「それではまず、私がお手本をお見せしますね!」
見晴らしのいい荒野をウロウロしている犬サイズのサソリ妖魔の群れを見つけた心春は、言うなりシュタっと地上に降り立って、魔法を放った。
「ゴールデン・キノコボンバー!!」
突き出した右手の先から、金色に光る小さなキノコたちが、妖魔たちに向かって飛んでいく。
どうやら
一発も当たってないのに!
恐ろしいまでの妖魔殲滅力!
どうなってるの、あれ?
「ふっ! 殲滅完了!!」
腰に手を当てて胸を反らしているキノコの隣に、あたしたちも降り立つ。
「あははー。確かに、見事に殲滅は完了したけどねー……」
「一個も命中してないのにね……」
「大雑把な魔法、使うのね……」
得意満面な心春さんですが、誰も素直な称賛は口にしない。
てゆーか、心春。キノコになってから、芸風、変わったよね?
妖精コスの時は、もっとドリーミンで漢字っぽい技名だった気がする。
闇空を飛ぶ時も、前はペンギンバルーン付きの空中ブランコに乗ってたのに、今はただの空飛ぶキノコになってるしな。
中身がアレなのは一緒なんだから、せめて見た目だけも魔法少女っぽくしたほうがいいんじゃないだろうか。
今の心春は、マスコットキャラ…………ですらなくて、うん。ただのキノコ妖魔じゃない? もはや。
「そう言えば、初めて会った時も、一つもあいつに攻撃をあてられなかったわよね? かすりもしなかったって言うか」
「あー、そうだったかも」
感心しつつも呆れていたベリーが、ふと思い出したように言った。
あいつって言うのは、
その時、一緒に現場にいたあたしも、つられて思い出す。
心春のへなちょこな攻撃っぷりを。
小さい子が新聞紙を丸めて作った剣で攻撃してくるのを、意地の悪い大人が余裕で躱しているみたいな感じだった、華月と心春の戦いを。
いや、戦いだったか?
「華月の話ですね!? 今、思い出しても悔しさが駄々洩れます! 私の魔法が効かなかったのは、あれが初めてでしたからね! それまでは、たとえ当たらなくても魔法を放てば大抵の妖魔は殲滅できたというのに! 私の! 私の魔法が効かないなんて!! 本当に、信じられません!!」
あたしとベリーの話を聞きつけたキノコが話に混ざって来て、そしてなんか一人で勝手にプリプリしだした。
プリプリしてる、けどさ?
「あー、魔法が効かないって、そういうことかー。威力高めの心春ちゃんの魔法が効かなかったって言うから、てっきり華月には、あたしたちの魔法は効かないかもって思い込んでたけど。もしかして、そうでもなかったり? 当たってれば、それなりにダメージ与えられてたんじゃない? まー、試してみないと、なんともだけどね」
「あたしのスターライトは、効いてたみたいですしね。目つぶし、成功してましたし」
「まあ、当たらないと意味ないし。どのみち、キノコの魔法は効かないってことで、間違いはないんじゃない?」
「キノコの魔法が、一番威力高そうなのに」
「そう……そうなんだよねー…………」
「ん? 何? どうしたの?」
思い出しヒートアップ中のキノコの後ろで、三人でコソコソ話をしてたら、何やら
ベリーが怪訝そうな顔で問いただすと、月見サンは少し考え込んでから、あたしともベリーとも目線を合わせず、闇空を睨みつけるようにしながら話し始める。
話したくないとかじゃなくて、話しながら自分でも考えを整理している、みたいな感じだった。
「あたしたちの魔法って、メンタルによるところが大きいと思うのよね。心春ちゃんの魔法が強いのは、妖魔を殲滅してやるっていう、迷いのない気持ちがあるからだと思うのよ」
「まあ、ためらいは一切感じられないわよね」
「うん、そう。そうだね……。だから、やっぱり。うん、華月にダメージを与えられるとしたら、心春ちゃんなんだろうな。その心春ちゃんの魔法がコントロール力皆無ってことは、まあ、ある意味、合っているのかな。魔法少女の魔法が華月には効かないって言うのは。だって、あたしたちの魔法では、華月の足止めくらいは出来ても、きっと止めは刺せない」
「え? どういうこと?」
「????????」
訳が分からなすぎて、キノコの雄叫びはもうサッパリ頭に入って来ない。
あたしとベリーのハテナ乱舞な視線にも気づかないまま、月見サンは闇空を睨み続けている。闇空を睨みつけながらも、月見サンは、止めを刺せないというその理由を語った。
「だって、あたしたちは。少なくとも、あたしには。人に近い姿をしている華月に、本気で魔法を使うことが出来ないもん。あたしには、無理だな。
うう、おっしゃる通りです。
まったくもって、その通り、だと思う。
あたしだけじゃなくて、他のみんなについても、なんかストンと納得できる。
「……………………はぁ。そういうこと。理屈は分かったわ。人間っぽく見えるものを傷つけるのをためらうって言うのは、まあ、分かるし。出来そうな子もいるけど、リスクが高いから戦力にしたくないって言うのも、分かる。仲間を傷つけたくないって思うのは、当然だと思うし。でも、ちょっと気になったんだけど、今の話の中にフラワーと
ため息をつきつつも、ベリーも月見サンの話に納得はしたみたいだった。
最後の質問は、あたしたちにしてみれば、疑問に思うまでもないことだけど。まだあたしたちの仲間になって日が浅いベリーにしたら、気になるところなんだろう。
まあ、あたしも。フラワーのことは、普通にスルーしてたけど。
こう、月華や月下さんとは違う意味で、説明するまでもないというか。
たぶん、月見サンも普通にスルーしてたんだろう。フラワーの下りで、「あ」っていう顔をしたのを、あたしは見逃さなかった。
お互い様なので、追及はしないけど。
「フ、フラワーは、そうね。いろんな意味で未知数というか。そもそも妖魔と戦っているところを見たことがないから、と、とりあえず、戦力外ということで。ほ、ほら、行動が読めないことがあるから、どっちにしろ、下手に作戦には含められないというか」
「そ、そうだよね! 何も言わずに、ふらっといなくなったりすることもよくあるしね!」
「そ、そうそう! あ、そう言えば、目が合うと妖魔が勝手に避けていくから、戦ったことないって言ってた気がするな!」
「ふうん? そうなの?」
「「そうなの!」」
さすがに忘れてたことが後ろめたいのか、月見サンの目が少し泳いでいたので、あたしも援護射撃をしてみる。
でも、ちょっとわざとらしかっただろうか。
なんか、月見サンにつられて、つい……。
ベリーは、怪訝そうな顔をしつつも一応は頷いて、それで?――――と、視線で続きを促してくる。
続きって言うのは、月華と月下さんのことだ。
月見サンは気を取り直すように一つ咳ばらいをすると、今度はまるで別人に生まれ変わったかのように、スラスラと話し始めた。
「月華はねー、見た目がどうであれ、とにかく妖魔には容赦しないから。その点においては、心春ちゃんと同類っていうか。月下ちゃんは、月華とはちょっと違うけど、人に……人や魔法少女に害をなすような妖魔には容赦しないと思う。月下ちゃんは、地上に……元の世界にいた時から、妖魔を退治するお仕事をしていたから。そういうお家の生まれみたいで、お仕事として危険な妖魔を退治するお仕事をしていたみたいなんだよ。だから、プロ意識って言うの? 割り切りが、出来てるって言うか…………。出来るからってだけで、嫌なことを押し付けてるみたいで、申し訳ないけどさ」
「つ、月見サン……」
月見サンは、闇空を見上げながらフッと自嘲的に笑った。
珍しく落ち込んでいる月見サン。
気にしているのは、親友である月下さんの方なんだろう。
月華は、妖魔を倒すのが使命!――――みたいなところがあるからな。心春相手の時と同じで、押し付けてるとかって気持ちには、あんまりならないんだよね。もちろん、感謝の気持ちは忘れちゃダメだけど!
月下さんは、頼れるお姉さんキャラでプロの術師でもあるし、そのことに誇りを持っている敵なところもあるから、あたしなんかは普通に頼りにしちゃってたな。
でも、月下さんの親友ポジである月見さんからしたら、そう言うわけにもいかないんだろうなー。対等でいたいからこその葛藤ってヤツ?
うう、励ましたいけど、なんて言えばいいんだろう?
ポンコツ頭を頑張ってフル回転させていたら、ベリーが動いてくれた。
ベリーも、あたしと同じことを感じて、同じことを考えて、あたしよりも先に答えを見つけたようだ。これが、性能の差ってヤツか――――ってのは、置いといて。
腕組みをしたベリーは、月見サンからわざとらしく視線を逸らして、月見サンに素っ気なく…………素っ気なさを装って話しかけた。
「別に、それはそれで、いいんじゃない? 月下美人が妖魔退治のプロで、プロであることに誇りを持っているって言うんなら、素人が下手に同じ土俵に上がることは、ないんじゃない? 嫌なことってだけじゃなくて、危険なことでもあるんだし。もちろん、リスペクトはするべきだと思うけど、その、同じ土俵に立てなくても、何か出来ることはあると思うし」
「ベリちゃん……! うん、そっか、そうだね。月下ちゃんとは、積み上げてきたものも、覚悟も違うんだもんね。うん。感謝の気持ちは忘れずに、あたしたちは、あたしたちに出来ることを頑張っていくとしますか! ありがとね、ベリちゃん」
「別に……」
ふい、と。
すでに視線を外しているのに、さらに遠くへと視線を逸らして、ベリーはぶっきらぼうに言った。
そんなにテレなくても、いいのにぃ。
可愛いなー……なんて思っていたら。
ベリーは続けて、今度は爆弾を落とした。
「あ、それと、あいつ相手なら、あたしは戦力になれると思う。あたしは、あいつ相手に躊躇う気持ちはないから。まあ、ちゃんと魔法が使えるようになればの話だけれど」
「う…………ベ、ベリー……」
戦力が増えるー、なんて。
喜べなかった。
華月がベリーにしてきたことを思えば、そりゃそうだよね、とは思う。思うけど。
恨みとか憎しみの気持ちで、それをするベリーを見たくない、とも思ってしまうのだ。
ベリーにしてみれば、勝手なことをって感じかもしれないけれど。
でも、それでもやっぱり、そう思ってしまう。
「あたしは、出来るなら、自分のこの手であいつに引導を渡してやりたいと思っている」
迷いの一切感じられない声で、ベリーは宣言した。
その視線は、ただ闇空へと向けられている。
ただ、じっと一点を見つめている。
きっと、ベリーは。あたしがベリーにそうなってほしくないと思っていることを気づいている。気づいているからこそ、頑なに、決して揺るがない視線で、ただ一点を見つめているのだ。
何を言われても、この意思は揺るがないと、全身で訴えているのだ。
だけど。
そんな頑なな決意を、あっさりぶち壊すものがいた。
キノコだ。
さっきまで、月見サンと月下さんの熱い友情にモッダモダになって昂ぶったあげくに干からびかけていたのに。
いつの間にか回復しとる。
「さすがはベリーさん! いい覚悟ですね! そのためにもまずは、魔法を使えるようにならなければ! さ、練習を始めましょうか! レッツ殲滅ですよ!」
「……………………」
頑なに闇空を見つめていたベリーが、だらりと体から力を抜いて、疲れた顔でキノコを見つめた。
ベリーに賛成して協力する系の意見のはずなのに。
そのはずなのに、あまりにも空気を読まなさすぎていて、むしろの破壊力。
「ねえ。なんで、そんなに妖魔の殲滅に拘るの?」
「もちろん! 世界中の乙女の平和のためです!」
「は?」
「妖魔とは! 世に蔓延るおぞましくも忌まわしい男どもの欲望や妄執の成れの果て! それを殲滅することは、地上と闇底に暮らすすべての乙女たちの心の平穏を守ることにつながるのです! そう! これは、百合神様から賜った聖なる使命! 百合色に輝く乙女たちの花園を守るために、一緒に頑張りましょうね! ベリーさん!!」
「さ、練習を始めましょうか。まずは、どうすればいいわけ?」
謎の使命に燃え、キラキラと瞳を輝かせているキノコをあっさり放置して、ベリーは何事もなかったように月見サンとあたしに向き直った。
心春の言葉は、一から十までたわごとだって、教えるまでもなかったみたいだね。
そのたわごと断定、素晴らしい。
ベリーのすっぱりさ加減に感心していたら、月見サンは「たははー」と人差し指の先で頬っぺたを掻きながら、ベリーに顔を向けた。
「あ、あー、うん。そうだねー。まずはー……」
月見サンは、ベリーの方を向きながら、あたしの背中をキノコに向かってグイッと押した。
え? それって、つまり。
練習の邪魔をしないように、キノコの面倒見てろってことですか?
う、い、嫌だ!
嫌……だけど。
嫌だけど!
くっ、しょうがないな。
ベリーのためだし。
キノコはたぶん、教えるのには向いてないと思うし。
「えっと、心春。練習にちょうどいい妖魔がいないか、一緒に探しに行こう?」
「分かりました! ベリーさんのためですものね! ベリーさんのために頑張る星空さんに協力するのはもちろんです! うふふふふ! 分かってますよ! 一緒にいることだけが、愛情ではないですもんね! さあ、行きましょう、星空さん! ベリーさんのために、飛び切りの妖魔を探しましょうね!」
キノコに手を引かれて闇空へと再び飛び立つ。
あー。
キノコの、この無駄なポジティブさが、全然うらやましくない。
それから、あれだ。
あの百合神様と殲滅の話、前にも聞いたことある気がするなー。
しょうもなすぎて、すっかり忘れてたけど。
その場限りじゃなくて、心春の中では、もしかして揺るがない設定だったりするのかな。
どっちにしろ、すぐに忘れちゃいそうだけど。
きっと、何回聞いてもすぐに忘れちゃうと思う。
だって、脳内に残したくないもん。
この、百合色の無駄設定……。