ココ。
というのが、子ギツネさんのお名前だった。
子ギツネコンコンのココなんだろうか。
うん。いいと思います。
そのココはというと。
只今、
無事にココをお買い上げして、みんなで順番にモフモフしている間に。
月華のことだから、あたしたちことは放っておいて、一人……と一匹で闇鍋パトロールを再開しちゃうんじゃないかと思っていたけれど。意外にも、あたしたちがモフモフタイムを終えるのを待っていてくれた。
意外に思いつつも、それが嬉しくもあって。
あたしはココを抱えたまま、月華へと駆け寄って。月華の視線がココに注がれていることに気が付いた。
いつもの通りの無表情で何を考えているのかは分からなかったけれど、もしかしたら月華もココをモフモフしたいのかな、と思って。
はい、と月華に差し出してみたら。
月華は少し驚いた顔をしながらも、両手を広げて、ココを受け取ってくれた。
両手の上にココを載せた月華は、またもとの無表情に戻ってじっとココを見下ろしている。モフモフしたいわけじゃ、なかったのかな?
ココの方は、月華の手の上で居心地悪そうにゴソゴソ動いていたけれど、その内、意を決したようにぎゅっと目をつむって、こう言った。
「つ、月華先生! ボクを、魔法少女にしてください!」
「断る」
ふ、ふわぉぉおおおお。
なんて、いいアイデアー……と顔を輝かせる間もなく、月華は速攻、断った。
さくって感じで。
な、なんでぇえーー!?
モフモフ魔法少女仲間、欲しいぃぃいいいい!!
と、心の中で盛大に叫んでいたら、
「どうしてですか?」
不思議そうに首を傾げている心春。
あたしは、両手を握りしめて、あたしよりも背の高い月華を見上げた。疑問、よりは抗議の意味を強く込めて。
月華は、すぐには答えなかった。
無表情……は、無表情なんだけど。でも、瞳の奥に、微かに戸惑いが見えるような、気のせいなような。
一度開きかけた口を、きゅっと引き結んだ後、月華はいつもの月華に戻って、さっくり簡潔に答えた。
「私が助けるのは、人間の少女だけだ」
うん。知ってる。それは、知ってる。
その理由。
女の子だけを助ける、その理由を、教えてほしい。
「つまり、幼女は管轄外である…………と。そういうことですか?」
そう。それ。
そういうこと…………じゃない!
そうじゃないでしょー! 心春――!!
「幼女……? いや、そいつはそもそも、人間じゃないだろう」
「はっ! そうでした! えーと、では、つまり?」
「…………。つまり、人間の少女以外は、管轄外だということだ」
「なるほど。そういうことでしたか。分かりました。では、仕方がありませんね」
月華が、心春の言い方を真似して答えると、心春はあっさりと納得して引き下がった。
え、ええー?
なんで、そこで引き下がっちゃうの?
てゆーか、一体、何を納得したの?
「返す」
「あ、はい」
月華が、ココを載せた両手を差し出してきたので、反射的に受け取る。
「もう、行く」
「あ……」
月華は、あたしにココを渡すと、くるりと踵を返し、歩き出す。
あたしたちが、何も言わずについて行くと疑っていない、というよりは。ついて来てもついて来なくても、どっちでも構わないって感じの、そっけない足取り。
遠ざかる背中に手を伸ばして。
「月華が、本当に守りたいもの…………、助けたいものって、何?」
なぜか、そんな言葉がポロリと転がり出た。
なんで、そんなことを聞いちゃったのかは、あたしにも分からない。
自分の声を聞きながら、『ああ、これ。サトーさんが言ってたヤツだ』なんて、頭の後ろの方で思ったりした。
あたしを振り返った月華の様子に、あたしは固まった。
初めて見る、顔。
驚いたように目を見開いて、あたしを見つめている。
ううん。あたしじゃない。
視線は、あたしに向いているけれど、あたしを通り越して。あたしをすり抜けて。どこか、遠いところを見つめている。
時間が止まったようだった。
誰も、何も言わない。
「月華…………」
気遣うような
それで。
ようやく、あたしたちの時間は再び流れ出す。
「私が、本当に守りたいもの……。本当に、助けたい、もの…………」
月華だけが、どこか呆然としたまま、さっきのあたしの問いかけを、繰り返している。
そのただならぬ様子に、あたしは真っ蒼になった。
「ご、ごめんなさい! もしかして、あたし。聞いちゃいけないこと、聞いちゃった?」
「……いいえ。むしろ、いい質問をしてくれたと思うわ。意に添わず闇底に落とされた子を助けるのは悪いことではないし、それで月華の気が済むならと好きにさせてきたけど。この闇底にも、随分と魔法少女の数が増えたし、みんなそれぞれ楽しそうにやっているみたいだし。月華も、そろそろ自分自身のことに気を向けてもいい頃合いなのかもね」
てっきり、責められるかと思ったのに。
月華の相棒である雪白は、むしろ、なんて言うの? こう、前向きな感じに受け取ってくれたみたいだった。
正直、何を言っているのかは、よく分かってないんだけど。
「ま、今はかなり動揺しているみたいだし。しばらく、一人で考えさせてやってよ。あんたたちは、先にアジトに戻って、あの
「あ。わ、分かった。任せて」
雪白に頼まれて、月見サンが少し上ずった声で答える。月見サンも、こんな月華を見るのは、きっと初めてなんだろう。
「ふふ。コロッケのことといい、
「あ? ああ…………」
月華は、まだ心ここにあらず、って感じだったけど。
合体中は、雪白にも操縦権(っていうのかな?)があるのか、ばさりと白い翼をはためかせて、一人と一匹は闇空へと飛び立っていった。
「な、なな。なんですか、今の? 月華に影響を与えることができるのは、星空さんだけとか、何ですか、それ! やはり、星空さんこそ闇底の真のヒロイン! 同じ魔法少女である月見さんと心を通わせ合いつつも、心の奥底では月華への想いを捨て切れないでいた。でも、月華は闇底の女神! 魔法少女である星空さんと女神である月華が結ばれることは出来ない! ああ! 女神と魔法少女の三角関係! 滾る!!」
月華のことを思いながら、闇空を見上げる……ような時間は一瞬たりともなく!
心春さんが、荒ぶり始めた!
てゆーか、ほんと、何言ってるの!?
意味が!
意味が分からない!
「それで、コロッケというのは、一体、何なんですか? お二人の間に、一体、何が?」
「え? いや、コロッケは、アジトであたしの歓迎会をやってもらった時に…………。あ! ああ!! あああ!!!」
答えられそうな質問が来たので、返事をしかけて、絶叫した。
「ああーー!! コロッケーーーー!!!」
そうだよー!
コロッケのために、月華を探して旅に出たのにー!!
せっかく月華に会えたのに、アジトでのコロッケパーティーにご招待するのを忘れるなんてーー!!
あたしの、ばかー!!!
「あ、あー……。そういえば、そうだったねー。ま、まあ、ほら? 落ち着いたら、アジトに顔を出すって言っていたし。先に帰って待ってれば、いずれはコロッケにありつけるって」
「はっ! そうか。そうですよね? まだ、希望はありますよね?」
「うんうん、あるある。大丈夫だってー」
「よ、よかった。あたしの旅は、無駄じゃなかった……」
「コロッケにどういうエピソードがあるのかは、結局分かりませんでしたが! この星空さんと月見さんのお互いのことを分かりあってる感、やっぱり堪りませんね! ああ、今後、ここにどう月華を絡めていけばいいのか……!? 悩みは尽きません!」
悩みは尽きないと言いつつも、幸せそうな心春は置いておいて。
こうして。
あたしの、コロッケのために月華を探す旅は。
目的を果たしたよーな、果たしてないよーな。
微妙な感じで、ひとまずの終わりを告げるのであった。