二人だけになってしまった。
誰と――――って?
あの後。
コロッケの宴の後。
まずは、フラワーが。
宴の間は、ひっそりと影を潜めて(あたしがコロッケに夢中で存在を忘れていただけで、本人は潜めているつもりはなかったかもしれないけど)、コロッケに手を出すこともなく、じっとりと背後から月華を観察していたフラワーが。
なんと。
フラワーが、夜咲花ににじり寄って、錬金魔法を教えてくれってお願いしたら、夜咲花はあっさりオッケーしちゃってね。なんかね。夜咲花は、フラワーの奇行(奇行だよね?)を、かなり好意的な感じに受け止めちゃってるみたいでね? えっとね。月華に憧れているけど、勇気が出なくて声をかけることが出来なくて、後ろから見つめているだけの内気な女の子、みたいに思ってるみたいでね?
激しく誤解なんだけどね?
恥ずかしがり屋さんにしては、月華との距離が近いし。それに、普通に自分の姿晒してますよね? 恥ずかしがり屋さんだったら、もっとこう、物陰に隠れながらひっそりと見つめる、みたいな感じじゃないの?
あんな、堂々としたストーカー……、あ、はっきり言っちゃった。まあ、でも、うん。ぶっちゃけ、ストーカーだよね?
………………。
まあ、ともかく。二人はなぜか意気投合しちゃって、二人で仲良く錬金部屋に入っていったのだ…………。
フラワーが錬金魔法に興味を持ったのって、月華を男にする薬を作るためなのかな……。
どうか。どうか、うまくいきませんように!
祈ってはおくけど、止めに行くつもりは、ない!
てゆーか、止められる自信がない!
きっと、きっと、大丈夫。失敗するよ。だって、あの錬金魔法って、夜咲花の特殊能力っぽかったし! あたしも、まねしてやってみたけど、華麗に失敗したし! 自分でコロッケを作れたら幸せだよね! と思ってやらせてもらったけど、見た目は完璧だけど味がしないという、悲しい一品しかできなかったし。
うん。きっと、大丈夫。
怪しげな液体の入った、見た目が怪しい瓶が出来たけど、実際はただの水! みたいな! そんな結果になるよ。きっと! あたし、信じてる!
…………………………。
フラワーはねー…………。
見た目は、花まみれの衣装に身を包んだ、しっとり系の水も滴る美少女なのになー。中身が、ね。じっとりねっとりしているうえに、得体の知れないところがあるというか。なんというか。
夜咲花が、フラワーに変な風に影響されないといいんだけど。
うう。祈るしか、出来ない。
と、とにかく!
まあ、そんなこんなで、まず二人が消えた。
で、それをきっかけに。
ずっとそわそわしていた
まあね、紅桃はね。見た目は、可憐な絶世の妖精風美少女なんだけど、実は男の子だからね。男嫌いの月華に男の子だってばれたら、使い魔じゃなくされて、魔法少女の力を使えなくされた上にアジトの外に放り出されるんじゃないかって、心配してたから。
なるべく、月華の傍にはいたくないんだろうな。
魔法少女の力が使えないのにお外に放り出されたら、妖魔の餌食になるしかないし、さすがに月華もそこまではしないんじゃないかなー、と思うんだけど。約束はできないし。月華の男嫌いは心春よりも根が深いような気がするし。気がするだけだけど。
で、また二人が消えて。
お次は、
「
と言って、ピッと敬礼すると、しゅたっとお外に出て行った。
キノコ、かな……。
ちょっと、不安な気もするけど。アジトの周りにキノコを生やすぐらいなら、まあいいか、と思って見送って。
また一人…………というか、一キノコがいなくなり。
あたしと月華以外で残ったのは、
三人は、他のみんなみたいに、アジトの外に出たり、このお部屋からいなくなったりしたわけじゃないんだけれど。
「雪白、もう少し詳しく話を聞かせてもらえる? マ……月見も一緒に来てちょうだい」
月下さんが、雪白と月見サンに声をかけて、隅の方に片付けてあった足が折り畳み式のちゃぶ台を広げて、そのまま隅っこに設置して、話し合いが始まってしまったのだ。
同じ部屋の中にいるし、姿も見える。
けれど。
広いテーブルには、あたしと月華だけが残されたのだ。
月華は、お誕生席に座っていて。あたしは、テーブルの反対の端っこに座っている。
微妙な位置関係で、広いテーブルに二人きり、なのだ。
えーと、どうしよう。もっと、近くに座るべき?
何か、話しかけるべき?
でも、何を話したらいいの?
いや、闇鍋市場であたしが投げた質問について、とか。答えは見つかったのかな、とか。聞きたいことは、ないでもない。ないでもないけど、あたしからは聞きづらい。
あんなこと、聞いてよかったのかも、分からないし。
月華の相棒である雪白は、「よく聞いてくれた」みたいに言ってくれたけど。月華本人的には、どうだったのかな?
仲間になったばかりの、新参者の魔法少女に突っ込んだこと聞かれて、気を悪くしてないかな?
と、とりあえず、謝っておくべき?
そ、そうだね。そうしよう。
その質問が、月華にとってどういう意味があったのかは置いておいて。
まだ、そこまで親しい間柄じゃないのに、空気を読まずに、いきなり突っ込んだ質問をしちゃったことを、とりあえず謝ろう。
そうと決めたら!
俯いてぐるぐるしていたあたしが、決意に乗せて思い切りよく顔を上げて月華を見たら。
バッチリ、目が合った。
何か言いたそうに、こっちを見ている。
もしかして、ずっと待っててくれた?
あたしが俯いて考え込んでいたから、声をかけられなかったのかな?
だとしたら、ごめん!
諸々の意味を込めて、ごめんなさい! と言い出す前に。
月華がポツリと言葉を零した。
「私は、恐らく。自分自身を助けたかったんだろう」
「…………え?」
「だから、妖魔に襲われている少女しか、目に入らなかった」
「うん…………」
「だが、考えてみれば、私が今ここにこうしているのは、私が私自身を救い出したからだ。私はもう、私を助けていた。なのに、私はあの一瞬に囚われすぎていて、そのことに気づけなかった。星空のおかげで、そのことが分かった」
「う、うん…………?」
どうしよう? あたしの頭が悪いせい? それとも、月華が話下手だから?
頷いたはいいものの、もうすでによく意味が分からない。
でも、話の腰を折ったらいけないし、せっかく月華が珍しくいっぱいお話してくれてるし。ちゃんと覚えておいて、後でゆっくり考えよう。それか、雪白にでも聞いてみよう。
と思ったのだけれど。
そこで、話は終わってしまったらしい。
月華は、少し満足そうな顔で黙ってしまった。
………………え?
マジで、これで終わり?
質問に対しての月華なりの答えが見つかって、あたしにそれを報告してくれた、ってことは分かる。なんだか、あたしに感謝してくれているらしきことも、なんとなく。でも、肝心の答えの意味がよく分からない。
「どういたし、まして?」
この返しであっているのか、分からないけど。
他に言うことも思いつかなくて、戸惑いつつも口にしてみる。この話の流れで、謝るよりはこっちの方がいいだろうと思って。
すると、月華は不思議そうにあたしを見ながら首を傾げた後、閃いた!…………って顔をして、
「ありがとう、星空」
と、笑顔で言った。
初めて見る、笑顔。
月の女神様みたいな冷たくも神々しい感じの笑みじゃなくて、普通の女の子の柔らかい笑顔。
う、撃ち抜かれた!
あたしは、真っ赤になってテーブルの上に沈没する。
は、反則や!
い、いや! これは、心春的な意味じゃなくて!
純粋に、月華の……変化……が、嬉しくて。
ストイックな感じで女の子を助けることだけを人生の目的みたいにして、他のことは一切顧みない月華に、少し余裕ができたらしきことが嬉しくて。それ以外はまるで興味がなかった月華が、あたしにお礼なんか言っちゃってくれたことが、嬉しくて。
それだけ!
それだけだけなんだけど、元が女神級の美人さんだから、笑顔の破壊力が凄まじい。
あと、あの! 閃いたって顔!
なに、あれ。可愛い。綺麗だけど可愛い。
ここに心春がいなくて、よかった。
月華ルートに直行するところだった。
沈没しながら。
あたしは闇底の何かの神様に、心の底から感謝した。