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第110話 真っ赤なイチゴ

 その妖魔を見た瞬間に、あたしの中で。

 次のターゲットは確定した。



 ベリーの魔法練習用の妖魔を探して荒野を彷徨っていたあたしは、小さいお池を発見した。

 淡黄色く光る水……んー、液体っぽい何かに満たされたお池だった。

 なんかね。お月様を溶かして作ってみた、みたいなお池。

 形が真ん丸だったら、闇底に沈む月ってカンジ。

 で。そのお池の傍にいたのだ。


 巨大なオタマジャクシ妖魔が。


 軽自動車くらいの大きさの、手足の生えた一匹のオタマジャクシ。

 ちなみにお池は、そのオタマジャクシが何匹か入れそうな大きさだ。

 いや、今はお池のことはどうでもいい。

 問題は、オタマジャクシだ。


 心春ここはるでも、ベリーでも。

 この際、どっちでもいい。

 ヤツは、ヤツだけは。

 なんとしてでも、殲滅してもらわねばならない!

 なぜなら、ヤツはオタマジャクシだからだ!


 ここは闇底で、ヤツは妖魔。

 だから、もしかしたら。

 ヤツが成長するなんてことは、ないのかもしれない。

 一生、このままどこへ行っても。

 ヤツはオタマジャクシ妖魔のままなのかもしれない。


 けれど、そうじゃないかもしれないのだ!


 もしも。万が一。仮に。いや、そんな未来は何としてでも殲滅してもらうつもりだけれども!

 でも、本当にもしも!

 ヤツが、成長してしまったとしたら。


 この闇底に、一匹の巨大なカエル妖魔が誕生してしまうではないか!


 そんな事態は、なんとしてでも避けなくてはならない。

 幸い、キノコは無事回収済みだ。

 ベリーを呼ばずに、このままキノコに殲滅してもらうことも考えたけれど、あたしは思いとどまった。

 今回の目的は、ベリーの魔法練習用の妖魔を探すことだ。

 今ここで、こいつを殲滅してしまったら、代わりの妖魔を探さねばならない。

 いや、探すこと自体は全然かまわない。かまわないんだけど。

 ……………………。

 巨大なオタマジャクシ妖魔がいるということは、だよ?

 この辺りには、巨大なカエル妖魔もいるのかもしれない、ということだよね!?

 遭遇すら、したくない!

 いくらお空を飛んで逃げられるとは言ってもだよ?

 もしも、もしも。軽自動車よりも、もっと大きなカエル妖魔がいたら。いたとしたら。ビヨンてジャンプされたら、追いつかれちゃうかもしれないし! お口をパカってやって、舌をシュルンってされたら、捕まっちゃうかもしれないんだよ!?

 そして、そのままパクッてされちゃったら……。

 ひぃい!

 お、恐ろしい……!

 背中を、南極とか北極にありそうな大きな氷の塊で何往復もゴリゴロされた心地だよ!

 恐ろしい! 本当に恐ろしい!!


 そんな。

 そんな危険を冒すわけにはいかない!

 今、あたしがするべきことは!

 ベリーを呼んできて、さくっとオタマジャクシで魔法練習成功させてもらって、余計な妖魔に遭遇する前にさっさとアジトに帰る!

 これしかない!

 あたし、賢い!

 久しぶりに、頭使った!!


 というわけで。

 キノコの案内の元、お待たせしていたベリーと月見サンの二人を連れて、再びオタマのいる池に戻ってきたあたしたちだ!

 ちなみに、案の定!

 あたしは、二人との合流地点がさっぱり分からなくなっていた。一人だったら、みんなを探していつまでも荒野を彷徨うところだった。早めにキノコと合流出来て良かったー。


 そして。


「今すぐ殲滅するべきね」

「ふうん? 別に、いいけど。何か、因縁でもあるの?」


 オタマ妖魔を一目見るなり、いつもニコニコしている月見サンから、スッと表情が消えた。月見サンは、心持ち早口で、冷たくそっけなく言い切る。

 いつもと違う月見サンの様子に、ベリーは不思議そうに首を傾げた。


「因縁? 悍ましいことを言わないで。奴らとの間に、関りなんて一切ない」

「そうなの? なら、どうしてそんなに殲滅に積極的なの? らしくないわね」

「ベリちゃん、いい? この世にはね、悪を為したとかそう言うことに関係なく……いいえ、そうじゃない。存在することそのものが害悪である、そんな妖魔がいるの。この世から、存在そのものを抹消すべき、そんな妖魔が、ね。あいつが、それよ。あいつの成長を許してはならない。だから、今すぐ即刻殲滅すべきなの。これは使命なの」


 いつになくシリアスな顔で言い切る月見サンの隣にスッと並んで、あたしもコクコクと首を上下に動かした。かなり高速で。

 ベリーは、月見サンとあたしの顔を交互に見てから、ああ、というように頷いた。


「つまり、オタマ……ていうか、カエルが苦手なのね?」

「違うわ、ベリちゃん。苦手とか、そういう問題じゃないの。それが成長前でも、成長後でも。奴らは、この世から抹消すべきなの。それが、この世の真理なの」

「わ、分かった。分かったから、離れて!」


 月見サンが、竹ぼうきをベリーの前に横付けするようにグイッと近寄って、ベリーの肩を片手で掴んでグイグイする。ベリーは慌てて月見サンの手を振り払うと、逃げるように距離をとった。

 サドル付き空飛ぶ竹ぼうきに乗ったマジシャンとバニーガールを混ぜ合わせちゃった系魔法少女から逃れる、生クリームを絞って作ったっぽい天使の羽を生やしたイチゴショートケーキ風魔法少女。

 月見サンが真顔なのが、ちょっと怖い。

 何のシーンなんだろ、これ?


「さあ、ベリーさん! カエルが苦手な星空さんの心の安寧のために、張り切って殲滅しちゃいましょう! 今、お二人の愛が試される時ですよ! さあ! ヤっちゃってください!」

「星空との愛はどうでもいいけど、妖魔殲滅に異論はないわ」


 どんな状況でも、キノコが混ざると途端にカオスになるなー。

 うん。別に何にも試すつもりはないけど、オタマ殲滅には大賛成です。

 カエルに進化しない内に、やっちゃってください。お願いします。


 心春とベリーは、オタマ殲滅のために、オタマ目指して少し下に下がり、あたしと月見サンは間違っても間違いが起こらないように高度を上げた。

 だって、相手はいつカエルになってもおかしくないオタマ妖魔。しかも、おっきい。

 用心するに越したことはない!

 本当は、オタマどころかベリーたちの姿すら見えないくらい闇空の高いところへ行きたかったけれど、月見サンがそれを許してくれなかった。

 空高く飛び立とうとするあたしの手をがっちり握って放してくれない。

 心春だけには任せておけないとか、ちゃんと見届けないと、っていう責任からなんだろうけど、それは分かるけど。

 お一人でお願いします。あたしを、巻き込まないでー!

 二人で上へ下への攻防を繰り広げていると、ベリーの猛々しい叫びが聞こえてきた。


「ブラッディ・ミストー!!」


 ベリーがイチゴステッキをかざすと、オタマの体が赤い霧に包まれる。

 赤い、霧のシャボン玉に包まれちゃった、みたいな感じだ。

 とりあえず、空に向かって飛び跳ねてくることはなさそうだなと、押し合いを止めて赤い球体を見下ろしていると、風船が割れた時みたいな破裂音が聞こえてきた。


 何事!?


 月見サンと二人で、身を乗り出すようにしてオタマの末路を確認する。オタマが末路的なことになっているのは、疑いようがなかった。だって、ベリーだし。

 ふふんと、自慢そうに腕組みをして見下ろすベリーの視線の先で、赤い霧がさあっと晴れていき、そして。

 そして、何もいなくなった――――。


 ……………………って、いや、え? 何?


 つまり、赤い霧に包まれたオタマは、粉みじんに破裂して、跡形も残らなかったってこと?

 あー、いや。距離がありすぎて、見えていないだけで、破片的な切れ端的な何かは残っているかもしれないけれど。

 ……………………でも、残っていても怖いから、跡形もない方がいいかな。あたし的には。


 あたしと月見サンは、顔を見合わせて頷きあうと、手に手を取ったまま、スーッとベリーたちの傍へ降りていく。

 ベリーはあたしたちにすぐに気が付いて、満開の笑顔で振り返った。

 いい笑顔だった。本当にいい笑顔だった。


「あ、今度はどうだった? あれなら、狙った妖魔だけを間違いなく確実に殲滅出来るし、悪くないと思うんだけど」

「ん、んん、うん。妖魔殲滅的には、とってもいいと思うよー。ん、でも、どうして今度はストロベリーじゃなくてブラッディなのかなー?」

「ああ。ストロベリーだと、さっきのワルツと被ると思って、ちょっと変えてみたんだけど。技の内容的にも相応しいと思ったし。でも、粉微塵すぎるせいか、相手が妖魔だからか、あんまりブラッディじゃなかったわね。まあ、赤い霧がそれっぽから、別にいいわよね」


 わ、わー。

 正義の魔法少女っぽくないことを、そんなお日様のような曇りも陰りもない笑顔でー。

 なんだろう。ヤっていることは、心春と一緒のはずなのに。どっちも、殲滅なのに。

 心春の方が、まだ可愛く感じる。

 ベリーの魔法って、なんか見てるだけで怖い。

 あたしが狙われているわけじゃなくても、怖い。

 味方でも、怖い。


「ん、んんー。えーとぉ。技の内容が殺伐としすぎてるからー、名前くらいは可愛くしてもいいんじゃないかなー?」

「そ、そうだよ! ストロベリー縛りも悪くないと思うよ!」

「そ、そう? まあ、技的に問題ないなら、名前くらいは変えてもいいけど」

「うんうん! そうするべきだと思うな! ほら! 見た目もイチゴショートケーキだし! 魔法少女として、イメージは大事だよ、イメージは!」

「それもそうね。じゃあ、そうするわ」


 よし、何かが解決した!

 したんだよ、たぶん。

 ほら、妖魔殲滅力はばっちりで、魔法少女としてのイメージも損なわない。

 損なわない!

 うん。名前だけでも可愛くしておけば、ちょっとは何かがマシになるはず!

 あたし、信じてる!


「素晴らしいです! 星空さんへの愛に満ち溢れた、とても素晴らしい魔法でしたね!」


 とか、勝手に自己完結してたら、うっとりと小刻みにバイブレーションしながら、気持ち悪いことを言うキノコの着ぐるみが現れた!

 オタマを粉微塵にした殺戮魔法に、どんな愛が満ち溢れてるって言うんじゃー!

 それだと、まるであたしが悪役キャラみたいじゃん! しかも、危ない人系な!

 思わずカッとなって、キノコをお月様っぽい池に蹴り落そうとしたんだけれど、月見サンとお手々を繋いだままだったので、あっけなく空振り。

 でも、天はあたしに味方した。


「あ、ごめん。あんまり気持ち悪いことを言うから、体が勝手に動いちゃって」

「あ~れ~!!」


 ベリーにガツンと蹴り飛ばされて、淡黄色く発光する池の中にダイブするキノコ。

 そのまま池に沈んで、浸しキノコになっている。


「ええー。ちょっと、あの池、浸かっても大丈夫な池なの?」

「……大丈夫じゃない? あれ以上、おかしくはなりようがないわよ。もしかしたら、少しは何かが改善するかもしれないし」

「ええー?」


 池の成分的に心春を心配する月見サンだけど、ベリーは素っ気ない。

 でも、心配そうにしながらも、月見サンも池に落ちた心春を助けに行こうとはしない。

 心春なら大丈夫、という謎の信頼感からではなく、たぶん、オタマが浸かっていたかもしれない池に近づきたくないんだろう。

 分かる。

 だって、あたしもそうだから。

 というか。

 池がどうこうのの前に、さっきまでオタマがいたところに近づきたくない。

 だって、いつまた、第二・第三のオタマが現れるか分からないし!


「あ、起き上がった」


 淡黄色い発光液に浸かっていたキノコが、ザパリと立ち上がった。


「みなさん! この池の水、凄いですよ! サラサラしていてとっても気持ちいいです! オタマの粘液のせいでしょうか!? 美容に良さそうですよ!? みなさんも、ご一緒に池水浴を楽しみませんか!? きっと、お肌にいいですよ!? それに、まるで月の中にいるようでとってもロマンチックですし、愛も深まりそうですよ! ほら、星空さんもベリーさんも、遠慮なさらずに愛を深め合って下さい!! あ、なんなら、月見さんも含めて三人でというのも、いいと思いますよ! 一対一にこだわる必要は、ないと思います! 百合的にハーレムは、全然ありですよ! むしろ、私としては星空さんを中心としたハーレム展開を強く推してますし! さあさあ、みなさん、どうぞお入りください!」


 淡黄色く光りながら、ふぉおおおお、と鼻息を荒くするキノコが、あたしたちのスペースを開けるために池の端へとザパザパ移動していく。

 が。


「「「断る!!」」」


 その理由は、一緒のところもあれば、違うところもあるかもしれない。

 けれど、今。


 三人の心は、一つになった。

 そして、答えは一択だ。

 他には、有り得ない。



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