは。感性が鈍い妖魔なんでしょうか? まあ、いいです。太郎。金縛りは失敗しましたが、動きの鈍い妖魔のようですし、舌の動きにさえ気を付ければ問題ないでしょう。今度こそ、やっておしまいなさい!」
「はいなー」
「神の使いとして、パンチラなんて破廉恥なことにならないように気を付けて戦うのですよー!」
「はいはいなー!」
黒ブヨの指示で、刀を構えたまま待機していたセクシー系わんこの太郎さんが駆け出していく。
てゆーか、どういう指示ですか!?
パンチラが怖いなら、ミニスカートなんかはかなきゃいいのに。
しかも、あれ。かなりのミニだし。
あの格好で戦うって、パンチラするために戦っているようなものじゃない?
まあ、ここには妖魔と女の子しかいないから、パンチラしたところで何がどうということもないと思うけど。
「やあ! とう!」
太郎さんの威勢のいい掛け声が聞こえてくるけど、実況は出来ない。
だって、刀だし。飛び散るとことか、見たくないし。
「ああん。なにぃ、これぇー?」
太郎さんの困惑したような、ちょっと色っぽい声が聞こえてくる。
え? 何? 上手くいってないの?
ちょっと、がんばって?
「ふうむ。あの粘膜が、刀をはじいてしまっているようですね……。鈴も刀も、どちらも神の加護がかかった神器。ただの妖魔相手に、苦戦するはずがないのですが。まさか、そこまで堕ちて…………いやいや、そんなはずは……」
黒ブヨが、何やらぶつぶつ言い始めた!
え、ちょっと。困るよ。何とかして。頑張って、太郎さん。てゆーか、次郎さんは鈴以外には、何もないの?
「燃やしちゃます? それとも、茹でてみます?」
「なるほど、その手が! お願いします!」
顔って言っても、帽子を被っているからどっちが正面か分かるだけで、前も後ろも黒くてブヨブヨしているだけなんだけど。そもそも、顔なんてあるの?
「赤き薔薇よ、踊れ!」
太郎さんを少し後ろに下がらせてから、心春が相変わらずよく分からん呪文を唱える。
トゲトゲ巨大カエル妖魔の体を包むように炎が現れ、ゴォッと天高く火柱が立つ。
や、やった……?
やっ…………だめだ! やってないよ!
火柱の中から、にゅっと舌が飛び出してきて、屋台の残骸を漁り始める。
効いてない! てか、気にもしてない!
「そ、そんな……」
「心春ちゃん、炎、危ないから、いったん消してもらえる?」
「は、はい。ショータイム……終了してください」
幕と一緒に、カエルの姿も消してほしかった!
残念ながらカエル妖魔は、さっきとまるで変わりない姿で、黙々とお食事を続けている。
ある意味、マイペース。
そう言えば、鈴の時も刀の時も、まるで気にしてなかったよね……。
カエル妖魔の体を覆う、艶々しい粘膜が憎たらしい。
「またしても、私の魔法が…………」
頼みの綱の心春は、かなりショックを受けているみたいだった。
てゆーか、これ。
どうすんの?
金縛りも解けたし、カエル妖魔にガクブルしてたのも治まってきたから、空を飛んで逃げることは出来るけど。
でも、ポリなんとかたちを見捨てて、このまま逃げちゃうのも、ちょっとな。
「仕方がありませんね。こうなったら、切り札を使うとしましょう」
どうしようかと思っていたら、黒ブヨが何やらもったいぶった口調でそんなことを言い始めた。
そんなんあるなら、もっと早く、使えよ。
だったら、逃げてもいいかなー。月見サンと心春連れて、とりあえず空へ避難しようかなー。
なんて思って、項垂れている心春の方へ手を伸ばしかけて。
またまた固まった。
黒ブヨが、闇鍋全体に響き渡るような不思議な声で、言ったのだ。
声が大きいわけじゃなくて、なんかこう、妖術とか魔術的な感じに、とにかく全体に響いている感じの声で、言ったのだ。
耳、じゃなくて、頭の中に直接響いてくるみたいな声、だった。
「
つ、月華――――!?
しかも、先生って。
どいうこと――――!?