「私の蝶々を通さないなんて。三流妖魔の分際で、生意気ね」
どうにかしたいのにどうにもできずに、闇空でもだもだしていると、
さっきまで、綺麗なお顔を悔しそうに歪めていたのに。
今は、冷たい笑みを浮かべている。
氷漬けの月の花みたいな。
「まあ、でもおかげで、この子への支配が完全じゃないことは分かったわ」
凍った花からは、余裕のようなものすら感じられた。
あれー?
ちょっと前までの、あの打つ手なし感は、一体どこに?
それとも、あたしが一人で勝手にそう思っていただけ?
どうなるんだ、と思いながら見ていると。
月下さんが走り出した。
同時に、
と、鳥かごが出来上がった!
そして、華月が閉じ込められてるー!
華月が黄色い鳥かごに閉じ込められたみたいになったその時には、月下さんはクサリちゃんのところまで辿り着いていて、その体をぎゅっと抱きしめていた。
鳥かごの中にいるのは華月だけで、クサリちゃんは華月と鎖で繋がれてはいるものの、鳥かごの外にいた。
「な!?」
「ちょっと、離して!」
華月が驚いて鳥かごに手を伸ばすけれど、鳥かごを作っている黄色い針金に触れたとたんにバチィッと激しい音がして、華月は弾かれたように伸ばした手を胸元に引っ込める。
クサリちゃんの方は、月下さんから逃れようと暴れているけれど、月下さんは軽々とそれを押さえつけていた。
月下さんって、結構…………力持ち、だったりする?
そんな風には見えないのに。い、意外。
「ふふ。私の髪の毛には、退魔の力が込められているの。鎖を断ち切ることは出来なかったけれど、本体の方には、ちゃーんと効果があるみたいね?」
憎々し気に自分を睨みつける華月に向かって、月下さんは艶然と笑った。
うっかり見とれて、地面に落ちそうになる。
いや、てゆーか月下さん!
それ、いつの間に仕込んでいたんですか!?
全然、気が付かなかったんですけど!?
どこからどこまでが、作戦だったんですか?
「こ、これが。プロの術者の戦い方……」
ふぉおおおおお。
そして。
合図の目配せも掛け声もないままに。
ほんと、最初から作戦通りでした、みたいに。
華月とクサリちゃんを繋ぐ、忌々しい束縛の鎖に向かって、
表情一つ動かさず、いたってクールに。
黄色い閃光が走り。
月下さんの蝶々をものともしなかった鎖が。
音もなく、断ち切れられる。
い、今だ!
「ここは、私におまかせを!」
え、ええ!?
飛び出す前に、心春の叫び声が響いて、急ブレーキ。
まかせろって、どうするつもり……って、おいキノコ。どういうつもりだ?
叫んだ割には動く気配のないキノコは瞳をキラキラさせながら下を見ている。一体何が、とあたしも下へと目を向ける。と。
月下さんたちのいた場所に、羽の生えた巨大なキノコが出現しとる!
そんでもって、キノコの中から月下さんとクサリちゃんの声が聞こえてくる。
え? まさか、あの中に、二人が?
「えい!」
心春の、心春にしては可愛らしい掛け声とともに、キノコについている天使っぽい小さな羽がパタパタ動いて、キノコが宙に浮く。
そのままフヨフヨと、あたしたちのところまで飛んでくる。
な、なんだろう。
本当なら、『やったー!』っていうシーンのはずなのに、なんだか心も頭も真っ白だよ?
闇空にいる当事者以外の心が一つになり、みんなの視線が心春へと集中する。
心春は、ドヤとばかりに胸を張った。
「なんだか、暴れているようでしたし、そのまま空へ逃がしても落ちてしまう危険があるかと思いまして! キノコで包んでからお空に飛ばしてみました!」
「それは、そうかもしれねーけどよ。もっと、他に方法なかったのかよ……」
「あー……。二人ともキノコの中で、現在進行形で叫びながら暴れているみたいだしー。月華があいつを何とかするまで、しばらくこのまま放置かなー? お空で開放するのは危なそうだし、下もねー。華月をやっつけて、安全を確保できてから、下に降ろして解放? んー、それとも、このままアジトに連れて帰っちゃう?」
げんなりとため息をつく
若干の問題を残しつつも、みんなもうすべて解決したつもりで、完全に気を抜いていた。
もちろん、あたしも。
人間みたいな見た目をした華月が、月華にやられちゃうところは見たくなくて、なるべく下は見ないようにしている。
だって、もう。
結末は決まったようなものだし。
月華は、たとえ見た目がどうでも、妖魔相手に手加減とか、絶対にしないと思うし。
すっかり気を抜いて、キノコの中身をこれからどうしようかと考えていたら、下からカンカンと音が聞こえてきた。
ん? 何の音?
つい気になってチラッと下をみたら、月華が三日月ブーメランで鳥かごを叩いていた。
え? 何してるの?
ちょうど、こう。華月の首筋のあたりの鳥かごの棒を、横からカンカンしている。
なんか、こう。強度を調べているみたいに。
え? ナニコレ?
別の意味で、大丈夫なの?
好意的に考えると、どうしても華月の首を切り落としたくて、鳥かごごとスパって出来ないか試している、とか?
??????????
バナナと棒の実験中のチンバンジーを見守っているような、新しいおもちゃを与えられた小さな子を見守っているような、そんな気持ちで見下ろしていると。
月華は、首を傾げながら、三日月ブーメランと鳥かごを交互に見ている。
華月の鎖はスパって出来たのに、鳥かごは無理なのかな? でも、同じ月下さんの髪の毛で出来ている蝶々は鎖をきれなかったし、ブーメランが一番強いんじゃないの?
えーと、ブーメラン、鎖、蝶々(髪の毛)の順で強いんだと思ったんだけど。それとも、蝶々と鳥かごでは、材料は同じ月下さんの髪の毛でも成分が違うとか。違う術だとか?
疑問を乱舞させていると、月華の方は華月を鳥かごごと横薙ぎにするのを諦めたようだった。
今度はブーメランを縦に構えて、鳥かごの隙間を通るか試し始める。ブーメランの先は、問題なく隙間を通り抜ける様だった。
スッスと、何度かブーメランの先を隙間に通してみた後、月華は満足した顔で、ブーメランをさっきよりも大振りに構える。もちろん、縦にだ。
決定的瞬間は見たくないのだけれど。
でも、心配になって目が離せない。
ここに来て、こんなにハラハラさせられるとは。
でも、これで、今度こそ。
祈るように見守る中。
三日月の閃光が走り。
走りかけて、途中でガキィーンと跳ね返された。
鳥かごの天辺に。
あ、ああ~。月華~。
なんで、そこ。それ……。
うう。大変、残念なことに、あそこにいるのは、チンパンジーじゃなくて道具が使えない種類のおさるさんだった。棒を使ってバナナをとれないタイプのおさるさん!
「まさか、君の間抜けさに助けられるなんてね。今回は、引き分けってことにしておいてあげるよ」
あまりにあんまりな事態にお空の上で転げまわっていると、今まで静かにしていた華月の皮肉気な声が聞こえてきた。
え? どういうこと?
慌てて見降ろすと、鳥かごに閉じ込められている華月の足元に、何度かみたことがある黒い丸が現れていて、その穴に吸い込まれるように華月は姿を消した。
華月の頭の天辺が消えると同時に黒い丸も、なくなって。
後には、空っぽの鳥かごだけが取り残される。
「こ、このアホ! 何やってるのよ!!」
あ。鳥かごだけじゃなかった。
月華との合体を解除して、鶴サイズの鳥になった雪白と、雪白の両足に頭を掴まれて、ゆっさゆっさされている月華も取り残されている。
うん? えーと、つまり? どうゆうこと?
星空、分かんない。
分かんないってことにしとく。
月華の、名誉のために。