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第6章 つき と はな

第96話 物理的に黙らせて

 あの世でもこの世でもない、妖魔たちが蔓延る不思議な世界、闇底やみぞこ

 太陽も月も星もない闇底の空は、いつも真っ暗だけど。

 空から見下ろす闇底は、仄明るくて薄暗い。

 謎の発光生物・ホタルモドキがあちこちをフヨフヨ飛んでいるからだ。

 まるで、死者の魂みたいに。


 日本昔話風の魔法少女のアジト周辺の草原にも、ホタルモドキは飛んでいる。

 それから、草原の先にある、荒野にも。


 ほんのり明るい草原のはずれ。

 荒野との境目のようなその場所で。

 今、世紀の対決が、始まろうとしている。

 まあ、世紀の――っていうのは、ちょっと言ってみたかっただけだったんだけど。


 あたしは。

 あたしたちは。

 その幕開けを、闇空の上から見守っている。


 見下ろす先にいるのは――――。



 ついに現れた、魔法少女を喰らう妖魔、華月かげつ

 見下ろす先で、華月は歪んだ笑いを浮かべていた。


「へえ、君が月華つきはなか。ふ、ふふ。ゾクゾクするね? ボクは華月。華やかなりし月、華月。でも、別に覚えなくてもいいよ? だって、君はもうすぐボクに食べられちゃうんだから」


 サラサラの長い銀髪。

 猫みたいな金色の瞳。

 褐色の肌。

 超ミニの白いセーラー服。スカーフとスカートの色は鮮やかな青。

 大人しく微笑んでいれば、ぱっと見は、エキゾチックな感じのスレンダー美少女なんだけど。

 今はちょっと、いやかなり、残念なことになっている。

 歪んだ内面が表情に現れすぎてて、無言で目を逸らしたくなるレベルで、えーと。言ってもいいかな? まあ、女の子じゃなくて妖魔なんだから、言っちゃってもいいよね。

 正直、目を逸らしたくなるレベルで見苦しい。てか、醜い。この前会った時よりも、さらに。


「これから切り捨てる妖魔の名前など、元より覚えるつもりはない」


 下品に舌なめずりする華月と相対するのは、我らが月華。

 いろんな意味で、華月とは対照的だ。


 艶やかな長い黒髪。

 クールな眼差し。

 美白系化粧水のコマーシャルに出たら売り上げが凄いことになりそうな、透き通るような白いお肌。もちろんツルスベ。

 クラシカルな膝下丈のセーラー服。色は紺。スカーフは赤。

 冴え冴えとした、月の化身、もしくは月の女神様なのでは、と思わせる超絶美少女。

 とてつもなく、神々しい。

 とてつもなく、美しい。



「聞いてた話じゃ、華月って結構強敵ってイメージだったけど、こうして月華と比べてみると、小物感半端ねーな」

「うん。月華、神々しすぎる。圧倒的。よかった。これなら、大丈夫。月華が負けるはずない」

夜咲花よるさくはなちゃんのヤバすぎる緊張がとれたみたいでなにより~。でも、まだ何が起こるか分からないし、完全に気を抜いたらダメだよー? いきなりの急旋回とかにも対応できるように、片が付くまではちゃーんとしっかり捕まっててねー?」

「ん。分かってる」

「品がない……。残念…………。不要。ヤってよし」

「フラワー……。無表情で淡々と物騒なこと言わないで……」

「ねー? あの子、どうしてクサリでつながってるの?」

「え? えーと、それは……」

「それにしても、なんだか二人の世界と言う感じですね。月下美人げっかびじんさんもいるのに、見えていないかのように存在を無視されていますよ? 華月が魔法少女なら大変美味しい展開ですが、妖魔では…………はっ、待ってください! ここからの、月下美人さんの反撃ですよ! 私を差し置いて何を二人の世界を創っているのかしら? あなたの相手は私がするわ的な! 的な!!」

「………………!」


 何かを迸らせる心春ここはるに、ビクッとなった腕の中のココを、あたしは優しく撫でてあげた。

 その子はもう手遅れだから、あんまり気にしないように。

 胸の中だけでココに語り掛けて、草原のはずれで見えない火花を散らし合う、月華たちを見下ろす。

 草原を抜けた先で、草原を背に並んで立つ月華と月下さん。黄色いワンピースがよく似合う、いつも優しく微笑んでいる月下さんだけど、今は厳しい眼差しで華月を睨みつけている。

 ちなみに月華は鳥妖魔の雪白ゆきしろと合体済みで、背中から白い羽根を生やしてます。


 で。


 二人の視線の先には、魔法少女のアジトというエサでおびき出した華月がいる。それから、華月と鎖で繋がれた女の子が。

 華月の左手首の腕輪と、女の子の首輪が鎖で繋がれているのだ。

 うちで一番お胸の大きいアニマル系魔法少女のルナにも匹敵するナイスバディ。でも、この子の方が、なんかエロい感じ。体にフィットする、禍々しい赤い文様が入っている黒い服のせいだろうか。ちなみに、ふわふわの長いツインテールだ。

 華月に、出来損ないの魔法少女呼ばわりされているその女の子は、ギラギラと深く激しい憎しみを込めた瞳を向けている。

 前に立つ華月と。

 それから。

 華月と向かい合う、月華と月下さんへ。

 闇空から様子を窺っているあたしたちには気が付いていないみたいだけれど、もしも気が付いたら、あたしたちへもあの眼差しを向けるんだろう。

 あたしたちは、あの子の敵じゃないはずなのに。

 華月から、助けてあげたいと思っているのに。

 あの子を見ていると、なんだか、胸がざわざわして痛い。




 サトーさんから、華月襲来の知らせを受けて、あたしたちは。

 万が一にもアジトを壊されたくないから、草原の外で向かい打ちましょう、という月下さんの鶴の一声により、草原のはずれで華月を待つことになったのだ。

 おそらく、この間サトーさんと会った、“道”のある荒野から来るだろうということで、荒野側のはずれに雪白と合体した月華と月下さんが向かい、他の魔法少女は念のため空から周辺の様子を偵察に行くことになった。もしも別の方角から華月が来たら、シュバっとみんなに知らせるためだ。もしも、反対側から来たとしても、お空を飛べば余裕で間に合うしね!

 お空を飛べない組もいるけど、それは心春が空飛ぶキノコでどうにかしてくれると請け負ってくれた。

 まあ、結局。

 ココは、あたしが命綱のベルトでお互いの体を結び付けて抱きかかえ、月下さんは月華が抱きかかえてくれることになり、夜咲花は月見サンの空飛ぶ竹ぼうきの後部座席に収まることになったんだけど。

 アジトにいるよりは空にいる方が、逃げ道がある分安心だし、夜咲花に月見サンと相乗りしてもらうことは、あたしたちの中では決定事項で。

 だけど、妖魔が怖くて絶賛引きこもり中の夜咲花をどう説得しようかと頭を悩ませていたんだけど。

 月華とあたしの二人と手をつないでとはいえ、すぐお隣の温泉へ、ちょっとだけとはいえ脱引きこもりをしたことが自信になったのか。それとも月華への信頼とかそういう諸々からなのか。


「あ、ああああああああああ、あたしも行く! だって、つ、つつつつつつ、月華が負けるわけないし! あたしも、月華が戦うの、戦って勝つの、みみみみみ、見届ける!」


 って、全身をバイブレーションさせながらも、決心してくれて。

 あたしたちはそれぞれ、アジトのある草原周辺の空へと飛び立ったのだ。


 華月は、予想通り、サトーさんが使っている“道”のある荒野からやって来た。

 知らせを受けて、散らばっていたあたしたちがそちら側のはずれへと集まって。


 そして。

 今、ここにこうしているわけです。



「楽しみだな。君の血は、どんな味がするんだろう? 君を倒して、ボクは君の力を手に入れる。ボクが君に成り代わる。ボクこそが、魔法少女を統べる存在となる。魔法少女はみんな、ボクの言うことだけを聞いて、ボクのためにだけ存在すればいい。君の代わりに、このボクが、魔法少女を支配する。魔法少女は、ボクのものだ。ボクだけのものだ」


 トリップした時の心春を数倍下品にした感じのイっちゃってる顔で、華月が何やら最低なことを語り始める。月華たちに向かってというより、ほぼ独り言に近い。こういうところも、心春的。

 最低。

 ぶちのめしたい。


「下劣ね」


 冷たく言い捨てて、月下さんが自分の髪の毛を数本抜いた。

 髪の毛は月下さんの手の中で黄色く光って、長い針みたいになる。

 もしかして、それが月下さんの武器?

 使い過ぎたら、月下さんの頭がツルピカになっちゃったりしないんだろうか。

 余計な心配をしていると、月華も無言のまま、愛用の三日月ブーメランを構える。


「ふふふ。これで、ようやく出来損ないの魔法少女を用済みに出来る。ようやく、本物の魔法少女を手に入れることが出来る」


 二人が構えていることに気が付いていないのか、華月はお構いなしに妄言を垂れ流し続ける。

 ちょっと、もう、黙ってほしい。

 月華と月下さんも同じことを思ったのだろう。

 二人とも無言で、喋り続ける華月に向かって、それぞれの武器を投げ放つ。


「対話など無意味! 物理的に黙らせる! と言うことですね! よいと思います!!」


 弾むような心春の声が聞こえてきた。

 そう聞くと、どうかとも思うけど。

 あんまり、正義の味方っぽくないけども。

 でも、今回はよいとあたしも思います。


 華月。

 あいつ、マジで最低。


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