目の前には。
あっつあつホックホクのコロッケが、うず高く積み上げられていた。
ハートがカボチャで。
俵がキノコクリームで。
小判が、定番のジャガイモとひき肉のヤツー!
ああ~。今すぐ! 今すぐ、食らいつきたい!
もーう、喉から何本も手が出てきそうなのを、さっきから必死で抑え込んでいるんですが!
でも、まだ。
まだ、食べるわけにはいかないのだ。
だって、これは。
月華が食べる前に、手を出すわけにはいかないのだ。
う、うう。
夜咲花のお話、早く終わらないかな。
あのね。
テーブルに山盛りのコロッケと人数分の飲み物を用意して、みんなで席について。
みんなで、「いただきます!」――――をする、その前に。
夜咲花が、月華のために作った“至高のコロッケ”について、熱く語りだしてね。
あれから、もう……。
三百年くらい経ったんと違う!?
口からよだれを溢れさせるのはかろうじて我慢してるけど、心のよだれはもう盛大に洪水を起こしてるよ!
ん?
で、夜咲花があたしの方を見て、え? 何、そのぎょっとした顔?
あれ? みんな、手を合わせ始めた?
いよいよ?
いよいよ、なの、か?
現実の両手はもうすでにずっと合わせたまま待機状態だったので、コロッケに向けて飛び出そうとわさわさしていた心の中の無数の手を合わせる。
「じゃあ、
月下さんの苦笑しながらのありがたいお言葉に、月華が無言で頷いて。
「では……」
と言う月下さんの声に合わせて、「いただきます!」の大合唱。
よし来たー! といきたいところだけど、でも、まだ。まだだ。
夜咲花に促されて、クリスマスツリーのお星さまのように、コロッケの山の天辺にそっと乗せられているハート型のコロッケに、月華が手を伸ばして。
二つの山の片方をサクリと齧って、いつも無表情なその美しいお顔を、ほんの少し嬉しそうに緩ませて。
「ん……」
と、満足そうな顔で頷いたところで、戦の始まりじゃあーーーーー!!!
突撃~~~❤
心の声の命じるままに、お山に向かって両手を伸ばす。
右手に小判とハート。
左手に俵。
ふっふっふ。
まずは~、小判!
大口で、ざっくぅ!
うん、うん。
衣はざっくり。中のおいもはホックホク。美味しいおいものお味、そこにひき肉の油が絡まって、しあわせ。
ああ。
コロッケは。
コロッケはこの世の宝や!
さーて、次は。どっちにしよ?
やっぱ、俵かな。ハートは甘いやつだから、最後にしよう。デザート的に。
ふ、ふふ。
小判、俵、ハート。
小判、俵、ハート。
しあわせのループに、顔がほころぶ。
だけど。
しあわせな時間は、長くは続かない。
あんなに山盛りだったのに、誰かの手が小判を引っさらっていって、お皿に上にはハートが一つだけ残された。
右手に持ったハートを頬張っている真っ最中だけど、当然、狙っていくよ!
いざ!
と、空いている左手を構えたところで、誰かがスッと、あたしの方にお皿を寄せてくれた。
え?
いいの? みんな、いいの?
だって、最後の一つだよ?
構えた左手の動きだけ止めて、チロリとみんなの様子を窺うと、みんなは。月華を除く、テーブルについているみんなが、どうぞ、と言うように手のひらをあたしに向ける。
あ、ありがとうございます!
それじゃあ、遠慮なく!
口の中のコロッケを飲み下し、あたしは右手をお皿に残されたハートへと伸ばす。手にしたそれを、両手で恭しく掲げてから、感謝の気持ちを込めて口へと運ぶ。
ああ…………! この良き日、よき瞬間に、感謝を!
最後のコロッケを食べる時には、しあわせの中にも一抹の寂しさが混じるものだけれど、みんなのやさしさのおかげで、ありがたい気持ちで食べ終われることができるよ。
「ごちそうさまでした……」
最後の一欠けらの余韻を楽しみながら、あたしはそっと手を合わせて、目を閉じた。
宴の時は、終わりを告げたのだ。
「コロッケとは、いいものだな。自分で食べるのも、いいが。星空が食べているのを見ているだけでも面白いな」
いいものだな、とか言っている割にはどこか平たんな月華の声が聞こえて来て、あたしはコロッケの国から闇底の世界へと引き戻された。
目を開けると、呆れたような感心したような視線があたしに集中している。
や、やばい。コロッケに夢中になるあまり、一人でがっつき過ぎたんだろうか?
「星空。いっぱい食べて、いいからね」
「え? うん。あり、がとう?」
月華が面白いと言ってくれたからだろう。夜咲花が、満面の笑みをあたしに向けてくる。
嬉しい……けど。月華がいるとき限定、とかな気がして、心の底からは喜べない。
「さて。諸々の歓迎の宴が一段落したところで、さっそくで悪いけれど、聞かせてもらってもいいかしら? これから、どうするつもりなのか。……これが、最後の晩餐にならないようにするためにも、ね」
「ホントに早速だなー。まあ、仕方ないかー。夜咲花ちゃんのー、月華に至高のコロッケを食べさせたい欲と、星空ちゃんのコロッケ食べたい欲に流されて、なし崩しにコロッケの宴になだれ込んじゃったもんねー」
グラスに残ったウーロン茶を飲みほした月下さんが、しあわせな食後のまったりを一刀両断するように切り出した。
黒コショウでも振りかけたかのように、空気がピリッと引き締まる。
月下さんの隣に座っている月見サンが、苦笑しながら手の中のグラスをクルクルと弄んだ。
みんなの視線が二人に集まり、それから月華へと流れる。
そうだ。そうだった。
月華は、別にコロッケを食べるためにアジトに戻って来たわけじゃないのだ。
魔法少女を喰らう妖魔、華月についての対策を月下さんと話し合うために戻ってきたのだ。
それがなんで、話し合いの前にコロッケの宴が始まっちゃったのかと言うと。
なんでだっけ?
えっとね。確かー。
そうそう。サトーさんとお話をするためにお出かけしていたあたしたちが帰ってきたら、アジトには先に月華が戻って来ていたんだよね。
いつものちゃぶ台は片付けられていて、代わりに板の間には長細いテーブルが置かれていて。月華はそのテーブルのお誕生日席に座っていた。隣には、真っ白い鳥の妖魔の雪白がいて、後ろには背後霊のように佇むフラワーがじっとりしていた。
でも、アジトのお留守番組の姿が見えなかったので、みんなは? と、聞こうとしたら、奥の錬金部屋へと続くふすまがバーンと開いて。
山盛りコロッケの大皿を両手で持った紅桃(たぶん、足でふすまを開けたと思われる。見た目は可憐な美少女なのに! いや、男の子だけど!)と、同じように大皿を持っている夜咲花。その後ろから、大きいウーロン茶のペットボトルとグラスがいっぱいのったお盆を手にした月見サンが現れて。
おかえり、とか。いいタイミングで帰って来たね、とか言われて。
月華に会えた嬉しさで興奮した夜咲花が上ずった声で、
「魔法で作ったコロッケは、ずっと出来立ての状態を保てるから。星空たちが帰ってきたらすぐに始められるように用意しておこうって思ったんだけど。いいタイミングで帰って来たね! さ、始めよ!」
と言って、みんなを席につかせて。でも、「いただきます」の前に夜咲花の長い話が始まって。いや、それは。今はもう、どうでもいいか。
あ。確かに、こうして思い返してみると。
月見サンの言った通り、犯人は夜咲花だね!
まあね。ずっと、月華に至高のコロッケを食べさせる日を楽しみにして、改良を頑張ってたんだもんね。仕方ないよね。
あと、あたしの共犯説については。
コロッケへの愛は、否定しない!
以上!
まあ、そんなわけで。
とりあえず、お話の前にコロッケの宴が始まったわけですよ。
うん。割とどうでもいいことだったね。
ささ。今は、お話に集中しないと。
華月のことは、魔法少女みんなにとって、深刻で大事なことだからね。
よく聞いていないと、またなんだか分からなくなってしまう。
……聞いていても、なんだか分からないことも、よくあるけど。
で。月下さんの質問に対する月華の答えはと言うと。
「しばらく、ここにいる」
という、とてもシンプルであっさりしたものだった。
えーと。どういう意味?
しばらく、アジトでお休みするってこと? 今、大事な時なんだよね?
「つまり、ここで迎え撃つということですか?」
脳内でハテナを乱舞させていると、キノコの着ぐるみが、月華に向かって尋ねた。着ぐるみって言うか、心春さんですけどね。
そう言えば、お留守番組のみんなは、心春の衣装チェンジのこと、気にしてないのかな?
それとも、あたしがコロッケに夢中になっている間に、何か説明的なことがされたのかな。……そうかもしれないな。コロッケの国に旅立っている間のことは、コロッケに関係していることしか覚えてないし。
「そうだ」
キノコ……じゃない、心春の質問に、月華はクールな無表情を崩さず短く答えて、後は雪白に聞けとばかりに隣の雪白に視線を流す。
頭にプリンセスクラウンみたいなのが乗っている、鶴みたいにシュッとした感じの鳥型妖魔の雪白は、仕方がないわねというように嘴を開いた。
「餌はバラまいてきたわ。あっちこちの妖魔たちに、アジトの情報を流してきたの。月華も、そのアジトにいるってね。華月の姿を見かけたら、直接伝えるんじゃなくてもいいから、耳に入るように派手に噂話をしてくれって頼んではあるんだけど。これで、うまく華月の耳に入ってくれるといいのだけれどね」
「いい作戦ですね! もしも華月があのモグラ妖魔のように自分で“道”を作れるのだとしたら、目撃情報もあまりあてにできないですし。行動が読めません。あてもなくふらつくよりも、おびき寄せた方が早いですよね」
「それはそれで、いつになるのか分からないけれど。まあ、そうね。その方が、戦力をアジトに集中できるわね。バラバラに迎え撃つよりも、私と月華、二人で相手をする方がいいと思うわ」
ちょっとざわついたけれど、みんな雪白の案に賛成みたいだ。
ただ一人、夜咲花を除いて。
まあ、これも、反対っていうか……。
「え……? ここに、妖魔が来るの?」
知らない場所に一人で置いてけぼりにされた子供みたいな顔で、夜咲花は呆然と呟いた。安全なはずのアジトに、わざわざ妖魔をおびき寄せるとか聞いたら、妖魔が怖くて引きこもっている夜咲花は、それだけで恐怖心がマックスなんだろう。
でもでも。他の魔法少女のためにも、あんまり華月を野放しにしておくわけにもいかないし。
えっと、ほら。あたしはそんなに強いわけじゃないけど、空を飛んで逃げたりは出来るし、撃退も出来るし! えっと、えっと。月下さんだけじゃなくて、あたしたちの誰かが、必ずアジトに残るようにするから! 夜咲花を守るために!
って、言おうとしたんだけどね。
「問題ない。私が倒す。必ず、だ」
その前に、月華にクールに断言された。
ああ。もう、その一言だけで、問題解決だね。
夜咲花にとって、月華は絶対だからね。
「月華……。うん。分かった。月華が、そう言うなら」
「ふ、ふぉおおおおお!」
月華のクール断言が、夜咲花の不安をどうにかするためのものなのか、そこまで深い意味はなく、単にいつも通りの決意表明(心春の妖魔殲滅に近い感じの)だったのかは、分からない。少なくとも、心春が期待するような意味ではないはずだ。
ないはずだけれど。
夜咲花と心春の二人は、何か勝手に解釈をしているようだった。
夜咲花は、さっきまでの怯えた様子は吹っ飛んで、たった今プロポーズされたばかり見たいな顔でうっとりと月華を見つめている。たぶん、脳内で、「お前のことは、私が守る」とか言うセリフが勝手に付け足されているんじゃないかと思う。
そして、もう一人は。
まあ、言うまでもないよね?
いつも通りの、アレですよ…………。