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第93話 愛が炸裂しちゃいました(前編)

 かぽーん、って感じの音が耳の奥に響く。

 うっとり、とため息をつく。

 ああ、いい。

 暖かい心地よさが、骨まで沁みる。

 目を閉じていれば、ここはまさしく極楽だった。

 目を閉じてさえいれば。

 …………まあ、男の人だったら、目を開けた方が極楽なのかもしれない。

 でも、あたしは。

 あたしには。

 目を開けたら、もの悲しい現実が待っているだけなのだ。

 だから。

 目を閉じたまま。

 もう少し、この夢心地に浸っていたいと思う。


 心春も、たまにはいいことをする。

 そう。

 極楽も悲劇も全部、心春のせい。いや、おかげ?

 うん、でもまあ。そういうことなんだよ。


 うっとりと目を閉じたまま、思い返す。

 この悲劇と隣り合わせの極楽にお招きされちゃうまでのことを。




 コロッケの宴が終わって、プチ解散みたいになって。

 月華つきはなと二人きりになって、ちょっとお話なんかもしちゃって。でも、割とすぐにお話は終わっちゃって、月華は言いたいことを言って満足したのか、テーブルに頬杖をついてぼんやりし始めて。あたしは、本当に一人で取り残されちゃったみたいになって、暇になっちゃって。

 どうしようかな、って思い始めた、そんなタイミングで。


「みなさん! ついに桃源郷が完成しました!! どうぞ、心行くまで堪能しちゃってください! さあさあ! 今すぐ!!」


 スパーンといい音がして。

 アジトの戸が壊れないか心配になるくらいの勢いで、思い切りよく開けられて。

 あたしのコロッケ愛に影響を受けて、自らの愛のためにお外で作業をしていた心春ここはるが、アジトに戻ってきたのだ。


 いいタイミングと言えば、いいタイミングなんだけど。

 あたしは、ため息をつきながら重い腰を上げた。

 ルナたちが帰って来てくれた方が嬉しかったなー、とか思いながら。

 だって。だってさ。

 アジトの外では、心春のキノコ愛が炸裂しちゃってるはずなのだ。一体、どこまでキノコが炸裂しちゃってるのかを確認するのは、ちょっと気が重い。

 お外がとんでもないことになっていたらどうしよう?

 なんたって、心春だからなー。

 何があっても、おかしくない!

 出来れば、もう一人くらいついて来てほしいなー、なんて思いながら、アジトの隅っこで話し合いをしている月下さんたちの方へチラチラと視線を投げかけると、ちょうど話が終わったところだったのか、話し合いに疲れちゃっただけなのか、月見サンが嬉しそうに立ち上がった。


「あたしも、ちょっと様子を見てくるねー。二人は、話を続けててもらっていいから☆」


 とか言いながら、月下げっかさんと雪白ゆきしろに向かってひらひらと手を振っていたから、どうやら後者の模様。


「仕方ないわね。そっちは任せたわ」


 月下さんはと言えば、チラッとそんな月見サンを見上げただけで、またすぐに雪白と話し始める。

 心春の幸せには、まったく興味がないみたいだ。

 心春はちょっと残念そうな顔をしたけれど、すぐにパッと顔を輝かせた。

 なんと、特別ゲストが現れたのだ。

 いや、現れたって言い方も、あれなんだけどね。

 なんと、なんと。

 月華が、月華が立ち上がったのだ。

 無表情のまま、心春のいるアジトの入り口へと向かう。最後に立ち上がったのに、真っ先に辿り着きそうだ。もしかして、意外と結構、興味を持っちゃったりしている?

 遅れないように、あたしも小走りで先を歩く月華を追いかける。

 どうしよう。

 あたしも、ちょっと楽しみになってきた。

 いや、言っとくけど。楽しみって言っても、心春の作品が、じゃないよ?

 月華が、どんな反応するのかなって。

 それだけだから!



 と、まあ。

 わくわくしながら、お外へ出てみたわけですが。


「じゃーん! こちらです!!」


 心春が得意そうな顔でお披露目してくれたのは、何の変哲もないただの大きなキノコハウスだった。

 日本昔話風のアジトの隣に、アジトより大きな平べったい感じのキノコがでーんと建っている。ドアが付いているのが見えるので、オブジェじゃなくて建物なんだとは思うけど。

 なんか、心春にしては、普通?

 それとも、あの中にびっしりとキノコが詰まっているんだろうか?

 ドアを開けたら、キノコが雪崩出てくるとか?


「では、中へどうぞ!」


 カラカラと音を立てて、心春が引き戸を開け、あたしたちを手招く。

 どこか軽い足取りで、月華が中へ入り。お次は月見サン。で、最後にあたし。

 ふむふむ?

 入ってすぐ左手に、ソファーとテーブルのセットが、二つ。右手は、小上がりになっていて、なんと畳が敷かれている! 畳!

 でもでも!

 注目すべきはそこではない!

 ソファーと畳のくつろぎスペースの向こうには、キノコのポスターがあちこちに張られた壁があって、その真ん中に!

 真ん中に!

 向こう側へと続く入り口があるだけど、その入り口に、のれんが!

『ゆ』って書かれたのれんが!


 こ、これは、あれですね!?


「ねえねえ、心春ちゃん。大きなキノコをくり抜いた中に、みっちりキノコが詰まってる、キノコ風呂……とかじゃないんだよね?」


 今にも走り出しちゃいそうなあたしを止めたのは、月見サンの引きつった声だった。

 …………………。

 有り得る。

 ものすごく有り得る。

 でも、それ。入りたくないよ?

 そこに喜んで入るのは、心春だけだよ。

 だ、大丈夫かな?

 せっかく、月華も一緒に来てくれたのに。

 残念なことになったら、どうしよう?

 不安に駆られながら恐る恐る心春の様子を窺う。

 すると、心春は驚愕の表情で固まった。

 それから、両手を頭に当てて、右に左にと体を捻り始める。

 うーん。キノコが悶えている……。


「…………その手がありましたか!? 私としたことが!! 気が付きませんでした! 申し訳ありません! 次までには、用意しておきます!! 今回は普通のキノコ風呂で!!」

「あー。じゃ、それ、一人用の小さいヤツでいいからねー。はー、よかったー。普通のお風呂にはいれるー」


 月見サンはいい笑顔で、うきうきとのれんをくぐり、脱衣所へと向かう。

 ちなみに、月華はとっくにのれんの向こうへ姿を消していた……。こういうところは、相変わらず。

 普通のキノコ風呂っていうのが気になったけれど、まあ、まったくキノコ成分がないはずがないので、もうその辺は諦めて、あたしもまだ頭を抱えている心春の腕を掴んでのれんをくぐった。


「いくよー。心春―」



 のれんをくぐって、少し通路を進んだ先が脱衣所になっていた。

 ほっ。よかった。

 脱衣所は、何の変哲もない、普通の脱衣所だ。

 先に向かっていた月見サンが、鼻歌を歌いながらコスチュームを脱いでいるのが見えた。

 月華は、不思議そうに脱衣所の中を見回している。

 どうしたんだろ?

 特に、不思議なところはないと思うけどな。

 洗面台が二つあって、マッサージチェアが二つあって。鍵付きのロッカーじゃなくて、棚にタオルが入ったカゴが突っ込んであるタイプのヤツだけど。まあ、そこはホラ。貴重品とか、別に持ってないしね。


「ふむ。私たちは魔法少女ですから、温泉コスに変身すればいいだけですけど、ちゃんと自分で脱いだ方が気分は出ますね。私もそうします!」

「心春は変身したほうがいいんじゃない? その着ぐるみ、普通に脱いでも、温泉気分よりも、イベント終了気分にしかならないんじゃない? てゆーか、もうさ。そのまま入って、キノコ風呂の一部になれば?」

「はっ! それは、いい考えですね! 着ぐるみでお風呂なんて、本来であればマナー違反ですが。ここは、闇底。無法地帯。そして、このキノコ温泉の主は私! キノコのためなら、許されますよね! ありがとうございます! 星空さん!! では、失礼して。私はこのままでお先に入らせてもらいます!!」

「あ……はい。どうぞ」


 冗談のつもりだったんだけどな。

 まあ、いいか。

 もう、行っちゃったしな。

 先に脱ぎ始めていた月見サンも、「お先ー」と、心春に続いて行った。

 えーと、あたしはどうしよう。

 あ、そうだ。月華は、もう服を脱いだのかな?

 二人が消えて行った、お風呂場へと続く入り口から視線を外して、振り向いたところで、ちょうど月華と目が合った。


「服を脱いで、あそこへ行けばいいのか?」

「え? うん、そう、だよ」

「そうか」


 あたしの答えに頷いて、月華はセーラー服のスカーフへと手を伸ばす。

 え、えーと?

 温泉とか、行ったことないのかな?

 お風呂に入ったことがない……とかじゃないよね? さすがに。


「おまえは脱がないのか? 先に行くぞ」

「え? あ、ああ。今、今行きます!」


 ひ、ひー。考えている内に取り残されたー。

 うん。もう、魔法で。一瞬で。

 お風呂仕様に、へーんしーん。

 うーん、一瞬で真っ裸だね。らくちん。


 はー。しかし。

 月華は、脱いでもすごかったよ……。

 美の女神さまのようなプロポーションだよ。

 羨ましい……。


 あたしは、発展途上の胸元を隠すように前かがみになって、キノコ風呂へと向かった。


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