目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5章 闇底に咲く花たち

第71話 間違いなく、ここが魔法少女のアジトです!

 空には、月どころか星一つない。

 完全なる真っ暗闇。

 でも、それでいいのだ。

 闇底の空というものは、こういうものなのだから。

 ここは、太陽も月も星も存在しない世界、闇底。


 この世でも、あの世でもない世界。

 神隠しにあってしまったあたしが、彷徨い込んでしまった世界。


 太陽も月も星もない闇底だけれど、本当に真っ暗闇なのはお空の上だけで、足元を見下ろせば、そこは薄暗くて仄明るかったりする。

 仄かに光るホタルモドキが、あちらこちらを飛び交っているからだ。

 それに、ぼんやりと光るキノコや苔が生えている場所もある。あたしが知っている光る植物はこの二つだけだけど、探せば他にもあるのかもしれないな。


 薄暗くて仄明るい闇底だけど。

 特に、不自由を感じたことはない。

 なぜなら。

 魔法少女は、夜目が利くからだ。


 あたしは、星空ほしぞら

 この闇底の世界で生きる、魔法少女の一人だ。



 あたしは、今。

 至高のコロッケを食べるために月華つきはなを探す旅から、懐かしのアジトへと戻ってきたところだ。肝心の月華とは再開出来たものの、一緒に帰ることは出来なかったんだけれど。でも、後からアジトに向かうって言っていたし。や、言ったのは月華じゃなくて、月華の相棒の真っ白い鳥型妖魔の雪白ゆきしろだけど。でも、たぶん、大丈夫。きっと、帰って来てくれる。

 そう、信じている。

 だって、そうじゃないと、困る。

 そうじゃないと困るもん。


 そうじゃないと、あたしがコロッケを食べられないんだよ!


 ん、んん。こほん。失礼。

 コロッケのこととなると、つい熱くなっちゃってね!

 だって、コロッケ美味しいもんね! 仕方ないよね!


 えー。コロッケのことは、今は未来への希望に託すとして。

 それは、それとして。

 あたしたちは、ついに懐かしのアジトに帰ってきたのだ。


「さ。着いたよ、心春ここはる。ココ。あれが、魔法少女のアジトだよ」


 あたしには、懐かしのアジトだけれど。

 今は、アジト初めての子がいるからね。

 この旅で、新しく仲間になった魔法少女の心春。それと、元は神様の使いだった子ギツネのココ。

 びっくりさせようと思って、アジトのことは詳しく教えないまま、ここまで来たからね。

 さあ、盛大に驚いてもらおう!

 闇空の上からアジトを見下ろして、あたしはジャーンって感じに右手をアジトの方へ向けて、あたしたちの、魔法少女のアジトを紹介する。


「え!? あれですか!? あれが、魔法少女のアジトなんですか!? お二人とも、私のこと騙してませんか!? だって。魔法少女ですよ!? 魔法少女のアジトですよ!? なのに、あれは、どう見ても!!」


 案の定。

 闇空の上で、ペンギンバルーンから吊り下がった空中ブランコに腰掛けた心春は、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。

 グラデがかかった若草色の妖精風のワンピにマッシュルームボブカット。小柄で妹っぽい見た目なんだけれど、中身の方は、アレだ。中身の方は、今は「キノコと殲滅」とだけ言っておこう。

 えー、で。その心春は、大分混乱した様子で、ブランコから身を乗り出して足元を食い入るように見ていた。

 足元には、ホタルモドキが飛び交う草原が広がっている。その真ん中あたりにある、小ぢんまりとした一軒家の上空で、あたしたちはそれぞれの空飛ぶ乗り物に乗ったまま静止して、足元を見下ろしているのだ。

 心春の視線はその一軒家に、これでもかといわんばかりに注がれていた。


「確かに、中に誰かいるみたいですね。お一人は、月華先生の使い魔ではないような?」


 そんな心春とは対照的に、ココの方は割と冷静だった。アジトそのものではなく、アジトの中から感じ取った何かに、不思議そうに首を傾げている。可愛い。

 ココについては、心春みたいな反応は最初から期待していない。まあ、子ギツネさんだしね。魔法少女になりたいとは言っていたけれど、強い妖魔もクールに退治する月華に憧れてるだけなんだろうし。たぶん、魔法少女の何たるかを、正しくは分かっていないはずなのだ。

 ココにとっての魔法少女は、乙女の憧れ的な存在じゃなくて、ヨワヨワ妖魔たちの憧れ的な存在なのだ。

 月華の使い魔、とココは言った。

 月華っていうのは、膝下丈セーラー服を着た、圧倒的に美しい月の女神さまのような存在だ。そして、この闇底では、月華と契約して使い魔になると、魔法少女になれるのだ。

 仕組みはよく分からないけど、そういうことになっているのだ。

 実際に、あたしも月華と血の契約をして、魔法少女になった。今は、空だって飛べる。妖魔と戦うのは、あんまり得意じゃないんだけどね。

 ココが魔法少女になりたいって言うのは、純粋に月華の強さと、月華と契約した魔法少女たちの強さに憧れてのことなんだと思う。まあ、あんまり強くないのもいるけど、それは置いておいて。

 アニメとかを見て、憧れているわけじゃないから、魔法少女のアジトはこうあるべき!――みたいなイメージ的なものとかは、特にないんだと思う。


 しかし、外からアジトの中の様子が分かるなんて。すごいな、ココ。

 あ、それと。ココが言っていた、月華の使い魔じゃない人が一人いるって言うのは、月下美人げっかびじん――月下げっかさんのことだろうな。アジトの主でもある月下さんは、あたしたちの中で唯一、月華の使い魔ではないのだ。

 だからと言って、力がないわけじゃない。

 力をもらう必要がなかったのだ。

 なぜなら、月下さんは、この闇底へと来る前。“地上”――えーと、つまり、ここに来る前にあたしたちが暮らしていた当たり前の日常の世界にいた頃から、力を持っていた。そういう意味で、月華と同じ存在と言えるのだ。

 どういうことかって言うと。

 月下さんと月華は、“地上”にいた頃、陰陽師とか霊媒師とか、そういうお家に生まれた子……ということらしいのだ。生まれつき力を持っている、そういう存在なのだ。

 やー……。オカルトでファンタジーな話だよねー?

 あたしなんかは、学校の帰り道に神隠し的な何かに遭遇して闇底に彷徨い込むはめになったけど、それ以外は全く普通の女子中学生だったよ。その同じ“地上”で、そんなオカルトでファンタジーなご職業についている方が実際にいらっしゃったとはねー。

 現実は、ナントカよりナントカってヤツだよねー。


 ま。ひとまず、それは置いておいて。


「あれって、日本昔話にでも出てきそうなお家ですよね!? 魔法少女じゃなくて、おじいさんとおばあさんが二人で住んでいそうなお家ですよ!?」


 心春の方は、期待通りのいい反応を返してくれていた。目をパチパチしたり、ゴシゴシしたりと忙しい。

 うんうん。そうだよね。分かる。ちょー分かる。

 あたしだって、初めてここに連れてこられた時にはすごく戸惑った。

 草原の中にポツンと建つ、日本昔話風の一軒家が、魔法少女のアジトだなんて。

 信じられないというか。

 信じたくなかった。


 その気持ちを、心春にもぜひ味わってほしくて、魔法少女のアジトがどういうものなのかを、あえて説明しなかったのだ。

 あたしも。そして、今回の旅の道連れ……いや、相棒?――的な何かだった月見サンも、ね。

 うん。作戦、成功!

 やー。自分が感じた戸惑いを、誰かが同じように感じてくれるって、ちょっと嬉しいよね?


「あ! 分かりました! あの見た目は、妖魔たちの目を欺くためのフェイクで、中に入ったら実は……!?――的な感じのあれですね!?」


 あたしたちがニヤニヤと反応を楽しんでいる間に、心春は次のステージへと進んだ。

 うん。それ、あたしも思った。

 どこかに秘密の隠し扉があって、そこから真のアジトへ向かうんじゃ?――とか思ったりした。そんなの、なかったけど。

 いつか、作りたいな、とは思っている。でも、他のみんなは割とそこはどうでもいいらしく、今のところ何もしていない。どうすればいいのかもよく分かっていないし。

 はっ! もしかして、これからは心春に協力してもらえるんじゃ? 心春は、少なくともあたしよりは頭がいい感じだし、何かいいアイデアがもらえるかも!

 …………いや、やっぱり駄目だな。心春に頼むと、百パーセント間違いなくキノコに汚染される。キノコのアジトになっちゃう。

 うん。この案は、永遠に保留の方向で。いや、却下の方向で。


「ま、百聞は一見に如かずって言うし」

「ですよね! 行くよ、心春」

「は、はい!」


 十分に心春の反応を楽しんだところで、月見サンが号令をかけた。

 そして、クンと愛用の二人乗りサドル付き空飛ぶ竹ぼうきの先をアジトへと向けて、そのままゆっくり降下する。

 心春のペンギンバルーン付き空中ブランコも、ゆらりとその後を追って来た。

 ちなみに、竹ぼうきの前座席には月見サンが、後部座席にはあたしが座っています。あ、言っておくけど、あたしが空を飛べないからとか、そういう理由じゃなくて、単なる迷子防止だから勘違いしないでね?

 迷子防止も十分情けないとか、そういう意見は受け付けない。


 しかし。

 ふと我に返ってみると。

 傍目にはどう映るんだろうね? この光景。


 だってさ。


 ホタルモドキが飛び交う幻想的な草原の上空に集う、三人の魔法少女。と、一匹の子ギツネ。


 一人は、ペンギンバルーン付き空中ブランコに乗った、妖精風かつ妹系魔法少女。


 もう一人は、二人乗りのサドル付き空飛ぶ竹ぼうきの前座敷に座った、ピンクと水色混合のマジシャンとバニーが混じったちょっと色物風の衣装のお姉さん系魔法少女。


 そして魔法少女最後の一人。同じく、竹ぼうきの後部座席のあたしは、まあ正統派の魔法少女だと自分では思っているんだけど。とりあえず、衣装はね。名前が星空なのに、水色と白の青空風の衣装っていうだけで、そこさえ気にしなければ超正統派。心春と月見サンと比べると、逆に何かが物足りないんじゃ?――って不安になるくらいに由緒正しい王道の魔法少女。


 で、”衣装が王道魔法少女”の腕の中にすっぽりと納まった一匹の子ギツネも加わって。


 その三人と一匹が、おじいさんとおばあさんが二人で仲良く暮らしていそうな日本昔話風の一軒家へと向かってゆっくりと空から降りてくるのだ。


 軽く、不審者を通り越しているというか。

 これから、一体何が始まるんだ? 

 って、感じだよねー?


 まあ、何が始まるのかって言うと――。


 ………………。

 月華と会ったのに連れて来れなかったこと、夜咲花よるさくはなに怒られないといいな……。

出会えてなければ、仕方ないねで済んだのに。会っちゃったからな。しかも、一度別れることになったのは、あたしの不用意な一言が原因……だったりしないこともないし。

 そのことがばれたら、絶対に怒られる。


「星空一人で月華を探してきて! ちゃんと謝って連れてくるまで、アジトには入れない!」


 とか言われたら、どうしよう?

 夜咲花は、自他ともに認める月華大好きっ子だし。


 ここはなんとか、月華と別行動になったのは、旅の間に起ったある事件のせいだということにしておかねば。

 まあ、そのことをアジトのみんなに伝えるために、あたしたちだけが先に帰ることになった、って言うのもあるしね! 嘘じゃないしね!


 月華がアジトに戻ってくるまで、コロッケはお預けとかなら、まだ我慢できる。我慢できるんだよ。何とか、我慢する。

 でも、今後、星空にはコロッケは食べさせてあげないとか言われちゃったら、一体どうしたらいいのか……。


 なんと言っても、今のところ美味しいコロッケを作れるのは、錬金魔法少女である夜咲花だけだからね。

 夜咲花の機嫌を損ねるのは、まずい。

 最高にまずい。

 あたし的に、死活問題と言ってもいい。

 コロッケ死活問題!


 ああ、どうか。

 最悪の事態になりませんように!


 祈りながら竹ぼうきから降りたあたしは。


「ただいまー」


 懐かしのアジトの玄関の引き戸を、ゆっくりしずしずと開けるのだった。

 スパンと勢いよくいかなかったのは、あたしが乙女としておしとやかさを心掛けているからであって、断じて夜咲花にびくついているからではない!


 それだけは、言っておく。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?