サトーさんのリヤカーは、移動式闇鍋市場みたいな感じの品ぞろえになっていた。
地上から流れて来たと思われるガラクタと、闇底産と思われるなんだかよく分からないもの。
昔失くしたおもちゃとかが出てきそうなこの感じ。嫌いじゃない。
んーと、何があるのかなー?
あ。でも、闇底産らしきものは、なんだか内臓チックでグロテスクなのが多いからなるべく見ないようにしよう。うん。見ない、見ない。何にも、見えない。
地上産のものだけにロックオン!
で、あたしが見つけたものは、というと。こんな感じになりました。
まず、ガラスの瓶に詰められたビー玉。
ラムネの空瓶。
アンテナの折れた、えーと、ラジオ?
あ、あと。これ知ってる。レコードってヤツ。あ、カセットテープもある。うちの物置に、このテープがいっぱい詰まった段ボールの箱、あったなぁ。
それから、キツネのお面。
前髪が上に向かって大きくクルンてカールしている女の人が表紙のぼろぼろの雑誌。レンズのない眼鏡。鯖缶……の空き缶。えんぴつ……けずり? 削りカス入れるところがなくなってるけど。
あ、折れたクレヨンもある。黄色と青。
あー、なんか楽しくなってきたー。
胸の奥がぎゅっとするよぅ。
「ねえ、サトー。これ、何?」
おおっと。
…………って、ホントにナニそれ!?
両手の上に乗るくらいのピラミッド型のガラスの置物……なのは、いいとして。
中に、目玉が入っているんですけど?
しかも、ギョロギョロ動いているんですけど!?
「あー、それなー。未来を見通すナントカの瞳……の失敗作らしい。目が合うと心が休まる効果があるからって押し付けられたんだよ」
「へー」
「誰に!?」
月光ちゃんの気のない返事に、あたしの叫ぶような質問が被る。
てゆーか、休まらんだろう!
「あー、魔法少女?」
「魔法少女!?」
「そう。なんかなー、こういう役に立たない変なもんばっかり作ってる魔法少女がいるんだよ。これがなぜか、妖魔にはウケがよくてなぁ。まあ、役に立たないが、役に立っている」
「へ、へえ……」
いや、でも。夜咲花が作るのは、食べ物とか雑貨とか。割と普通だよね?
教えてあげたら、喜ぶかな?
いや、止めておこう。真似して変なものを作られても困る。
「え、えーと。サトーさんは、移動式の闇鍋市場みたいなことをしているの?」
「んー?」
ちょっと気になって聞いてみると、リヤカーにもたれかかっていたサトーさんは、ゾロリと顎を撫でながら、あたしの方を見た。
「まあ、そういうことになるのかねぇ? 偶々、このリヤカーを見つけてさぁ。闇底にしかないようなものを集めて地上へ持ち帰れたら一儲け出来るかなぁ、と思ってさ。落ちてるものをいろいろ拾い集めて、その内、妖魔や魔法少女なんかと物々交換的なことするようになってな。まあ、結果的に移動式の闇鍋市場ってことになるのかもねぇ」
「妖魔とも交換してるんだ」
「まあなぁ。妖魔の方が、圧倒的に数が多いしな。ま、話してみると、結構それなりに話が分かる妖魔もいるんだよ。仲良くなっておくと、別の妖魔に襲われたときに助けてもらえたりすることもあるんだぜぇ?…………まあ、そんなことは滅多にないし、怒らすと逆に食べられそうになったりもするけどな」
「ひ、ひー……」
ぎゅっと体を抱きしめるようにして震えて見せると、サトーさんはおかしそうに笑った。
「やっぱり、サトーさんは地上に帰りたいの?」
「んー? 自分は帰りたくないみたいな口ぶりじゃん?」
「う、だって。あたしたちは、
そうなのだ。月華の使い魔で魔法少女なあたしたちは、地上にはもう帰れない。戻れても、人間の女の子としては生きられない……って言ってたと思う。細かいことは、忘れたけど。でも、サトーさんや月下さんは、月華の使い魔なわけじゃないから、帰る方法さえ分かれば、普通の人間として地上で暮らせるんだっけ?
「…………月華のことを、恨んでいるか?」
「ううん。だって、月華に助けてもらわなかったら、あたしは妖魔に食べられて死んでたし。人間のままじゃ、闇底では生きていけそうもないし。まあ、一回死んで、闇底で魔法少女として生まれ変わったんだって思うことにしてます」
「そっか…………。俺もなぁ、闇底に墜とされたばっかりの頃は、何が何でも帰ってやるって息巻いてたんだけどなぁ」
「今は、そうじゃないんですか?」
サトーさんは、チラッとあたしを見下ろして、それからまた闇空を見上げた。
ちょっと、ぼんやりした感じ。
「帰りたくてたまらない時もあれば、どうでもいい時もある、かな…………」
「そういうものですか?」
「そういうもんだろ。ま、帰れたところでなぁ。俺もここに長くいすぎたし、ここの食いものも普通に食ってるし。つかさ、あの赤い実。魔素はたっぷりだけど、他の栄養素はいろいろ不足していそうなのにさ。あれだけを、たまに食べるてるだけで、特に体調に問題がない時点で、もう手遅れな気がするんだよな」
「え? 手遅れって?」
「体が闇底に順応しているって言うかさ。地上に戻っても、俺は本当にまだ人間のままなのかね? 半分、妖魔みたいになっちまってるんじゃないのかって、たまに思うんだよな」
「ええ? 半分妖魔って、そんなこと、あるんですか?」
「分からん。闇底から戻ってきた人間の話なんて、聞いたことないしな。ま、魔法少女の星空ちゃんには関係のない話だけどな」
「いや、そうかもですけどー」
「ま、この話は、これで終わりだ! おら、月光! なんか、いいもん見つかったか?」
サトーさんは、低く笑うと月光ちゃんの傍まで寄って行って、月光ちゃんの頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
あー、御髪がー。
「ねえ、サトー、これ何?」
「あー?」
でも、月光ちゃんは、髪の毛を乱されたことを全く気にしていないようで、キラキラとした目で何やらカラフルなものがいっぱい入ったガラスの小瓶をザラリと音をさせながら持ち上げた。
おお、これは。
ビー玉でもおはじきでもなく。
「ゼリービーンズだ!」
「おー、それそれ」
「ゼリービーンズ?」
月光ちゃんはゼリービーンズを知らないのか、手に持った瓶をザラザラと揺らしながら不思議そうに見つめている。
「甘いお菓子だよ!」
「お菓子!? 食べてもいい?」
「あー、まあ、保存状態もよさそうだし、大丈夫だろ。念のために、先に星空ちゃんに毒見させておけ」
「毒見って、ひどい!」
「魔法少女なんだから、多少なんかあっても大丈夫だろ? お前が食べて変な味がしなければ、まあ大丈夫だろ」
「星空! お願い!」
「うん。もちろんだよ、任せて!」
「えらい、態度がちがうじゃねぇかよ……」
サトーさんのぼやきは無視して、あたしは月光ちゃんからゼリービーンズの瓶を受け取った。
月光ちゃんは、元々オカルト系の能力者で、月華と契約したわけじゃないからね。月下さんやサトーさんと同じく。
まあ、あたしたちと同じ魔法少女だったとしても、もちろんあたしが毒見しますが!
月光ちゃんに危険なことはさせられないからね!
お姉ちゃんに任せなさい!
てなわけで。
月光ちゃんのために、張り切って蓋を開ける。
蓋は、サトーさんに押し付けて。
左の手のひらに、ザラリといくつかの粒を零す。
ガラスの小瓶も、とりあえずサトーさんに渡した。
手のひらに散らばる、赤、緑、水色。
うーん、ケミカル! 体に悪そう! バリバリ着色料な感じ!
でも、今のあたしは魔法少女!
気にせず、いただきます!
んーと、どれにしよう?
やっぱり、水色かな!
ケミカルな水色を摘まみ上げて、口の中に放り込んだ。
うん、うん。
あー、魔女さんにもらった高級なケーキも美味しかったけど。
こういう、ジャンクな甘味、安心するなー。
「うん、普通に美味しいよ! 甘いものが嫌いじゃなければ、どうぞ! 食べてみて!」
「ん! いただきます!」
カラフルな粒が載っている手のひらを差し出すと、月光ちゃんは迷ってから赤い粒を取り上げた。目の高さまで持ち上げて、しげしげと見つめてから、恐る恐る口に放り込む。
「…………ん。んん! 甘い! 砂糖の甘さだ! あー、これ!
「おー、いいぞ。持ってけ」
「ありがとー! あ、星空。星空も、少し持って帰る?」
「え? いいの? じゃあ、ちょっとだけ、分けてもらおうかな!」
入れ物……は、魔法で作るか。
あたしは、青い空に雲が浮いている、青空模様の巾着を魔法で作った。
その間に、月光ちゃんは、サトーさんから蓋が開いたままのガラス瓶を受け取っていた。
あたしは巾着の口を開いて、いそいそと月光ちゃんの前に差し出す。
月光ちゃんは、すごく真剣な顔でガラス瓶んを慎重に傾げて、中身のゼリービーンズを巾着の中に移していく。零さないように、というよりは、うっかり巾着の方へたくさん入れ過ぎないように真剣になっているみたいだった。
入れ過ぎたら、また戻せばいいのに~。でも、かわいいから、黙ってよー。
「長く闇底に暮らしていると、こういう何でもないちょっとした魔法が、心底羨ましいぜ」
頭の上から、サトーさんの恨みがましい声が降ってきた。
サトーさんは、“道”を使える能力者だけど、こういう“魔法”は使えないんだっけ?
んー、でもさ。
「サトーさん、初めて会った時、魔法使いサトーって名乗ってたよね? こう、自分を信じて思い切ってやってみたら、なんか使えるんじゃないの? こういう、いかにもな魔法」
「……ガキどもには簡単なことでも、頭の固くなったおっさんにはなかなか難しいんだよ」
「キノコエレベーターで大はしゃぎしていた時の少年の気持ちを思い出せばいいんじゃないの?」
「うるせぇ! それは、もう忘れろ! てゆうか、それとこれとは話が違うんだよ!」
「星空、これくらいでいい?」
「わ、う、うん。いいよ。ありがと」
ガラス瓶の三分の一ほどを移し替えた月光ちゃんが、あたしとサトーさんの言い合いをものともせずぶった切ってきた。月光ちゃんって、結構マイペースだな……。そこも、かわいいけど。
あたしが頷くと、月光ちゃんは満足げに笑いながら頷いて、月照さんとツッキーさんのところへ向かって走り出す。転ばないようにねー。
復活したらしき心春が熱弁をふるっているので、月光ちゃんに聞かせたくない系の話はもう終わってるんだろう。……違う意味で、月光ちゃんには聞かせられない話の真っ最中かもしれないけれど。
うん。心春のことは、月下さんに任せよう。
心春の相手、ちょっと疲れた。
鎮まるまでここで待っていよう。
離れたところから、月光ちゃんを見守ることにしよう。
近くでお話しできるのもいいけど、これはこれで。全身が見れるのが、ちょっといい。
「なあ、星空……」
にやけていたら、真剣なようなそうでもないようなサトーさんの声が聞こえてきた。
どうしたんだろう?
あと、今、「星空」って言った? サトーさん、あたしのこと「星空ちゃん」って呼んでたよね? 月光ちゃんにつられたのかな? まあ、どうでもいいけど。
「頼みが……あるんだ。実は、ゼリービーンズと一緒に、こんなものも見つけてな……。本来なら、魔法少女の魔法に頼るなんて、俺的にありえないんだが。だが、背に腹は代えられないというか、このチャンスを逃したら、次はいつになるか分からないというか。いや、お守り的に取っておくというのもないではないが、妖魔に襲われて無くしたり奪われたり……。いや、それどころか、食べる前に、俺の方が妖魔に食われたりしたら、泣くに泣けん!」
「えっと、分かりました。お湯を入れればいいんですね」
サトーさんが手に持っているものを見ただけですべてを察したあたしは、放っておいたら、いつまでも終わりそうにない話を遮った。
「準備が良ければ、蓋を開けて待機してください」
「た、頼む。恩に着る」
いや、こんなことで恩に着られてもなー。
ペりぺりと蓋をはがして、そっとその容器を差し出すサトーさんを生暖かい目で見つめながら、あたしは容器の中に魔法で呼び出した熱湯を注ぎ込む。
ついでに、三分の砂時計も作ってみた。正確かどうかは、保証できないけど。
うーん。あたしたちがゼリービーンズを食べているのを見て、火がついちゃったのかな?
あー、なんか。いい匂いしてきた。たまらん。
アジトに帰ったら、あたしも夜咲花に作ってもらおうかな。
別に、地上産でなくても、夜咲花の錬金魔法で作った魔素仕立てでも構わないしね。
人が食べてるところを見ると、無性に食べたくなるんだよね。
――――カップラーメンって。
あ。三分経った。たぶん、三分。
片手で大事そうに容器を持って、何かを探すように視線を彷徨わせるサトーさんに、あたしは無言で、魔法で作った割り箸を渡してあげた。
サトーさんは涙ぐみながら震える手で割り箸を受け取ると、口を使って器用に割り箸を割り、さっそく盛大にズルズルし始める。
「う、うぅ。ありがとう、星空……。君は俺の、心の命の恩人だ……」
なんですか。心の命の恩人って。
まあ、なんとなく分かりますけど。
下手に豪華なごちそうよりも、心にグッときますよね。
カップラーメンって。
やっぱり、あたしもアジトに帰ったら夜咲花に作ってもらって食べよう。
みんなで、ズルズルしよう。
あ、でも。
カップ焼きそばも捨てがたいなぁ……。