「…………っ!」
元髪の毛の短剣は、一本だけじゃなくて。続いて二本目、三本目が、違う角度から華月に襲い掛かろうとしていたけれど、それが華月の体に届くことはなかった。一本たりとも。
華月が右手を前に突き出すと、襲い掛かろうとしていた短剣は、見えない何かに弾かれて地面に落ちてしまったのだ。
え? 何?
何がどうなったの?
「なるほど。なんか、バリア的なアレで弾いたのか?」
「おのれ、生意気な! 小癪な真似を! とっととやられてしまえばいいものを!!」
「さすがにその辺のザコ妖魔と同じとはいかないねー。でも、攻撃はちゃんと効いてるみたいだねー」
何が起こったのか分からずに、怒りのオーラを立ち昇らせる華月と荒野にカランと落ちた短剣を交互に見ていると、小声でひそひそと実況解説っぽい何かが始まった。
発言は、
うーむ、そっかー。さっきのは、見えないバリア的なアレなのかー。なるほどー。
「お、おまえらっ! まだ、ボクが話している途中なのに、よくもっ!」
華月が毛を逆立てるようにして怒り出す。
話してる途中って、自分の言いたいことを一方的に垂れ流してただけじゃん。
「うーん。本当に月華以外は眼中にないって感じだねー。華月に傷をつけたのは月下ちゃんの短剣なのに、あいつ月華のことしか見てないよー?」
「まあ、
「それどころか、これ幸いと華月の背後に回り込もうとしてますよ!」
ほ、ホントだ。
華月と鎖で繋がれた女の子――――クサリちゃん(仮)は、月下さんの動きを目で追っているみたいだけど、華月は全然気が付いていないみたいだよ?
実は本当に月下さんのことが見えていないんじゃない?
…………てくらいに、完全スルーだよ?
と、思ったら!?
「おい、いいな。ザコの相手はザコのおまえがするんだよ。ちゃんとやれよ。今度、ボクの体に傷がついたら、ひどいお仕置きをしてやるからな!」
「…………っ! はい…………」
一応、ちゃんと月下さんがいることは、分かってるんだね。
爛々と光る眼を月華から外すことなく、クサリちゃんに月下さんの相手をすることを命じる華月。
クサリちゃんは、ギリっと唇を噛みしめながら、悔しそうに頷いて。それから、お前のせいだというように、月下さんのことを恨みと憎しみのこもった瞳で睨みつける。
そ、そんなぁ。月下さんのせいじゃないのに。いや、こうなった原因ではあるかもしれないけれども! でもでも、それは。クサリちゃんを助けたいからであって!
うう。すれ違うこの想い!!
「あいつ、許せねぇな」
「マジさいてー」
「今すぐ! 今すぐ殲滅してやりたい!! 殲滅! 殲滅!!」
心春に同意だよ!
お空に浮かんでいるキノコ……の着ぐるみを着ている心春を見たら、キノコ……心春は「殲滅! 殲滅!」と壊れたように繰り返しながら小刻みに振動していた。
キ、キノコがお空でバイブレーションしている。
なぜか、紅桃が超嫌そうな顔で、そして月見サンは超微妙な顔で心春を見つめている。二人は、同時に心春から視線を逸らした。
よく分からないけど、まあ、今はそれどころじゃないんだった。
とりあえず、キノコのことはどうでもいい。
気持ちを切り替えて、再び現場へと視線を戻す。
月下さんは、薄い笑みを浮かべていた。
もちろん、楽しくて笑っているわけじゃない。
背後に、青白い怒りの炎が見えるかのようだ。
怒ってる。すっごく怒ってる。めっちゃっくっちゃ怒ってる!
闇空から見下ろしているだけで、震えが来る。
これはもう、華月の殲滅は確定したのも同じなのでは?
月下さんが、また髪の毛を抜いた。
右手で抜いた一本は、今度は短剣ではなく、黄色く光る長い剣になる。なんか、ビームサーベルみたい。
続いて、左手で何本かの髪を抜いて、それを闇空に投げ放った。
宙を舞う髪の毛は、やっぱり黄色く光って、一人で勝手にうごめき始めたと思ったら、蝶々の形になる。黄色く光る針金細工の蝶々みたい。
華月の正面に立つ月華はといえば。
いつもクールな無表情なのに、さっきの華月のセリフはさすがに許せなかったんだろう。珍しく眉をひそめている。
いつの間にか手元に戻っていた三日月ブーメランを片手に、ジリと華月との距離を縮めようとしている。
黄色く光る蝶々がひらひらと、鎖で繋がれた二人の周りを舞う。
クサリちゃんの動きを気にしながら、月下さんがサーベルを構える。
クサリちゃんは、華月の背後に立ち、月下さんと向き合う。
お互いの背中を守り合う、みたいな立ち位置なのに、実際には全然そうじゃない。
クサリちゃんは、月下さんを睨みつけながらも、あんまり戦う気はないみたいだった。両手をだらりと垂らしたまま、やる気なさそうに立っている。
コスチューム的には、鞭とかが似合いそうなんだけど、どうなんだろう?
じりじりとしたにらみ合いが続く中、最初に動いたのは華月だった。
て、うわ!
両手の先から爪がジャキーンて!
ジャキーンてした爪で月華に襲い掛かろうとして、失敗して空振る。
華月の突然の動きについていけなかったクサリちゃんが足かせとなって、月華が三日月ブーメランで攻撃を弾くまでもなく、まだ月華まで届かないところで躓きかけて、まあ結果として空振りになったというか。
「この出来損ない! ボクの邪魔をするな! ザコからボクを守りながら、ボクの邪魔をしないようにうまく動けよ! おまえは、ボクの使い魔なんだから、それくらい当然だろう!! 本当にお前は出来損ないだな!」
「きゃああ!!」
華月が乱暴に鎖を引っ張った。クサリちゃんは悲鳴をあげながら、地面に倒れ伏してしまう。華月が、倒れたクサリちゃんの体を無造作に蹴った。
見ていられなくて、あたしはぎゅっと目を閉じてしまう。
こんなの、ひどいよ!
「何してやがるんですかね? あのクソ妖魔ときたら。こうなったら、この私がキノコミサイルとなって特攻して、ヤツもろとも大爆発を……っ!!!」
「お、大落ち着いて心春! それやったら、あの子も巻き込んじゃうから!」
こっちにも、違った意味でひどいのがいた。
放っておくと本気でやりかねないので、あたしは目を開けて慌ててキノコにしがみつく。胸に抱えていたココから小さく悲鳴が聞こえたけれど、でも、ごめん! ちょっとだけ、我慢してて!
あー、抱っこじゃなくて、おんぶにしておくんだった。
「ほ、星空さん? 放してください! このままでは、星空さんまで巻き込んでしまう!」
「いや、どっちにしろ、大爆発したら空にいる俺たちも巻き込まれるんじゃね?」
「はっ! 確かに! 私としたことが、怒りに我を忘れて、つい!」
腕の中のキノコが振動を止めた。
「ミサイル発射のカウントダウンは止まったみたいだな。ほら、星空、いろいろ微妙だからもうそのキノコから離れろ。ココも目を回してるしな」
「あー、ココー! ごめんね!」
「だ、大丈夫、れす……」
あたしは慌ててキノコから離れて、目を回しているココの体を撫で繰り回す。
「はっ! 今のは、まさか、嫉妬! 私に抱き着く
「ひっ! また、キノコに火が付いた。理由がなんかおかしいのは置いておいて。とにかく落ち着けキノコ! おまえが下手に動くと、むしろ味方が大惨事になりそうだろ!? あと、絶対あの子のことも巻き込むだろ!」
「そうねー。心春ちゃんは、ひとまず落ち着こうか。ここはさ、計画通り月華と月下ちゃんにお任せしようよ? 二人を信じて?」
「はっ! そうですね! 私としたことが! 二人の共同作業の邪魔をするなど! そうですよね! あのお二人が失敗するわけありませんものね! すみませんでした!」
キノコが深々と頭を下げる。
「先に、あの子を助け出せないのかな……」
キノコ特効が回避できたことに安心していたら、涙交じりの声が聞こえてきた。
空飛ぶ竹ぼうきの後部座席で、グシグシと目元をこすっている。
竹ぼうきと並ぶように隣を飛んでいるルナが、必死で夜咲花の頭を撫でてあげている。
そう言えば、フラワーはどこに行ったんだろう?
あれはあれで、キノ……心春とは違った意味で危険が危ないのだ。危険が危ないのだ。危なくて危険なのだ。
気になって辺りを窺えば、あたしたちよりも少し低いところを飛んでいた。月華の真上で、そっと足元を見下ろしている。
い、いつもの月華へのストーカー行為ならいいけど、まさかフラワー特攻とか、考えてないよね? キノコの世話だけで、手一杯なんだけど。
「うん。きっと、月下ちゃんたちも、そう考えているはずだよ」
夜咲花のことはルナに任せて、ハラハラとフラワーの様子を気にしていると、月見サンの声が聞こえてきた。
いつもより少しトーンの低い声。
「だからさ。下で戦っている月下ちゃんたちが、きっとあの鎖を何とかしてくれる。そうしたら、その時は……」
「私たちの出番ですね!!」
「ん……。あたしも、なにか、出来ること、したい。あの子のこと、助けたい」
月下さんの言葉を心春が引き継ぎ、そして夜咲花が小さく、でも強い意志を込めた決意表明で締めくくる。
あたしたちは(フラワーを除く)、力強く頷いて、もう一度足元に視線を移す。
つらいけれど、目を逸らさずに、地面に倒れるクサリちゃんを見つめる。
うん。絶対に、あの子を助け出そう。
華月をやっつけることは出来なくても、月華たちと協力してあの子を助けるくらいは出来るはず。
ううん。やるんだ。
あたしたち(フラワーを除く)は丸く輪になって頷きあうと、フラワーよりもさらに下へと降りる。
さっきまでは寄り集まっていたけれど、今度はどういう状況になっても誰かがすぐに動けるように、少し間隔をあけて、空中待機。
あんまり下がると危険かもしれないから、なるべく上の方にいてって月下さんに言われていたから、下の様子が分かるギリギリの高さにいたんだけれど、もうそんなこと言っていられない。
あの子を助けるためだもん。
危険なんて、そんなこと言っていられない。
だって。
だって、あたしたちは。
魔法少女なんだから!