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第100話 メロンソーダ

 鳥かご作戦は、失敗した。

 成功直前までいったのに、失敗してしまった。


「つまり、私が華月かげつを捉えるために作った鳥籠に阻まれて、華月に止めを刺せず、そうこうしている内に術が及んでいなかった地面に“道”を作って華月は逃げてしまったと、そういうことね?」


 月見サンから『月華お《つきはな》さるさん化事件』のあらましを聞いた月下げっかさんは、額に手を当てて、深く長いため息をついた。


 どうやら、そういうことらしい。

 まとめてくださって、ありがとうございます。





 えー。えー、あの後。

 華月が、足元に作った“道”からどこかへ姿を消した後。


 もしかしたら、近くに出口となる“道”を作って、再戦を挑まれちゃったりするかもしれないので、念のため、そのまま闇空で待機して様子を見ることにした。

 その間、キノコに閉じ込められた月下さんとクサリちゃんは、ずっと何か叫んでいたけれど、そのまま放っておかれていた。

 月華は、ずっと雪白ゆきしろに叱られていた。

 緊張感ないなあ、とは思ったけれど、こっちもそのまま放置されていた。まあ、月華と雪白は、いざとなったらすぐに戦闘モードに切り替わるだろうってことで。

 それにまあ、“道”らしきものがどこかに現れたり、華月の姿を見つけたら、声をかけるつもりだったしね。


 で。結局。

 しばらく待っても、華月が現れる気配はなかった。

 月華と雪白が、完全に気を抜いちゃってる感じなのも、もしかしたらそれが分かってたからなのかなー、なんて意見も出て来て。

 とりあえず、アジトに戻ることにしたのだ。

 月下さんとクサリちゃんは、キノコの中でまだ叫んでいた。

 華月はもういないんだし、地面に降りて解放してあげても良かったんだけど、なんか怒っているみたいだったから、そのままアジトに運ぶことになった。


 えっと。これは、決して、嫌なことを先延ばしにしようとか、そういうことじゃなくてね?

 ほら、月下さんは、まあいいとして(いや、よくないけど)。クサリちゃんが、怒りのあまり、一人でどこかへ行こうとしてもいけないし、ね? ほら、クサリちゃんはあんまり魔法少女としてちゃんと覚醒してないっていうか、あんまり魔法とか使えないみたいだし。一人で闇底を彷徨ったりしたら、また華月に捕まるかもだし。華月以外の妖魔に食べられちゃうかもだし。ね?


 つまりは、そういうことなんだよ。


 それに、ほらほら! 月下さん、空を飛ぶの苦手みたいだから! キノコに包まれたままの方が、何にも見えなくていいんじゃないかなー、って。まあ、アジトのすぐ近くだし、月下さん強いから一人で歩いて帰ってもいいんだけどね……。


 とにかく!

 そんなこんなで。

 二人をアジトに連れ帰って、アジトの板の間にキノコを下ろしたときには、二人ともすっかり大人しくなっていた。

 疲れたのか、床に降ろされたことが分かって安心したのか。その辺は、不明。

 クサリちゃんが逃げたりしないように、入り口にルナと紅桃が立ち、残りのメンバーでキノコをぐるりと取り囲む。

 ちなみに、月華と雪白はこのメンバーに含まれていない。なぜなら、月華はアジトに帰るなり雪白に部屋の隅の方に連れて行かれて、お説教を再開されているからだ。ちょっと、気の毒。

 にしても。

 こうして女子二人が閉じ込められたキノコをみんなで囲っていると、なんか、誘拐犯になった気分だね。

 悪い魔法少女になったみたいだ。

 うーん、でも。悪い魔女って、おとぎ話なんかでよく聞くけど、悪い魔法少女って、あんまり聞かないよね……?


「では、キノコの切断式を行いますね! 中から仲睦まじい様子のお二人が現れたら、みなさん祝福してあげてくださいね! あ、星空さん! 心配は無用ですよ! 仲睦まじくなったお二人がそっくり丸ごと星空さんのハーレムに加わる予定ですからね!」

「…………いいから、早く二人を安全に取り出してあげて」

「お任せ下さい!」


 キノコから二人を取り出すのは、閉じ込めた張本人である心春ここはるがやることになったんだけど、なんでいちいち余計なこと言うの?

 そんな心配しとらん、てゆーか、切断式とか言う物騒な単語がむしろ心配なんだけど?

 そう思いつつも、とりあえず二人を安全にキノコから出してもらうようにだけは、ちゃんと言っておくく。あたしも、心春の扱いに慣れてきたなぁ……。嬉しくなさ過ぎて、遠い目になるよ。


「それでは、いざ! 入刀!」


 心春が、さっと人差し指を月下さんとクサリちゃんがインしている巨大キノコに向かって突き出す。

 はたから見てると、キノコの着ぐるみがキノコを指さしているようにしか見えない。


 着ぐるみの人差し指の先で、巨大キノコはパカンと縦に真っ二つに割れた。

 桃太郎の入っていた桃が割れたみたいに、中から疲れた顔の月下さんと、無言で怒っているクサリちゃんが現れた。


「無事に生まれました! お二人の愛が!」


 いや、なんも生まれてないよね?


「一体、どういうつも……り?」


 魔法少女を射殺せそうな鋭い眼光で、怒りを込めた低い唸り声をもらしかけて、クサリちゃんは固まった。

 正面に立っている、キノコの着ぐるみを目撃してしまったからだ。

 キノコの着ぐるみは、クサリちゃんに向かって深々と頭を下げた。

 てっきり、キノコに詰め詰めしたことを謝るのかと思ったら、そうじゃなかった。


「前回は、私の力不足でお救いすることが出来ず、申し訳ありませんでした!」

「前回……?」


 クサリちゃんの視線があたしたちの間を彷徨い、あたしの前で止まった。パッチリしたお目目が、どういうことってあたしに尋ねている。困惑も入り混じっている。

 えーと?

 …………あ! そうか! 

 あたしと心春が、初めて華月とクサリちゃんに会った時のことか!

 あの時は、心春の攻撃が華月に全然通用しなくて、クサリちゃんを見捨てて逃げちゃったんだよね。

 クサリちゃん、あたしのこと、覚えててくれたんだ。ちょっと、感激かも。あの時は、ごめんね。

 じゃなくて、えーと。


「あの時は、あたしも力になれなくてごめんなさい! で、その。初めて会った時! あの時、もう一人いた妖精風のコスチュームの魔法少女のなれの果てがそこのキノコです」

「…………………………は? なにが、どうして、そうなったの?」


 よほど、衝撃的だったのだろう。

 クサリちゃんが素の顔でキノコに尋ねた。

 まあ、妖精がキノコになっちゃったわけだしねー。何事かと、思うよねー。

 さっきまでの、奈落の底から這いあがってくるかのような怒りの波動は、すっかり消えてしまっている。

 あれを消し去ってしまうとは。

 キノコショック、恐るべし。


「ええ、はい! なんといいましょうか! キノコへの愛を再確認し、その愛が炸裂した結果…………といったところでしょうか!」

「………………………………………………そ、そう」


 着ぐるみの言うことがさっぱり理解できなかったようで、クサリちゃんはまじまじと心春の顔を…………いや、顔とキノコの全身を見つめ、最後に一応頷いていた。本当に、意味は分からないけれど、一応頷いたって感じだった。

 軽く腕組みをして、キノコを見つめたまま、固まってしまっている。

 いろいろあってお疲れのところに、斜め横からの衝撃を受けて、なんか機能停止しているっぽいです。



 で、その間に。

 当面、暴れたり逃亡したりする心配はなさそうだということで、月見サンから月下さんへの説明がされて。

 あのまとめ発言へと繋がるわけです。


「蝶で鎖が切れなかったからと思って、籠の方には念には念を入れて、かなり強力に力を織り込んだのよ。ま、力だけで押し切る月華に立ち切れなくても当然なのだけれど」


 お、おお。月下さんが珍しく、控えめながらもドヤっている。新鮮だ。

 やっぱり、プロの術者として譲れない何かがあったりするんだろうか。

 けれど、月下さんはすぐに顔を曇らせた。


「とはいえ、華月を逃がしてしまったのは、手痛い失敗ね。キノコに閉じ込められたりしなければ、私の方でもっとうまくなんとかできたのだけれど」

「すみません! 良かれと思って……! まさか、こんなことになるとは思わなくて!」


 キノコがしゅーんと元気よく項垂れた。

 器用だな。


「まあ、すんだことは仕方がないわ。私も、突然のことで少し取り乱してしまったし、心春ばかりを責められないわ。それに、みんなは、月華ならなんとかするって、信じていたのでしょうし」


 形のよい顎に人差し指をあてて、月下さんは曖昧な笑みを浮かべる。

 えー、はい。おっしゃる通りです。

 正直なところを言えば、月華なら月下さんの造ったカゴとかお構いなしに、てゆーか、月下さんの造ったカゴごと華月を一刀両断しちゃうと思ってました。一刀両断、しちゃえると思ってました。


「やー、ごめん、ごめん! 別に、月下ちゃ……月下を見くびってるつもりはなかったんだけどさー。でも、そう思ってた。ごめん☆ てへ☆」


 月見サンが「てへ☆」っと可愛く謝った。

 み、認めちゃったよ。で、素直に言っちゃったよ。

 さ、さすが、月見サン。


「それに、月華が知能面であそこまでポンコツだとは思ってなかったしな」

「月華は悪くない! それに、あたしたちだって、何にも、出来なかった」

「あー、悪い、夜咲花。別に責めてるわけじゃないんだって」

「あー! 紅桃べにもも夜咲花よるさくはなのこと、泣かしたー!」

「泣かないでください、夜咲花さん! 知能面でポンコツなのは、むしろチャームポイントですよ! そこは、ほら、私たちでカバーしてあげればいいんです! 仲間なんですから! 次こそは、頑張りましょう! きっと、私たちにも何かできることがあるはずです!」

「ん……」


 紅桃が不用意にもらした一言で、夜咲花が軽く涙ぐんでしまい、ルナと心春がそこに加わって、あっちはなんか可愛いことになっている。

 あたしも参戦したくもあったけど、疲れた顔で目をウロウロさせ始めたクサリちゃんが気になって、そっと目の前に立つ。

 うーん、近づいても反応なし。

 大分、お疲れのようだ。

 どうしよう?

 一回、寝た方がいいのかな?

 でも、魔法少女って、あんまり寝なくても大丈夫なんだよね。

 となると、魔素エネルギーが足りなくなってるとか?


「ク……じゃない、ええと、ねえ? 聞こえる? 何か、飲みたくない? ねえ、どんな飲み物が好き?」


 あっぶねえ! うっかり、本人に向かってクサリちゃんとか呼びかけちゃうとこだった。

 それ、やったら絶対、ダメなやつ!

 言う前に、気づいてよかったー。

 で、とりあえず、好きな飲み物を聞いてみる。魔素たっぷりの好きな飲み物とか飲んだら、気分も落ち着いて、エネルギーも充電できるかなと思って。

 別に、食べ物でもいいんだけど、疲れてるっぽいから、今は飲み物の方がいいかなー、って。

 それに、好きな食べ物は、歓迎会の時に取っておきたいし。


 虚ろだったクサリちゃんの目が、あたしを捉えた。

 でも、返事はない。

 あたしは、クサリちゃんの肩に手をかけて軽く揺さぶりながら、もう一度聞いてみた。


「ね? 何か、飲もうよ。何が飲みたい?」

「…………………メロンソーダ……」


 クサリちゃんの目の奥に、ほんのりと何かが灯った。

 何かに強く焦がれる気持ちと、どうせ手に入らないとあきらめる気持ち。

 メロンソーダ。本来だったら、この闇底ではまず手に入らないはずの地上の飲み物だ。焦がれつつ、あきらめが入るのも無理はない。

 でも!

 大丈夫だよ、クサリちゃん!

 その願い、あきらめる必要なんてないから!

 叶えて進ぜよう、その願い!

 ま、叶えるのは、あたしじゃなくて夜咲花だけど!


「夜咲花! オーダー入りました。メロンソーダ、一つ……いや、人数分、お願いします! 大至急で!」

「ラジャ!」


 打てば響くような返事とともに、夜咲花はふすまの向こうの錬金部屋へと駆け込んでいった。

 どうやら、あたしがクサリちゃんに話しかけたことに気づいて、みんなこっちの様子を気にしてくれていたみたい。


「さすがですね! 星空さん! あの子に気遣いつつ、何もできなかったことを気にして落ち込んでいた夜咲花さんに出番を与えることで、夜咲花さんの元気を取り戻すとは! これも愛の力ですね!」


 チームワークの良さに、ジーンと感動していたら、心春が余計なまとめを入れてくれた。

 それを狙ったわけじゃないんだけど、結果的に夜咲花が元気になったのは、あたしとしても嬉しいと思う。


 でも、そこはせめて、友情パワーとかにしておいてほしいな、とあたしは思う。

 まあ、今さらと言えば、今さらなんだけどね?


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