薄闇の中。
ぶつかり合う、紺色のセーラー服と白のセーラー服。
舞い踊る、黒髪と銀髪。
はっきり言って、苦戦していた。
割と物理一辺倒な月華の攻撃は、ことごとく華月のバリアに弾かれてしまうのだ。
三日月ブーメランを剣みたいに構えた月華が、華月の喉元を狙ってブーメランを突き出す。でも、手前で見えない壁に阻まれたみたいにブーメランの先が止まってしまう。
華月のバリアが発動したのだ。
華月は薄い笑みを浮かべながら、ジャキンと伸ばした爪で、お返しとばかりに月華の顔を狙って爪を振りかざす。月華は、軽いステップで爪攻撃をかわして、華月の胸元・頭・腰の辺へと矢継ぎ早に三日月攻撃を繰り出すのだけれど、やっぱりバリアで弾かれちゃう!
ああん、もう!
あれ、なんとかならないの?
あと、月華は三日月ブーメラン以外の攻撃方法って、ないの?
そういや、あの三日月ブーメラン以外の武器で戦っているところ見たことないな。いや、まあ。そもそも、月華が戦っているところ自体、そんなに見たことないんだけどさ。
なんか、なんかこう。
魔法とか術とかは使えないのかな?
あたしたちの魔法は効かないみたいだけど、月華だったら、魔法とかでもなんとかできそうな気がするんだけど。
あのバリアを、何とかする方法ないのかな?
そういうのは、月華よりは
月下さんは、月下さんで。
クサリちゃんに邪魔されて、華月にうまく手が出せないでいるのだ。
月下さんは、髪の毛で作った蝶々で、月華を援護しようとしているみたいだった。月華が攻撃を仕掛けるタイミングに合わせて、蝶々を華月にけしかけている……んだけど。
これが、一度も成功していないのだ。
なぜかって。
さっき華月に怒られてお仕置き的なことをされて超必死なクサリちゃんが、体を張って華月を守ろうとしているから、なのだ。
華月の行動の邪魔をしないように気を使いながら、月下さんの蝶々が華月を傷つけないように、必死で頑張っているのだ。
本当はそんなことしたくないのに、でもやらなくちゃいけない。そんな自分の運命を呪うような物凄い形相で。
華月に近づく蝶々を手で払い落そうとしたり、体を使って盾になろうとしたり。
蝶々は、何度か、クサリちゃんの体を傷つけそうになった。
でも、月下さんの巧みな蝶々さばきで、なんとかそれは回避できたんだけど。
なんというか、埒が明かない感じ。
一度クサリちゃんを傷つけそうになってからは、月下さんの蝶々攻撃がためらいがちになっているのだ。
もしかしたら、たぶん。
月華も、なのかも。
そう考えてみれば、月華の攻撃も、なんかこう月華にしてはキレがないというか、思い切りが足りないというか。華月と一定の距離を保っているのも、クサリちゃんのためなんだろうな。華月が激しく動き回ると、クサリちゃんがそれについていけなくなってしまうかもしれないから。また、クサリちゃんが、ひどい目にあわされちゃうかもしれないから。
月華も、月下さんも。
二人とも。
自分たちがクサリちゃんを傷つけてしまうことを。それから、さっきみたいに、癇癪を起した華月がクサリちゃんを痛めつけることを恐れているのだ。
何か。
何か、いい方法はないのかな。
「なんとか、あの子を説得できないの? あの子だって、本当は華月から解放されたいんだよね?」
「うーん……。月下ちゃんがその方法を取らないってことは、たぶん、そういう問題じゃないってことじゃないんだよ。中途半端とはいえ、あの子は華月の使い魔だから、命令には逆らえないんじゃないかな。たとえ、それが自分の意に沿わない命令でも…………」
「そんな…………」
声を詰まらせて俯く夜咲花。
ああ。闇空の上で、ハラハラと見守るしかない自分が歯がゆい。
せめてあの鎖を、何とかできないものだろうか?
あの鎖から解放したら、何とかなったりしないんだろうか?
あ、これ。試してみる価値、あるんじゃ?
う、うう。でも、ここから「鎖を狙ってみてください!」とか叫ぶわけにもいかないし。そんなことしたら、華月とクサリちゃんにも聞かれちゃうし。
せっかく浮かんだ良い考えを伝えることが出来ずにやきもきするあたしだったけれど、どうやら、あたしが思いつくようなことは、当然月下さんも思いついていたみたいだ。
月下さんは、今まさに、その策を実行しているところだった。
蝶々が、クサリちゃんの右斜め上に集まる。
蝶々を目で追うクサリちゃん。
月下さんも、蝶々に集中している。
――――と、見せかけて。
月下さんは、右手をさりげなく、めだたないように背中に回して、髪の毛を一本抜いた。
それをそのまま、地面に落とす。
髪の毛は、今度は光を帯びたりしないで、そのまま地面を這うように進み、そして。
クサリちゃんの足元までたどり着く。
クサリちゃんは、頭上で攻撃のタイミングを計っているかのように飛び交う蝶々に完全に気を取られていて、足元の髪の毛には気が付いていない。
髪の毛が、鎖の真下に到達する。
固唾をのんで見守る中。
隠密活動をしていた髪の毛が、強く黄色く光りながら華月とクサリちゃんを繋ぐ鎖に向かって一気に跳ね上がった。
よし!
イケる!
完全に捉えてる!
ああ、今まで、なんかパッとしない攻撃してるとか、自分のことを棚に上げて思っていてすみません。最初から、これを狙っていたんですね!
うん、もう、さっすがぁ。
いよっし!
鎖から解き放たれたクサリちゃんを助け出すため、突撃準備ー!!
と、勢い込んだのも束の間。
あたしたちは、ガクリと空中で体を揺らした。
あ。
なんで。
どうして。
「くっ……」
月下さんの顔が、悔しそうに歪められている。
髪の毛カッターの襲撃を受けて、クンと浮き上がった鎖。
そのまま、スパッと切断されちゃうはずだった。
そう、信じて疑わなかった。
なのに。
髪の毛カッターは、鎖をギリギリと突き上げてはいるものの、傷一つ……いや、かすり傷の一つくらいはつけているかもしれないけれど。しれないけれど。
でも、切断は、なんか無理そうな感じ。
うう。なんてことだ。
月下さんでも、ダメだなんて。
でも、でも。
月華なら。
月華なら、きっと。
「おい。ボクだけじゃなくて、鎖も守れ」
「……………………は…………い……」
なんとかできるかもしれないけれども。
けれども。
ああ~。
華月に、鎖を狙っていることを気づかれちゃったよー。
クサリちゃんを華月と鎖から解き放つのが今の一番の目的なのに。
なのに。
そのクサリちゃんが、クサリちゃん自身が、その邪魔をしてくるのだ。
本当は、クサリちゃんだって解放されたいのに。
邪魔なんて、したくないはずなのに。
華月が、それを許さない。
無理やりに、クサリちゃんに、クサリちゃんが望まないことをやらせようとしているのだ。
震えながら、自分と華月を繋ぐ鎖を見つめるクサリちゃん。
この鎖さえ立ち切れればという狂おしい願いと、その願いをこそ断ち切れと命じられた自分の運命を呪うかのような瞳が、いっぱいに見開かれて揺れている。
涙が、とめどなく流れ落ちてくる。
強く噛みしめられた唇。
クサリちゃんこそが、一番、華月と繋がれた運命から逃れたいと思っているはずなのに。
その手助けをしようとしてくれている、月華と月下さんの邪魔をしなければならないなんて。
ひどすぎる。
今すぐ。
飛んで行って、「そんなことしちゃいけません!」って、華月の頬っぺたをパンパーンってして、そして。
そして、あの忌々しい鎖をどうにか消し去って。
クサリちゃんを、自由にしてあげたい。
ちゃんと、本当の名前を聞いて。
本当の名前を呼んであげたい。
あの子が、呼ばれたい名前を呼んであげたい。
「みんなで突っ込んだら、何かがどうにかなったりしないのかなぁ!?」
グスッと鼻を啜りながら、そう零すと。
月見サンに止められた。
「気持ちは分かるけど。あんまり、いい手じゃないかな。たぶん、一番の攻撃の決め手となるのは、やっぱり月華だと思う。でも、混戦してあたしたちが入り混じっちゃったら、月華はきっと、思うように力を振るえないんじゃないかな」
「お二人が何とかして、あの子を解放してくれるのを、待つしかないということですか……。歯がゆいですね」
「………………」
空中待機組に、嫌な沈黙が落ちる。
気持ちばかりが焦ってしまう。
なにか、いい方法はないのかな?
なにか。
あたしたちに、出来ることはないのかな?